「京都=神楽坂」という誤解
もし京都が東京だったら、岡崎はきっと上野で、烏丸は丸の内だろう……。
そんなふうに思いを馳せながら、京都市内中心部の地図上に東京の地名をプロットして当てはめたのが、この「もし京都が東京だったらマップ」です。
「もし京都が東京だったらマップ」の一部。全体は書籍をご覧ください(デザイン:杉浦貴美子)
これはキャッチーでおもしろいと、ネットを中心に話題になったのですが、制作した私にとっては、突如おもしろいネタがひらめいたわけではなく、日常の延長を可視化したようなものでした。
私は現在、京都に住んでいて、不動産プランナーをしています。どんな仕事かというと、まず物件のオーナーさんから建物をどう活用したらいいかという相談を受け、建物や環境、資産の状況に応じて活用方法を提案し、使う人を募り、その後の運営までを一括してひとりでやっています。
東京でも、会社員として同じような仕事をしていました。この仕事には、この街にはどんな建物の使い方が求められているか、この街のよさを借り手にどうやって伝えるかなど、街の特徴を自分で体感して、消化して、形にする力が求められます。東京と京都の2つの街でそんな仕事をしてきて、自分の頭のなかを整理してみたのが、この地図の原形です。
また、京都では移住したい人の物件探しもしています。
そのなかで、東京の人は京都のことを異常に好きだけれど、案外、京都のことを知らない人が多いことがわかってきました。私はよく〝過剰評価〞といっているのですが、「京都のこと、すべて神楽坂だと思ってない?」と思ったこともありました。
京都には、神楽坂だけではなく、高円寺も渋谷も二子玉川もあります。京都という小さな都市のなかに多様な街があることを知っていただきたくて、この地図をつくりました。
東京・井の頭公園に似ているといわれる京都・鴨川デルタ(写真はすべて撮影:岸本千佳)
こんな人に活用してもらいたい「もし京マップ」
私は、この本を、こんな人に読んでもらいたいと思っています。
1.京都への移住を検討している人へ
漠然と京都が好きで、移住を考えているけれど、どこに住んでいいかわからないという方。そもそも、このマップは、そのような方のためにつくったので、きっとお役に立てると思います。みなさんにわかりやすいように、具体的にエリアを解説しています。
2.京都観光に何度も来ていて、飽き気味の旅行者へ
もうだいたいの京都の寺社仏閣は行き尽くしたという方にこそ、読んでいただきたいと思います。暮らすように旅する京都、もっと地元の人のリアルな生活に近づいて旅するためのガイドとして利用していただきたいのです。
3.京都以外に住んでいる人に、京都の説明をしたい人へ
京都の人は、外の人に自分の街を案内するのが好きだという話をよく聞きます。その際、京都の人にしかわからない言語で話しても相手には伝わりません。共通言語として、この地図をお使いください。
4.京都から出たことがない生粋の京都人へ
京都の人は地元志向が強く、京都内で進学・就職するという方が多くおられると思います。そして、東京に偏見のある方も、これまた多いのではないでしょうか。そこで、この本では、東京を知らない京都の人にも東京のよさがわかるように書いています。東京も多様で楽しい都市であることを知っていただければうれしいです。
5.移住促進を進める全国の行政マンへ
日々苦心して、なんとか自分の街に移住してもらう策を練られていることと思います。いろいろな自治体からご相談をお受けしますが、自治体と移住希望者の双方の悩みを聞いていると、どうも本当に移住者が欲しているものと、行政の方が考えた売りに乖離が生じているのではないでしょうか。暮らしてもらうために伝えるべきことはなんなのか、この本がそのヒントになってくれると幸いです。
この本は、京都と東京の街の比較を中心に、制作にいたる背景から、小さく暮らすことの魅力や街の新しい見方などを伝えています。右記の方々にかぎらず多くのみなさんが、読み終えたときに「街を使い倒して暮らすって、おもしろい」、そう思っていただければ幸いです。
私が「もし京マップ」を作った理由
マップを作成した理由は、大まかに6つあります。
1.京都を説明するときにわかりやすい
京都府民が選ぶ京都の住みたい街ランキングの上位5地域は、1位が北山(北区)、2位が烏丸(下京区)、3位が烏丸御池(中京区)、4位が桂(西京区)、5位が京都駅(下京区)というラインナップになっています(「2016年版みんなが選んだ住みたい街ランキング関西版」リクルート住まいカンパニー調べ)。
地名だけ聞いて、インターネットで検索して、たとえグーグルマップのストリートビューで通りを歩いてみても、どんな街なのかをイメージすることは結構難しいものです。
でも、単純に「北山は代官山みたいなところ」「北大路は二子玉川みたいなところ」といったとたん、「あぁ、北山って、洒落たケーキ屋さんや雑貨屋さんがあるところなんだな」とか、「北大路はショッピングモールがあって、ファミリーに住みやすそうなところなんだな」とか、なんとなく暮らしのシーンが描けるのではないでしょうか。
東京・二子玉川に似た雰囲気を持つ京都・北大路
2.京都に対する偏見を解きたい
私は東京での会社員時代から、「東京の人は京都を〝過剰評価〟しているんじゃないか」とずっと思っていました。まず、「京都人はデートで寺に行くものだ」と大半の人は思っていますし、「家庭の食卓にはおばんざいが出てくるものだ」と思っている人も多いかもしれません。
しかし、現実は河原町に行けばラウンドワンもあれば、カラオケも10店舗近くあり、スターバックスだって相当数あります。おばんざいは外でもそれほど食べません。
京都と東京の双方に住んだことがある人には、この京都の現実と東京人の憧れのギャップに共感していただけると思いますが、私はこの現象をなんとなくそのまま流すことができませんでした。
3.京都が多様な街であることを伝えたい
私は、「東京の人は京都をすべて神楽坂みたいに思っているんじゃないか」と仮定してみました。決していいすぎではないと思います。
しかし、実際は神楽坂のように石畳の艶やかな雰囲気の漂う場所は祇園の周辺くらいで、もちろん京都全域ではありません。だからといって、「すべて神楽坂じゃない」と否定したかったわけではありません。「神楽坂もあれば、丸の内もあるし、赤羽もある。京都にだって多様な街があるんだ」ということが、本当に伝えたかったメッセージなのです。
4.数値以外の評価軸で街を見てほしい
私の本業は不動産業ですが、路線価や坪単価といった統計データをあまり信用していません。
仕事の実例でいえば、こんなことがありました。4階建ての築30年ほどの築古マンション。京都市内の中心部からやや外れの、しかも大通りから一本入った建物の、さらに道路から認識できないくらい奥まった場所にあります。その1階は、建物の前面は駐車場として稼働しており、奥にある倉庫は駐輪場として開放していました(別に屋外の駐輪場はありますので、倉庫が駐輪場である必然性はありませんでした)。
そこで、上階の募集のついでに、オーナーさんに倉庫を見せてもらうことにしました。一見、ただの倉庫兼駐輪場でしかないのですが、味のある鉄扉や天井の低さでできあがった昔のクラブのような空間が、私にとっては非常に魅力的に思えました。
「人は選ぶかもしれないけれども、ハマる人にはハマる」
そう確信し、オーナーさんを説得して募集させてもらうことになりました。しかしながら、なんと掲載翌日に問い合わせがあったのです。その後、見学して気に入っていただき、無事成約となりました。
これは、統計データだけでは絶対にわからないことです。街と場を読み解く力が備わっていたからこそなせる業なのです。
5.京都人にも自分の街の新しい魅力を伝えたい
じつは京都の人こそ、京都のことをあまり知らないのです。
京都の人は、自分が考える京都の街と、外の人が見る自分の街の見られ方との違いに気づいていない人が多い気がします。「外の人からすると京都はこう見られている」という感覚は、商売をしている人には必要な感覚ですし、昨今のインバウンド(外国人旅行者を日本に誘致すること、また海外から日本に来る旅行者)の影響で多くの観光客が訪れる京都においては、一住民であっても求められる感覚だと思うのです。
6.街を新しい切り口から見てほしい
街の評価は、これまで多くの場合、不動産的な価値だけで判断されてきました。
多くの日本人が同じ方向からしか見てこなかった事実に、「いやいや、それだけじゃないですよ」とツッコミを入れたかったというのもあります。東京と京都を例に挙げただけで、とくに2つの地域に縁のない方にでも楽しんでもらえるマップにしたいと考えました。
京都を東京にたとえたマップですが、東京と京都はたまたま私がくわしかっただけで、この考え方は、それ以外の都市でも十分に成立すると思っています。
少なくとも、丸の内的(ビジネスの街)、渋谷・新宿(ショッピングの街)、霞が関(官公庁機関の集中する街)は、県庁所在地ならほとんどの都市に存在すると思います。すべての土地を同一色で塗れる街なんて、どこを探してもないはずなのです。
次回「いま話題の“赤羽”は“四条大宮”に似ている!」は9月14日公開予定。