「嫌いな人います?」SMAP・中居正広にそう問われ、笑福亭鶴瓶は断言した。
「いないんや。みんな好きやねん」※1
同じことを嵐の二宮和也に訊かれた時も、同じように「いないいない」と返している。
「いままででだよ?」とさらに二宮が追求すると鶴瓶は改めて少し思い返して答えた。
「いないなぁ。嫌いとかいうのは、やっぱ好きやから嫌いなんやろ、たぶん。なんか気になるから嫌いになってしまうねんけど、やっぱり好きなんやろ、それは」※2
鶴瓶が、「人」に対して常にスケベに接していけるのは、こうした思考があるからだろう。
トラブルに自ら首を突っ込む男、それが鶴瓶。
「鶴瓶さんがスゴいと思うのはさ、災いの方に向かっていくじゃないですか」
糸井重里は鶴瓶のスゴさをこのように語る。それに対し、鶴瓶も「そうやろね。意識なく入っていくよね」と同意する。
こんなことがあったという。
自身が主催しているライブ「無学の会」の開演が迫っている時だった。
鶴瓶が会場である「無学」に向かう途中、車から降りると、若い男がパジャマ姿の女性を引きずり回していた。
ただの痴話喧嘩なのか、暴行事件なのか、何が起こっているか分からない。女性が悲鳴を上げているが、周囲の人たちは遠巻きに見ているだけで誰も助けようとしない。
鶴瓶はその人垣をかき分けて中に入っていくと、2人を引き離し、男に事情を聞き出し始めた。
普通、芸能人だと、躊躇しがちだ。どんな因縁をつけられて、トラブルに発展するかわからない。しかも、ライブの開始時間は迫っている。それでも、鶴瓶は放っておくことができない。
「しないで見過ごしてししまうことの方が疲れる」※3
面倒なことに首を突っ込んでしまう“癖”があるのだ。
ある時などは、「じつは私、妊娠してます」と相談してきたファンがいる。
もちろん、鶴瓶の子ではない。妊娠させた男がたまたま知り合いだったため、その男にわざわざ会いに行った。すると、その男は別の女性も妊娠させていたのだ。子供を含めた5人の三角関係の間に挟まれた鶴瓶は、困惑しながらも親身になって話を聞いたという。
「シンドイでっせ。もう片棒かついだようなもんやし、自殺したらいかんと遅うまで話しこんで」※4
本人は「シンドイ」と語っているが、もはやそういう性分なのだろう。
自ら面倒で危険な“災い”に向かっていく。けれど、自分からそこに向かっていけば、受け身が取りやすい。
明石家さんまの好きな言葉にモハメド・アリの「わざと打たせたボディは効かない」という言葉がある。
不意に打たれたパンチはダメージがあるが、来ると分かっているパンチは同じパンチでもダメージはほとんどないということだ。それと同じことだろう。
鶴瓶はトラブルに自ら首を突っ込むと、それをカウンターで返すようにおもしろおかしいエピソードとして語ることができるのだ。
性善説を超えた性可愛説
以前、あるニュース番組からインタビュアーとして出演依頼があったという。その番組は実現しなかったが、その際に鶴瓶は番組側にこう言ったという。
「僕がやると全部その人らが可愛く見えるけどいいんですか」
鶴瓶は“最悪”な人でも、その中の可愛らしい部分を引き出そうとする。
「それは僕にとって絶対大事なことなんです」と言うのだ。※5
どんなにヒドい事件を起こした相手を見ても、どうしてこんなにいいところがある人間が、そんなしょうもないことをしてしまったのか、という視点でしか語れない。ダメだと断罪することができないのだ。
たとえば、『日本のよふけ』(フジテレビ)で鶴瓶は田中角栄の秘書・早坂茂三に話を聞いている。
早坂は全日空の飛行機に乗った際、離陸時になってもリクライニングを直さなかったため、出発時間を大幅に遅らせてしまうという“事件”を起こしている。最近で言う大韓航空で起きた“ナッツ・リターン”事件を髣髴とさせる事件だ。
鶴瓶は早坂に向かって堂々と問い詰めた。
「なんでそんなしょーもないことしたん? そんなもんみなに迷惑かかるやないか」
すると早坂は毅然として言った。
「私は全日空に死ぬまで抵抗する。実は私のボスは全日空に嵌められて失脚した。だから、どんな理由でも向こうから声をかけてきて、何かこっちに言ってきた時には必ず何故だと抵抗してやる。私は田中角栄の弟子なんだから」
もちろんそんな理由で、そんなことをするのはダメに決まっている。けれど、鶴瓶にはその理由が「可愛い」と思えるのだ。
理屈抜きで師を仰ぐこと。そのためには理不尽な振る舞いだって厭わない。それは鶴瓶もまた師の理不尽であると同時に深い庇護を受けて育ったという思いも去来したのだろう。
距離や角度を変えれば違った面が見えてくる。
「1ヵ所だけ切り取って見てしまうと嫌なヤツやけど、そこからちょっと離れて見てみたら、こいつごっつい才能あるな、ということが、けっこうあるんですよ」※6
だから“災い”と同じように、苦手な人にはあえて近づいていく。
「かなわんなって思う人はおるけど、あえて何回も側に寄っていくと克服できる。逃げてると、ますます苦手になる」※7
性善説で人を信じながら、苦手な人や面倒なことに対してさえ、スケベに近づいていく。
「ネアカ元気でへこたれず」という言葉がある。鶴瓶の好きな言葉だ。
「やっぱり明るい気持ちでないと。暗いものって、へこたれてしまうんです」と言う。
人は暗いものや嫌いなものに目が行きがちだ。それを遠巻きで見て批判したり嘲笑したりする。自分より不幸なものや、無条件で批判できるものを見るのは楽だからだ。けれど、それではネガティブなものは一生ネガティブなままだ。
「嫌なことより、やっぱりね、いいことのほうが強いですよ」※8
人間は愚かだ。けれど、その愚かな部分こそおもしろいと鶴瓶は言う。
「イヤやと思って拒絶することは簡単やけど、イヤやからよけい近づくっていう方法を何十年もとってるんです」※9
その愚かさに積極的に近づきおもしろがることが鶴瓶のスケベに生きるための流儀だ。
次回「本当は“悪い”鶴瓶のハナシ」は9/1更新予定
※1:『婦人公論』95年7月号より
※2:『櫻井有吉アブナイ夜会』15年12月17日より
※3:『AERA』01年6月4日号より
※4:『GORO』86年1月号より
※5:『仕事の教室』01年4月号より
※6:『LEE』14年11月号より
※7:『MORE』12年10月号より
※8:「ほぼ日刊イトイ新聞」より
※9:『メイプル』03年3月号より