ヒットのわけ…三葉と瀧の喪失感、失われた時
8月下旬に封切られたアニメ映画「君の名は。」=新海誠監督(43)=が好調だ。公開後わずか28日で観客動員が770万人を超え、興行収入は100億円を突破。邦画の大台突破はアニメ映画「風立ちぬ」(2013年)以来で、宮崎駿監督以外のアニメでは初の快挙だ。同作品が観客の心をつかんだわけを探った。【木村光則、最上聡】
田舎町に住む女子高校生、宮水三葉と、東京の男子高校生、立花瀧の心が、夢を通じて入れ替わり、奇妙な体験をする物語。1000年に1度の彗星(すいせい)接近など時空を超えた壮大なストーリー展開の一方で、木漏れ日が差す山道、街中のビル、看板の一つ一つまで実際の風景と重なるリアリティーあふれる描写が印象的だ。
長野、岐阜両県や東京都などに点在する、映画の舞台とされる“聖地”には、映画の世界を体感しようと多くの人たちが訪れている。アニメ評論家の藤津亮太さんは「新海監督は映像で光の感覚を大切にする。太陽の光と影、電灯の明かりなどを繊細に表現し、それがリアリティーや情感を生んでいる」と分析する。
新海監督は2002年、短編アニメ映画「ほしのこえ」でデビュー。映像製作から声優までほぼ全てを1人で務め、そのクオリティーの高さで話題を呼んだ。その後も話題作を次々と発表し、徐々にファン層を拡大してきたが、前作「言の葉の庭」(13年)でも興収は1.5億円。配給元の東宝の宣伝担当者は「今回は興収15億円に届けばいいと考えていた」と語る。
藤津さんはヒットの理由に「ストーリー展開を従来と少し変えた」ことを挙げる。新海作品の特徴は、淡い恋心を持った男女が物理的に離ればなれになり、その喪失感を抱えながら生きていくというもの。それは踏襲されているが、今作はノスタルジーにとどまらず、主人公たちは失われた時を取り戻すため闘う。「従来作より主人公が前向きで、誰もが感情を乗せやすくなっていた」とみる。
新海作品を追い続けるライター、前島賢さんは「新海監督は、これまで作家性が前面に出すぎ『純文学』『私小説』的な傾向があった。今回、周囲の助力もあってバランス感覚のある普遍的なラブストーリーを手に入れた。優れた美的感覚で『王道の物語』を描けば、ヒットしないはずがない」と指摘する。
東宝の宣伝担当者も「新海監督は今回、誰もが見て楽しめるエンターテインメント作品にしたいと話していた」と明かす。
作品を鑑賞しているのはどのような層なのか。映画のマーケティング会社「GEM Partners」の梅津文さんは「突出して10代が多く、20代が続く。男女差が大きくないのも特徴の一つ」と分析する。
主人公・瀧の声を担当した俳優の神木隆之介さん(23)は新海作品の大ファンで、好きな作品はセリフも覚えてしまったほど。「新海監督は僕たちの世代が抱えている思いをすてきな映像で表現してくれる。そして最後は前を向かせてくれる」とその魅力を語る。
梅津さんは「公開前から若年層の期待度は高かった。ユーチューブでの予告動画の再生回数が順調に伸び、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を通して広がった」と指摘する。そうした口コミ効果か、土日の興収は、2週目が1週目を約25%上回った。
28日間での100億円突破は、ディズニーアニメ「アナと雪の女王」(13年、興収254億円)を上回るハイペース。映画館には若者に交じって、中年男女の姿も増えている。梅津さんは「『アナ雪』を超えるかどうかは、若者たちの社会現象から、世代をまたぐ社会現象に移行するかにかかっている」と指摘する。