娘の質問に答えて

今年から私の四人の子供全員が米国の高校や中学校で学ぶことになりました。暇になった私達夫婦は、旅行を兼ねて子供たちを訪ねることにしました。

高三の長女を車に乗せて買い物に行っていた時です。後部座席で宿題をしていた彼女が突然「パパ、正義についてどう思いますか?」と聞いてきました。どうも学校の宿題が某哲学者の本を読んで感想を書くことだったようです。その哲学者は「金銭や権力から独立した普遍的な正義が存在する」と主張しています。

普段から正義についてまじめに考えたことはないのですが、「普遍的な正義が存在する」との言葉に自分の神経が強く刺激され、とうとう子供に熱く語る羽目になりました。

「その哲学者はきっと苦労したことのない人か、経験の浅い若者だと思う。パパはいろいろな国のいろいろな文化背景や宗教を持つ人と会って、彼らはそれぞれ自分の正義感を持つことを知っている。個人的に付き合うと滅多に悪い人はいないが、同じ問題に対して自分の正義感から出した結論はまるで違う。つまり、現実としては普遍的な正義は存在しない。人々はよく自分の正義こそ普遍性があると信じたがる。」

「正義感が強いほどタチが悪い場合がよくある。他人のことを否定し、現実や事実を無視する、あるいは自分の信念に沿うように現実と事実を解釈する。」

「例えば今進行中の米国の大統領選挙。クリントンとトランプに対して大半の米国人が反感を持っているのにも関わらず、この二人のどちらかを大統領にしなければならない。米国の政治システムは世界で最も進んだシステムであるかのように、米国のエリートは信じているが、それは米国が一番強く一番豊かだから、そう信じられてきただけだ。戦後の歴代米国大統領が、その米国の民主主義が世界にとって普遍的な正義だと思い込んで、その政治システムが合わない国々にも強引に押し付けた結果、イラクやシリアの悲劇が起きている。」

「パパからみれば、正義でも悪でも道具に過ぎず、目的ではない。人々が生活の中で正義を考えた場面は少ないはず。豊かな生活をすることが最も重要な目的だろう。自由があって貧しい生活をするシステムは自由に貧乏になるシステムだ。逆に豊かになることは、それなりの自由がないと無理である。したがって、目的は正義ではなく、豊かさに置いたほうがわかりやすい。豊かであることは物凄く発信力がある、豊かな社会のシステムが自然に魅力的になり、人々から『正義』であるように感じられるはず。」

「人々が権力者と戦うのは正義のためではない。より良い生活をするためだ。戦って勝利した人々から新たなリーダーやシステムが誕生するが、多くの場合、結局同じことをするようになる。」

「米国人のほとんどは世界中から移民してきた人達だ。歴史も文化も中国や日本などと比較すればないに等しい。だから特殊な正義が多い。たとえば『銃所持の自由』はその一つの典型だ。政府も統治も行き届かないこの大地にやってきてインディアンから土地を奪って自分を守るのは自分だけであった。これは数千年前から土地をきちんと所有して丁寧に耕してきた中国では考えられない状況だ。そんな特殊な略奪歴史に始まった銃所持は歴史の長い国から見れば明らかに異常であり、人々の生命を危険に晒すシステムだ。政府も警察も法廷も整備された今、個人が銃を所持しなくても、個人の権利は十分に守られる。廃止すればいいのに、米国の正義によって未だに強く守られている。」

「この正義は明らかに陳腐化したもので、ライフル協会などの利権団体の道具になっているが、米国に文句を言う国はいない。なぜならばこれまでの米国は一番豊かで強かったからだ。もし米国よりも豊かで強い国が現れたら、米国の正義の多くは疑われるだろう。」

「・・・あれ、もうそろそろ着くな。行きより帰りがえらい早かったな?」

「それはあなたが熱く語ったからよ・・・」(助手席にいる妻の声)
「・・・・・・」(後ろの娘が半分寝ている)

住宅街の玄関先にはトランプの看板が目立って、なぜかクリントンのものは見つかりません。
この記事へのコメント
昔、冷戦時代の論争を思い出しました。
資本主義国側は、「共産主義の国には自由が無い。」
共産主義国側は、「資本主義の国の自由は、貧乏になる自由だ。」
どちらも真実ですが、共産主義の国は大部分滅んでしまいました。中国は、政治的には共産主義ですが、経済的には資本主義が基本です。
現在のアジアの人々にとっては、中国の自由の一つは、「南シナ海を勝手に埋め立てて自国の主権を主張する事や、東シナ海に進出しようと勝手な行動をすること。」ですね。経済力や軍事力で近隣の国を威圧して自国の自由を実現しようとする行動も、自分の主張のみを正しいとする困った現実ですね。
Posted by 旧旧車 at 2016年09月16日 08:34
いつも考えさせるテーマで楽しく読んでいます。「金銭や権力から独立した」という分野がどこを限定しているのかわかりませんが普遍的な正義なんぞ存在しないと思います。正義は人のマインドセットによって変わってくると思います。環境が変わればころころと正義は変わります。
Posted by snoopy at 2016年09月16日 08:49
宋さんもとうとう四人の子供全員が米国の高校や中学校に生かせてしまったね。それってアメリカの事をこのような評価をしていいのか?
Posted by 李 家麒 at 2016年09月16日 08:51
子供全員が米国の学校で学ぶとの事、おめでとうございます。これで貴国共産党幹部と同様に、子供にグリーンカードを取得させて、貴国がヤバくなったら子供をアテに脱出できますね!重ね重ねおめでとうございます!!
Posted by kann at 2016年09月16日 08:53
いつも興味深く拝読しています。
息子も物事がわかる年に差し掛かり、いつも世界に起きる事実をどう伝えるか悩むようになりました。

無垢に正義という幻想を信じる事がないよう、幅広い見地から自らの幸福を追求してもらえればと。

そう言いつつ自分も何かの見地に立って、息子に同様な価値観を持って欲しいと押し付けているのではないかと自省をする事も多くあります。

絶対的な真実や正義などない。難しいものてす。
Posted by 岩永 at 2016年09月16日 09:07
宋さんおはようございます。いつものヘソ曲がりです。

今朝の宋さんの「現実としては普遍的な正義は存在しない。人々はよく自分の正義こそ普遍性があると信じたがる」というご意見には異論はございません。

ただ、今般のご意見の内容は、米国人あるいは米国の『正義』を中国共産党政府から見た「正義感」で論じられており、決して【普遍性のある正義】ではありませんよね。

国際的同意を無視する南シナ海問題、強引なこじつけの東シナ海問題、チベット族・ウィグル族の人々を蹂躙するチベット問題・ウィグル問題、北朝鮮への制裁決議に賛同しながら軍事燃料等を供給し続ける問題等々、中国共産党政府が行っている行為の数々を例に挙げて、お嬢さんに『正義』ということの捉え方をお話されるべきではないでしょうか。

少なくとも、大国による覇権主義には『正義』というものは存在しえないと考えます。

Posted by 田中 晃 at 2016年09月16日 09:10
 日本語の「普遍的な正義」というのは、そういう意味でしょうか?
 「人はそれぞれ自分の正義感を持っている」というのは、私も全く同感です。
 「唯一正しい正義感が存在する」と信じる人もいて、それはそれで一つの正義感です。
 いろいろな種類の正義感が共存する現実の中で「普遍的な正義」は存在すると私は思います。
 それは、さまざまな正義感の中の一つだけが正しいのではなく、すべての正義感の中で共通する原則が存在すると私は思っています。
 「豊かさが最も重要な目的」という考え方が「普遍的正義」とは思いません。それは、いろいろある正義感の一つです。
 日本の歴史には、貧しく生まれても「義」のために権力と戦うという考え方もあります。日本でもそれは少数派かもしれませんが、それが間違っているとは思いません。
 もしかすると中国でも厳密には同じかもしれません。孔明が正しいか、曹操が正しいかの議論に正解はないと思います。
 もし「普遍的正義」が全く存在しないなら、争いのない世界も存在しません。
Posted by 堀内 at 2016年09月16日 09:11
「もし米国よりも豊かで強い国が現れたら、米国の正義の多くは疑われるだろう」
まさに、中国の狙いはそこですね。そして、中国が世界一の強国になったら、今度は「歴史的権利」が「正義」に代わって幅を利かせるようになるのでしょうか。
「正義」が普遍的なものではなく、ご都合主義の押し付けになりがちだというご意見には賛同します。「銃を持つ権利」が正しいとはいえないというのもそのとおりでしょう。しかし、客観的に見て何が正しいかを模索し、立場が違う者同士で話し合う努力は必要だと思います。世界中の国が都合のよい時代を持ち出して「自国の領土だ」と言い出したら、永久に紛争が続くのは明らかです。
「国際法は強国が勝手に決めたものだから無効」という宋さん(=中国)の論理を用いるなら、日本だって大戦中は多くの領土を持っていたし、それを放棄させられたのも戦勝国の勝手な条約で、調印を強制されただけだから無効だ、ということになります。協調する努力もせず、ひたすら「力による現状変更」に突き進む某国の姿勢が間違っていることに気づきませんか。
Posted by H.Mari at 2016年09月16日 09:29
今回の宋さんの豊かさこそ第一義であり、普遍的な正義は存在しないという意見には賛同できません。現在世界中に起きているテロは、決して正義を追い求めた結果ではなく、宋さんのような考え方に則って豊かさを得ようとしても、手に入らない若者の絶望感が生んでいるものですが、そのようなテロを肯定されますか? 人間には、経済的状況に関わらず普遍的な倫理(正義)があり、それは権力や金銭とは関係ありません。
日本には「名こそ惜しけれ」という言葉が中世からあります。名誉こそなによりも代えて貴ばれるべきという考えで、武士道精神の根幹になっています。明治維新は「名こそ惜しけれ」の精神が実現したようなものです。その上で、経済の発展は不可欠ですから勿論連動することではあります。
しかし今の世の中は、食べ物は余り捨てられ、人類の長い歴史から考えれば、相対的に豊かな世の中といえます。経済的優位だけを追求しなくても幸せな行き方は沢山あります。その中で尊ばれるべきは寧ろ正義であり、経済的論理ではないのではないでしょうか?
Posted by nicd at 2016年09月16日 09:35
すばらしい内容でした。実に奥深いものがあります。戦後、GHQは日本人に「習字」を極力止めさせようとしました。理由は、”時間の無駄”というもので、子供(小学生など)が習字に費やす時間をもっと他の有効な学習に充てるべきだという主張でした。日本人のある人が反論しました。「習字は、やらわかい毛筆で丁寧に書く学習の為、性格が穏やかになり、身じまいを正し、礼儀正しい人格形成に役立つものです。従い、習字を行う者の犯罪率は極めて低いのです。」と言っています。アメリカ人の表層的なものにすべて従う必要はないと思いました。
Posted by 浜川勤 at 2016年09月16日 10:17
昔、冷戦時代の論争を思い出しました。
資本主義国側は、「共産主義の国には自由が無い。」
共産主義国側は、「資本主義の国の自由は、貧乏になる自由だ。」
どちらも真実ですが、共産主義の国は大部分滅んでしまいました。中国は、政治的には共産主義ですが、経済的には資本主義が基本です。
現在のアジアの人々にとっては、中国の自由の一つは、「南シナ海を勝手に埋め立てて自国の主権を主張する事や、東シナ海に進出しようと勝手な行動をすること。」ですね。経済力や軍事力で近隣の国を威圧して自国の自由を実現しようとする行動も、自分の主張のみを正しいとする困った現実ですね。
Posted by 旧旧車 at 2016年09月16日 11:12
「正義」について賛同するところはありますが、豊かさがすべてとのご意見には日本人としては若干違和感があります。もう少し深い意味があると思います。
「米国」に関するご意見は全くその通りと思いますが、4人のお子さんが米国留学という皮肉に、混沌とした世界の現状を感じます。
世界はどこへ行くのでしょうか?
Posted by 丹内 寛 at 2016年09月16日 11:48
はじめまして。
とても面白いテーマですね。
差し支えなければ、是非宋さんの意見に対するお子さんの意見や議論も知りたいです。
ところで宋さんの「正義」の定義は、お子さんの言う「正義」の定義と同一でしょうか?
宋さんが指摘している「正義」はアメリカの権力者が好んで「正義」として指し示すもので、哲学者が定義するそれとズレている気がします。
Posted by F.Yuko at 2016年09月16日 12:10
と言いながら、子供全員を邪悪なアメリカに送り込むw
Posted by x at 2016年09月16日 12:38
会話が取り交わされた言語によって展開が多いに変わり得る題目だと思います。

残念だけれど、現代日本語だと表層的な観察に留まって仕舞うと思う。現代日本語は外来語の塊で、取り込まれた言葉の元の意味を熟知する人は皆無に近い。更に、文字(漢字・ひらがな・カタカナ・ローマ字など)も外来で個々の文字の起源を知る人は少ない。其の様な表層的な言語を道具にして深淵な思考を行うのは多難な事だと思います。

「正義」のetymologyを、先ず、掘り下げる必要があると思います。日本語であれば「正」と「義」に別けて其々の元の意味を精査し、複合語の「正義」の意味と背景をお互いに共有して初めて掘り下げられる話題だと思います。

多分、会話の過程で「価値」に遭遇するでしょう。更に、「個」や「共有」と云う話題が不可避に成って来ます。更に深堀すると、「意味」とは何かを問う必要に迫られるでしょう。

如何して空気振動(音声)の特定の組み合わせや特定のインクの染み模様、刻み込み模様や画面の明暗模様が言葉として媒体から掛け離れた「意味」を持ち得るのか。「意味」の起源は何処にあるのかなど、果てし無い大課題に発展するでしょう。

「正義」の本質を問わず、得体の知れない札として不問に伏せ、其の札の扱い方に終始するならpragmatismを用いてお茶も濁せるでしょうが、「正義」の札を解剖し始めると一生では足り無く成るかも知れません。
Posted by 川口滋 at 2016年09月16日 12:57
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