クローズアップ現代

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No.38512016年8月23日(火)放送
“加害企業”救済の裏で~水俣病60年「極秘メモ」が語る真相~

“加害企業”救済の裏で~水俣病60年「極秘メモ」が語る真相~

水俣病60年 「極秘メモ」が語る真相

公害や災害を引き起こした企業に、国はどこまで手を差し伸べるべきなのでしょうか?
東京電力福島第一原発の事故でも突きつけられている、この問題の原点が、60年前に公式確認された、水俣病です。
当初は、原因不明の奇病とされ、チッソの排水が原因だと突き止められるまで、患者や家族は放置され、差別にさらされました。
治療法はなく、今も多くの人が苦しんでいます。
さらに、水俣病の認定や補償のハードルは高く、症状を訴える人の1割ほどしか、水俣病と認められていません。

その大きなターニングポイントとなったのは、昭和53年。
水俣病の新たな認定基準の通知が出されました。
これを境に、水俣病と認められる人は激減していくことになります。

その一方で、加害企業であるチッソには公的資金が投入され、国によって救済される事になったのです。
今回、私たちは、この昭和53年前後の貴重な内部資料を入手しました。

チッソ元副社長、久我正一氏の手記の写しです。
そこから見えてきたのは、チッソ救済を重要視した、政治家や官僚の思惑でした。

水俣病「極秘メモ」 チッソ救済の舞台裏

参議院議員の発言:チッソ元副社長 手記より
“チッソはつぶすわけにはいかぬ。
水俣撤退が、あってはならない。”

公的資金を投入する事で、加害企業であるチッソを救った国。
久我元副社長の手記には、舞台裏での生々しいやり取りが記されていました。

久我 チッソ元副社長の手記
“環境庁企画調整課長より、電話で次のような連絡があった。
『財政資金の出動は、最後は大蔵、自治両省の決断となる。藤井参議院議員も頼りになるぞ。』”

名前が挙げられていた、藤井参議院議員。
後に財務大臣を務めた、藤井裕久さんでした。
チッソをどう救済するか。
手記には、藤井さんが議論の取りまとめ役をしていたと書かれていました。

元財務相(当時 参議院議員) 藤井裕久さん
「まさに(昭和)52年の7月に始めて議員になった。
それまでは私は大蔵省の役人だったわけです。
患者の方が大変苦労しておられるし、そのためには、チッソだけでは、とても(救済を)やりきれないんだと。」

なぜ国は、水俣病を引き起こした、チッソを救おうとしたのか。

「社長。」

「人間は何のために生まれてきたと思うか。
愛もしたことなか、恋もしたことなか、水俣病がさせた。」

昭和50年代初め、患者に支払う補償金は、年間50億円を超え、チッソは深刻な経営難に陥っていました。

元財務相(当時 参議院議員) 藤井裕久さん
「チッソは潰せ、という議論もずいぶん出ました。
それを聞きつけた水俣市の幹部が来て、『それは絶対に困ります、水俣市はチッソで生きているのです』と。
やはり加害者といえども地域社会の中核だと。
それならば、やはり他の手段を考えなきゃいけない。」

藤井さんたちは、公的資金で支援する、前例のない方法を編み出し、チッソに伝えました。

久我 チッソ元副社長の手記
“藤井先生から久我へ報告。
福田総理も決断された模様である。
県債以外に方法のない事。”

国は、原則的に一企業に直接お金を融資する事はできません。

そこでまず、熊本県が「県債」を発行し、大蔵省が買い取ります。
県は、そのお金をチッソに貸し付け、患者への補償金に充てる事にしたのです。
しかし、この仕組みを実行するには、大きな課題があったといいます。

元財務相(当時 参議院議員) 藤井裕久さん
「一般納税者の方の理解が得られるか。
確かに(患者は)お気の毒だと。
しかし一会社がやったことじゃないのかという議論は、当然出てくるという危惧を持っておりました。」

公的資金の投入を、国民にどう納得させるか。
手記からは、「チッソを救え」という声を地元から上げさせるために、国が裏で手を打っていた事が浮かび上がってきました。
内閣官房副長官からチッソに出されていた指示です。

内閣官房副長官からの指示:チッソ元副社長 手記より
“財政支援は、一私企業救済では大義名分がない。
坂田先生をかついで、もっと派手に地元を騒がせよ。”

水俣が地盤の衆議院議員だった、坂田氏。
果たして、地元の世論の誘導に関わったのか。

当時、坂田議員とつながりがあった、元水俣市議の山村裕康さんです。
チッソが潰れれば、患者と地域を守る事ができないと、国にチッソの支援を促す署名活動を行ったといいます。

元水俣市議 山村裕康さん
「ずっと昔からのつながりで、坂田さんを軸にして、お願いに行く。」

市民の6割にあたる、2万3,000人が署名。
国に届ける仲介をしたのが、坂田議員でした。
政府から、「地元を騒がせろ」という指示が出ていた事を初めて知った山村さん。
坂田議員が、そこに関与していたかどうか、詳しくは分からないといいます。

元水俣市議 山村裕康さん
「われわれの市民運動や議会運動も、それはほんのわずかな力であって、全体的にはこういう大きなうねりの中で、いろいろ策が講じられたんだと思う。」

その半年後、国はチッソの支援を決定。
投入された公的資金は、合計で2,200億円に上りました。

元財務相(当時 参議院議員) 藤井裕久さん
「『ばか騒ぎさせろ』とは、極端な話ですけれど、事実です、これは。
騒がせるということは、あまり好きではありませんが、地域が大変だということと、それなるが故に公的資金が出たということは事実だと思いますから、それでいいんじゃないでしょうか。」

ただ、社会にチッソ支援の機運が高まった事は、結果的に患者たちをさらに追い込んでいく事になりました。

水俣病の第1号患者、田中実子さんです。
水俣病患者と認定された実子さんは、チッソから1,800万円の補償金を受け取りました。
患者の存在が、チッソの経営に負担をかけていると、周囲の目が一層冷ややかになっていったといいます。

『第1号患者』の姉 下田綾子さん
「そのころはチッソの味方が多かったな。
『それだけ(補償金)もらえれば、分限者(金持ち)になってよかった』とか、『いろんな物が買えてよかった』とか。
いろいろあった。
口に言えないほどあった。」

水俣病「極秘メモ」 “患者激減”の陰で

公的資金による、チッソの救済が決まった、昭和53年。
この年を境に、患者にとって厳しい事態が訪れます。

きっかけは、水俣病の新たな認定基準が通知された事でした。

この通知が出される前、水俣病と認定された患者は、申請した人の51%でした。
ところが、その割合は翌年以降激減。
わずか4.9%になりました。

1号患者の田中実子さんを介護し続けてきた、姉の下田綾子さんです。
綾子さんも長年、手足のしびれに悩まされ、体が徐々に動かなくなっています。

『第1号患者』の姉 下田綾子さん
「(私も)中学生ぐらいからしびれていた、指。
姉妹もみんなですよ。
しびれたり、けいれんが来たりする、今も。」

若い頃は、差別を恐れて、水俣病の認定申請をしなかった綾子さん。
昭和53年の通知が出された後に審査を受けましたが、結果は「棄却」でした。

『第1号患者』の姉 下田綾子さん
「なんでうちだけ(認定)してくれないのかと。
本人じゃないと苦しさはわからない。」

国は従来、手足の感覚障害など、1つの症状でも水俣病と認めていました。
新たな通知では、「視野が狭い」「思い通りに体が動かせない」など、複数の症状がある場合に、水俣病と認定するという基準になったのです。
国は、基準を改めたのは、医学的な知見が得られたからだとしてきました。
しかし、その背景には、患者への補償金を抑える思惑もあった事が、今回の取材で浮かび上がりました。

当時、自治省の官僚として、水俣病に関する会議に参加。
後に、内閣官房副長官も務めた石原信雄さんです。
チッソに貸し付ける公的資金は、どこまで膨らむのか。
大蔵省や内閣府の担当者が不安を抱えていると耳にしました。

当時 自治省審議官 石原信雄さん
「当時は水俣病の患者がどこまで増えるか、わからなかったわけですね。
だから最終的に補償額がどのくらいになるのか、見通しがつかなかった。」

チッソの久我元副社長の手記には、水俣病の認定を厳しくするよう求めた、内閣府の高官らの発言が記されていました。

久我 チッソ元副社長の手記
“内閣官房副長官は、補償金支出の歯止めが欠落しているとして、認定に対し、厳しい姿勢を求めた。”

内閣審議室長の発言
“補償協定の改定、あるいは破棄をせよ。
そのままでは、ザルに水を注ぐがごとしだ。”

当時 自治省審議官 石原信雄さん
「『ザルに水』っていうのは覚えてますよ。
だからそこをなんとかね、ここまでだって決めてもらわないと、企業のほうも困っちゃうわけですよ。
チッソっていう会社を何としても存続させて、(国と県が)払って、チッソが(補償金を)払えるようにしてやらにゃいかんと。
そういう話なんです、全体のストーリーがね。」

結果的に認定される患者の数が大幅に減った事を、国はどう受け止めているのか。

「認められる患者が減ったこと どう感じる?」

元財務相(当時 参議院議員) 藤井裕久さん
「減る事を期待して、決定をしたわけではありません。
結果として中途半端な、病気なのか、病気じゃないのか分からないような人が減った(認定されなくなった)のかなという印象は持っています。
政治現象を見る場合には、100点のものはないと。
0点のものもない。
そのどこで手を打つかと。
しかも、なるべく多くの人が納得できるのはどこなのか、もうそれだけなんですよ。」

水俣病と認められなかった、下田綾子さんです。
申請が棄却された陰で、企業や国がどのような思惑で動いていたのか、今回、初めて知りました。

『第1患者』の姉 下田綾子さん
「たまげて開いた口がふさがらん。
国はもう、こういう人はさっさと逝けという調子だ。
煩悩(思いやり)がない。
人間的ではない。」

水俣病60年 「極秘メモ」が語る真相

ゲスト 柳田邦男さん(ノンフィクション作家)

チッソは現在も経営を続けていて、液晶事業などで、年間100億円の利益をあげています。
チッソにも取材を申し込んだんですが、「会社として何も申し上げる事はございません」という回答でした。
今回明らかになった、手記や証言をどう見た?

柳田さん:大事な問題として、「認定基準」というのがあるわけですけれど、その認定基準が非常に厳しくて、認定を受けられない被害者として訴えている人が多い。
この根源は認定基準の厳しさにあるわけですが、どうしてこういう基準を作ったのか。
それが、補償の財源と表裏一体をなして、患者を制限していくような意味を持った形で作られたんだという事が明らかになったわけです。
それが1つ、この証言の大きな意味だと思います。
それから、もう1つは、そういう基準を作るまでのプロセスにおいて、政治と行政と企業とが、立体的に絡み合いながら作っていったという構造が明らかになった、この2点だと思います。

症状を訴えながら、今も水俣病と認められない人が2万人に上っています。
当時の政治家や官僚たちも「必ずしも、患者の切り捨てを意図していたわけではない」と発言していたが、結果的に患者の認定は激減していきました。
どうして、そうなってしまったのかを柳田さんにキーワードを書いていただきました。
「“財源主義”というメガネ」とはどういう事?

柳田さん:当時、公害の被害に対して、国が補償するという意味では、大気汚染や四日市ぜんそくとか、いろいろな問題があって、そういう被害者に対する補償で、どんどんお金が出ていくわけです。
そこに、水俣病に対する補償まで加わっていく。
原因企業であるチッソが第一義的に負担すべきだけれど、チッソが倒産してしまったら、患者さんはもうどこにも訴えようがないという事で、そういう意味でチッソを倒産させないようにしようという、この政策に間違いがあったわけではないと思うんですけれど、しかし、じゃあ国がどこまで援助するかで、「財源」っていう言葉がまず出てくるんですが、これは、いつでも政策を選択する時に財源という言葉が必ずついて回る。
例えば、今、問題になっている保育の問題ですね。
「保育所を増やせ」「保育士を増やせ」とか、いろいろ。
それを確保するだけの財源あるのかっていうのが、まず出てきてしまいます。
そうすると、これが限界だっていう事になる。
これは一種の、政治や行政の中でメガネを掛けて見ている。
財源という、ある視野の幅しかないものを見ているわけです。
じゃあ、この水俣病における財源とは何なのかというと、この資料の中でも出てこないのが、一体、国に責任があったのか、なかったのかという問題なんですよね。

これは、水俣病が非常に大きな問題になった第1原因は、昭和34年に閣議決定で原因不明にしてしまったんです。
しかし、もう既に死者が数十人出ていた。
それ以後、増えてしまうわけですが、そういう責任が国策としてあるにも関わらず、財源という事の枠の中だけで解決しようとしているところに大きな問題があったんです。

国の対応でいいますと、水俣病の認定と補償を求めて繰り返し裁判が行われている中で、国は平成7年と21年に政治決着での解決を図りました。
水俣病とは認められないが、感覚障害など、一定の要件を満たす被害者に対して、チッソから200万円余りの一時金と医療費などを支給するという内容だが?

柳田さん:これは、制度そのものが持つ欠陥というのがあるんです。
それは、認定基準を非常に厳しくしたために、次々に被害者と見られるのに認定を受けられない。
例えば、家族5人がいて、4人までが認定されたのに、1人だけが診断症状が1つ足りないというので認められないという、こんな不合理が起こるわけです。
つまり、そういうグレーゾーンのような人たちをどう救うかというところの欠陥ですね。
それを政治解決で、ある程度のお金を渡すから、これで納得して下さいっていうような妥協策でしかなかった。

下田綾子さんの「人間的ではない」という言葉、どう感じた?

柳田さん:こういう問題を考える時に、中央で考える事は、全体の統計数字とか何人とか、あるいは財源とかであれなんですが、被害者にとっては1人1人、一家族一家族の避けがたいような被害の問題。
そこに原点を置いて考えるという姿勢が求められているという事です。

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