話題作の間でこっそりヒットの『ゴーストバスターズ』
速水健朗(以下、速水) リブート版『ゴーストバスターズ』観てきたけど、よかったよ!
おぐらりゅうじ(以下、おぐら) 世間のブームとしては、『シン・ゴジラ』が興行収入60億円を突破して、今年の邦画第一位になるのでは? と思っていたところに、新海誠監督のアニメ『君の名は。』が大ヒット。一気に話題が移っていて『ゴーストバスターズ』は日本ではあまり話題にはなってないですね。
速水 そりゃそうだけど、正直『君の名は。』は苦手だよ。最初の30分の学園生活とか、美しく描かれ過ぎた田舎の生活とか、地域の祭りとか伝統工芸とか、そういうのが苦痛でね。あとさ、そもそも10代の恋愛どうでもよくない?
おぐら どうでもよくない! 10代の子たちが積極的に映画を観に行っているというのは、2015年の興行収入ランキングでも実証されてるじゃないですか。指標として、あれだけ話題になった『マッドマックス 怒りのデス・ロード』が年間32位で、それより上位に『ヒロイン失格』『ストロボエッジ』『アオハライド』と、3作も高校生の恋愛を描いた作品がランクインしてるんですよ。
速水 そういう子たちは、恋人同士で観に行ってるの?
おぐら それもありますけど、同性の友だち同士でも行ってます。映画館に行って、自撮りかプリクラ撮って、誰と観に行ったのかをSNSで共有するまでが映画体験。もっと言えば、今の中高生が恋愛に積極的なのは、SNSで恋人との2ショットをアップすることが仲間内でのステイタスになってるからで。付き合ってることをネット上で拡散して、承認されて初めて完結するというか。
速水 ふーん。一方、『シン・ゴジラ』もそうだけど、恋愛がなくともヒットするという流れが生まれている。でも実は『ゴーストバスターズ』も、「土日2日間で動員16万人、興収2億3700万円」で、まずまずのヒットなんだよ。
おぐら そこはほんと対照的ですよね。2作とも「恋愛が絡んでないのがよかった」という声は多かったです。
速水 10代の恋愛で町がひとつ救われる話と、中年女4人が主人公で、恋愛を一切描かないで大都市を救う話というのも対照的。
おぐら 僕が観に行った時は、映画館が『君の名は。』で大混雑しているなか、明らかに空いているスクリーンが『ゴーストバスターズ』でした。ちなみに、一緒に観た元キャバ嬢の感想は「単純に主人公たちの絵面が美しくない」と。
速水 いやいや、抜群にかっこよかった! そもそもオリジナル版もイケてない中年の4人組がニューヨークを救ってヒーローになる話で、絵面的にカッコ悪いからこそ反転してかっこよさが成立する話なんだよ。
おぐら まぁ、そのへんは好みの問題もありますから。彼女はセクシーな美女とイケメンが大好きなので、「私は『チャーリーズ・エンジェル』のほうがいいな」って。
速水 確かにセクシー要素は全くない。かと言って、政治的主張が前面に出ているとかでもない。あとさ『チャーリーズ・エンジェル』って退屈だったよ。
リブート版『ゴーストバスターズ』はなぜ炎上したのか
おぐら 政治性はないはずのリブート版『ゴーストバスターズ』ですが、アメリカでは、公開前からバッシング騒動になってました*1。主人公を全員女性に変更したことへの批判、さらには主演の1人にツイッターで人種差別的な批判が寄せられたと*2。
*1 リブート版『ゴーストバスターズ』、公開前からバッシング!?
*2 「ゴーストバスターズ」のレスリー・ジョーンズ、差別攻撃を受けた体験を語る
速水 ここしばらくのハリウッドは、物語の中に無自覚に描かれていた不平等や差別を取り除いた「政治的に正しい」描写というものを意識的に行ってきたわけだよね。当初の「ポリティカルコレクトネス(PC)」は、言葉の表現の仕方というところで公平性を欠くものや差別的なモノをなくそうという動きだったけど、それがいまや物語レベルで対応されている。
おぐら 政治的に正しい描写でありながら、エンターテイメントとしても成立している作品が最も評価されるべき、という流れがきてますね。ディズニーの『アナと雪の女王』や『ズートピア』も、性差や人種の違いを乗り越えて生きていく物語が描かれていて、さらにちゃんとおもしろいのが素晴らしい、という評判でした。
速水 一方で、エンターテイメントって、日々の鬱屈とは正反対の暴力性とかを描くものでもあるわけで、正しいって方向性に対してうっとうしいという感情が持ち上がってくるのも仕方がない気もする。この炎上って、そういうことなんだろうね。
おぐら あとは、ディズニー的なPCを踏まえた映画制作の流れに乗ったと思われての批判もありそうです。つまり、思想が根本にあるのではなく、マーケティングの結果として、主人公に女性だけをキャスティングしたんだろと。
速水 公開前の炎上だから、そういう意図はあったかも。アメリカ全体に、PCへの反発はあるしね。トランプを擁護したイーストウッドは、「トランプにも評価すべき点はある。みんな陰では政治的正当性を問うことに疲れているはずだ。今はそうやってこびへつらう情けない時代。みんな薄氷を踏む思いをしながら生きてる。"あいつは人種差別主義者だ"と互いを責め立て合いながらね」と発言したり。
おぐら トランプ人気は、現状のメディアに対する反発とも関係してますよね。『ゴーストバスターズ』と同じく、オリジナル版のファンも多い『マッドマックス 怒りのデス・ロード』が絶賛されていた時も、一部では、やっぱりアクション映画は野郎たちが暴れまわってこそだろ! みたいな意見も結構ありましたし。
速水 正直『ズートピア』にしても、少し息苦しかったよ。
『ゴーストバスターズ』の現代的描写の面白さ
おぐら リブート版『ゴーストバスターズ』は、キャスティングの意図は現代的だとしても、内容はB級映画的な作りでしたよね。
速水 むしろ、単純な馬鹿映画の男女を置き換えるだけで、政治的な視点が浮き上がらざるを得ないというのが、いいところだった。
おぐら ゴーストバスターズのチームで唯一の男性であるクリス・ヘムズワースが、無能で役立たずなのに、若くてルックスだけはよくて、年上の女性たちから可愛がられるキャラクターとして扱われていて。
速水 完全にやり過ぎていて映画のリアリティは損なっている。でも、そこを批判するのは、完全にブーメラン。
おぐら これまで若くてきれいな女性がアイコンとして消費されてきた構図を裏返しただけですから。
速水 あとね、馬鹿映画ということばっかり言ってるけど、メディア状況の変化みたいな部分もおもしろかった。
おぐら ゴーストとの遭遇を動画で撮影して、YouTubeにアップしたり。
速水 それで世間から叩かれる(笑)。ちなみに、1984年版は、MTV全盛期にレイ・パーカー・Jrの音楽で押しまくるPVみたいなノリだけの映画だったんだけど、テレビやマスメディアがヒーローを生み出す装置として機能しまくっていた状況を反映していた。
おぐら ミュージックビデオによって、マイケル・ジャクソンやマドンナといったスーパースターが登場した時代ですね。
速水 今のほうが、誰でもスターになれる時代っていう描き方をしてもよかったと思うけど、そうはならない。4人でひっそりと打ち上げをやるというのが素晴らしい。武器開発担当のホルツマンって子が、空気を読めない無駄に熱い演説をして、回りがしーんとしちゃうシーンは、『シン・ゴジラ』の長谷川博己の熱い演説でしーんとするシーンと重なった。ぐっとくる場面。
おぐら 松江哲明監督は、「活躍しても簡単に褒められない」ので「あまり人目に触れないように活躍する」「ヒーロー不在の時代」だと評していました*。
* 松江哲明の『ゴーストバスターズ』評:エンタメの力で事前の評価を覆した、意義のあるリブート作
速水 最後に報われる描写で終わるんだけど、むしろ、あれはなくともよかったかなくらいに思ったけどね。
韓国で起きたクリエイターVSオタクの戦争
速水 エンタメと政治的正しさっていうのは、人種や性差、性的マイノリティを描く際の不平等、差別意識を是正するという流れなんだけど、これが日本とアメリカでは違うレベルで問題になる。
おぐら どういうことですか?
速水 これは韓国で起きたことなんだけど、オンラインゲームの女性声優が「Girls Do Not Need A Prince」(女の子にプリンスはいらない)って書かれたTシャツを着た写真をTwitterにアップして炎上したっていう事件があった。
おぐら 少し前に話題になってましたね。そのTシャツの写真と一緒に"I don't need a hero. I need a friend."というテキストが添えられていて。
速水 ゲームのファンからゲーム運営会社にクレームが殺到して、わずか12時間後に、その声優はゲーム会社に仕事を降ろされてしまう*。
* フェミニスト団体支持の女性声優がネクソンと契約切られる、マッカーシズムに触発されたミソジニーの闇
おぐら メッセージとしては、まさに『アナと雪の女王』ともリンクしていますが、それで失業はひどすぎますよ。
速水 そのTシャツ、韓国のネットで嫌われている過激なフェミニスト団体が販売してるグッズだったみたい。で、この話には続きがあって、その後韓国のクリエイターたちがその声優の擁護に立ちあがったら、今度はクリエイターたちが標的にされて。オタクたちがクリエイターの著作権違反の二次創作を続々と密告する事態になった。
おぐら クリエイターvsオタクの戦争状態に。フェミニズムとオタクの相性の悪さは、世界共通ですね。
速水 自分たちがお金を払っている消費の対象である声優やクリエイターは、消費者の求めているモノを生み出すべきということに見える。消費者の方が偉いんだというのは、今の時代らしいよね。
おぐら クレーマー優位社会ですよ。と言いながら、絶大な影響力のあるディズニーやハリウッドで、政治的に正しい物語作りが主流になってきているこの時代に、オタク的な消費はもう難しい気がします。例えば「巨乳の少女に興奮する」という性的趣向を、今の社会が許容するわけないですもん。
速水 アウトにならざるを得ないよね。その意味では、追い詰められたオタク消費者たちの反乱という見方で、韓国の炎上事件を見ることはできるのかも。
おぐら 実写の『ゴーストバスターズ』とは違って、二次元の絵を描くアニメやゲームでは、どうしても可愛い子が登場しがちになりますし。
速水 興行的に、可愛い子を出さないというのは、冒険でしかないでしょ。『君の名は。』を観ていても、タイプの違う可愛い子しか出てこないしね。
おぐら でも、だからといって、あらゆるオタクコンテンツが性的に消費されているかといえば、それも違います。
速水 「艦これ」好きに言わせると、自分たちは女の子を消費しているのではなく、擬人化された兵器を消費してるんだって主張するんじゃないかな。友人の団地写真家・大山顕が言っていたけど、マニアは皆すでに理論武装しているって。わかりやすいのがミリオタ。戦争をしない世界にするためには、戦争に対する正しい理解が欠かせないという理論。
おぐら ゆえに、ミリオタには存在意義があると。
速水 ある意味、オタクである自分たちを守るための、高度に進んだ理論武装なんだよね。いまやオタクはマイノリティではなく、マスでしょ。それなのに、世界の市場と向き合った途端に、やはり迫害される少数派になるのかもしれない。
おぐら 女性アイドルの現場を見ると、「性的に消費しているわけではない」「あくまで応援する立場だ」というノリのほうが、むしろ多数派になっているような印象はありますけど。
速水 本当かな。複雑に読み込まれた性的な目線は、表現としてセーフだっていう主張って、現実には受け入れられないんじゃないかって思うけど。
おぐら 今でこそアニメもアイドルも一大産業になってますけど、かつての例えばロリコン趣味の人たちって、非常に限られた場所でこっそり楽しんでましたよね。そういう原点回帰は迫られているかもしれません。
速水 1984年版『ゴーストバスターズ』みたいな男性原理なアクション映画だって、そのうち大っぴらに見られなくなるかもよ。
おぐら でもそうなると、日本のヤクザ映画や、EXILE TRIBE大集合の『HiGH&LOW THE MOVIE』も、マニアが裏でこっそり楽しむものに……。
速水 あり得るよ。つまりは「差別はいけません!」っていうことで、居心地が悪くなる人々が生まれてくる問題。
おぐら 人間そんな完璧じゃないですからね。
速水 まぁ言っちゃえばそういうこと。
おぐら とはいえ、今回の『ゴーストバスターズ』によって、新しい女性像を描いた『セックス・アンド・ザ・シティ』からさらに時を経て、女性が主人公だからって「女性ならでは」的な性差の描写は不要、という段階にまで来たことは、大きな進歩だと思います。
速水 あと、女性客を取り込むためには、恋愛が必要っていうこれまでの通説が崩れつつある。
おぐら ちょっと、もう1回『ゴーストバスターズ』観てこようかな。
速水 じゃあ俺は『君の名は。』もう一度観てみるかな。
おぐら 10代の恋愛、本当は好きなんですよね?
速水 しーっ(笑)。