“ジャーナリズムの苦境”をめぐり、人気コメディ番組に米新聞協会が抗議する奇妙な展開

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08/13/2016 by kaztaira

英国出身のコメディアン、ジョン・オリバーさんの、米ケーブルチャンネルHBOの人気風刺番組「ラスト・ウィーク・トゥナイト」が、〝ジャーナリズムの苦境〟を取り上げたことが、ウオッチャーたちの間で話題になっている。

名門紙「ボストン・グローブ」を舞台にしたアカデミー賞映画「スポットライト」や、新聞チェーン「トリビューン・パブリッシング」の「トロンク」への改名など、最近の米ジャーナリズムの話題を笑いに取り込みながら、特にローカル紙の現状を、リアルに突いているからだ。

ユーチューブで公開している番組の動画は、すでに再生回数が500万回近くにのぼっており、この問題への関心の高さを伺わせる。

ただ、米新聞協会のCEOが、この番組に”抗議”の声明を公表し、ワシントン・ポストの著名コラムニストがそれをやんわりたしなめるなど、話は妙な方向にも広がっている。

それだけ、米ジャーナリズムの足元の数字は、深刻さを増している、とも言える。

●ジャーナリズムの苦境

オリバーさんの番組は、この前週には、米大統領選の民主、共和両党の全国大会を取り上げるなど、ニュースを中心としたコメディトークショーの構成だ。

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2104年には、「ネットワーク中立性」を取り上げた回で、米連邦通信委員会(FCC)へのパブリックコメントの投稿を呼びかけ、翌日にかけて同委員会のサイトがクラッシュするなど、何かと話題を呼ぶ番組だ。

この数年、新聞の廃刊や縮小が続いている。これは我々すべてに影響することだ。たとえニュースをフェイスブックやグーグル、ツイッター、アリアナ・ハフィントンの”引用文の寄せ集めと本の抜き書きの情報交換所”(笑)からしか得ていなくても。これらのサイトは、しばしば新聞記事をパッケージし直しているのだから。そして、テレビのニュースもまた、その最後には引用元の新聞名に言及している。(中略)我々のようなバカげたトーク番組も、ローカル紙に頼っている部分は非常に大きい。

オリバーさんは、細かく笑いをはさみながらも、現状の切り取り方には説得力がある。

メディアというのは、ローカル紙がなければ崩壊してしまう食物連鎖だ。ただ問題は、新聞広告が、昔ほど広告主に人気がないことだ。だが、ネット広告ははるかに少ない収入しかもたらさない。2004年と2014年のネット広告を比べると20億ドルの増加となっているが、残念ながら、同じ期間、新聞広告は300億ドルの減少となっている。これは、道端で1セントを拾ったら、同じ日に、銀行口座を16歳のベルギー人ハッカーに空にされたようなものだ。

そしてオリバーさんは、2014年に編集局の4分の1にあたるリストラ、発行日の7日から4日への短縮を余儀なくされ、さらに”デジタルファースト”の洗礼を受けたオレゴン州ポートランドの「オレゴニアン」を取り上げる。

同紙の記者たちは、ブログスタイルのサイトに、1日3本の投稿を義務づけられるという憂き目にあったことで知られる(※のちに撤回)。

さらに、州議会を担当する記者が、2003年から2014年の間に164人、率にして35%も減少しているというピューリサーチセンターのデータを紹介する。

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新聞がネット展開をするのはよいが、そこには危険もある。クリックが最も取れるものへと引き寄せられる誘惑だ。だからこそ、報道機関には、人気のあるコンテンツは、必ずしも最も重要なコンテンツとは違うということを、わきまえたリーダーが必要なのだ。だがそうではないケースもある。

そこで、2008年にシカゴ・トリビューンなどを擁するトリビューン・カンパニーを買収した富豪、サム・ゼルさんによる、傘下のオーランド・センチネルの記者との応酬を紹介する。

ゼル:私のジャーナリズムに対する姿勢は極めてシンプルだ。みなさんの給料が支払えるだけの十分な収益を得たい。なんともシンプルだろう? そこで、みなさんに助けてもらう必要がある。読者が望むものにフォーカスするジャーナリストになってもらいたいのだ。それにより、売り上げを増やせるわけだ。
記者:しかし、読者が求めるのは子犬の話で、つまり、我々はコミュニティに情報を届ける必要があるわけで…
ゼル:悪いが、あなたは古めかしい、私に言わせればジャーナリスト的傲慢さを披露してくれた。子犬には目もくれないと決めてかかって。望むらくは、我々が十分な収益が得られるところまで到達できればよいのだ。子犬とイラクの、両方をカバーできるように。そうだろう…フxxク・ユー。

そして、トリビューンの「さらにバカげたリブランディング」を笑いのタネにする。

今年、注目をあつめた「トロンク」への社名変更

※参照:「トロンク祭り」トリビューンの社名変更とメディアの生き残りをかけた買収騒動

「ゾウがイク音」とか「新聞束がゴミ収集箱に投げ込まれる音」とか、散々ないじり方だが、さらに人工知能(AI)の活用も、”ニュースロボット”と笑いのタネだ。

さらに、ラスベガスのカジノ王、シェルドン・アデルソンさんが昨年、地元有力紙「ラスベガス・レビュー・ジャーナル」をひそかに買収し、編集局と緊張関係にあることも紹介している。

※参照:ラスベガスのカジノ王が地元有力紙を買収。その舞台裏で起きている奇妙なこと

そして、オリバーさんは、こんなことを述べる。

ジャーナリズムの現在の苦境について、かなりの責任は、ジャーナリストの仕事に金を払おうとしない我々の側にあるのだ。我々はニュースを無料で読むことに慣れてきてしまった。長いこと無料に慣れてしまえば、それに金を払おうとはしなくなる。これはあなたに話しているんだ。この番組を、アパートの下にあるコーヒーショップのWiFiを使ってユーチューブで見ている、あなたが(笑)我々を殺そうとしてる。

そして、ジャーナリズムの苦境が続けば、いずれはこうなる…と4分ほどの「スポットライト」のパロディー版の予告編が続く。

この予告編がまた、よくできている。15分すぎに始まり、一見の価値はある。

●米新聞協会の声明

この番組が放映されたのが8月7日、日曜日の夜。

そして、翌8日付で、米国新聞協会(NAA)のホームページに、こんなタイトルの声明が公開される

「米国新聞協会社長兼CEOデビッド・チャーバンからジョン・オリバーへ:新聞に必要なのはソリューションだ。くだらない侮辱やわかり切ったことをいってもらわずとも結構」

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仰々しいタイトルだが、要は、協会としての抗議文のようだ

ローカル紙の重要性や、読者への有料購読の呼びかけはよい、としながら、声明はこう述べている。

ニュースへの有料購読の呼びかけ以外、彼はなんの解決策も示していない。さらに言えば、彼は番組の大半を使って、その解決策を見つけ出そうとしているパブリッシャーを物笑いの種にしているのだ。”トロンク”という名前や、同社が公表した成長戦略をどう考えたとしても、少なくとも、彼らは新たなことに取り組み、デジタル時代に優れたジャーナリズムをつくり出すにはどうしたらいいかを見つけだそうとしている。ジョン・オリバーは、それに勝るアイディアを持っているとは思えないのだ。
(中略)
オリバー氏には、ニュースの未来の可能性について、より多くの時間を割いて語って欲しいし、それを見つけ出そうとしているパブリッシャーを揶揄するのは、控えめにして欲しい、とお願いしたいだけだ。

随分、奇妙な声明だ。

ただチャーバンさんは、元々全米商工会議所COOを7年ほど務めた人物で、その前の経歴は米国輸出入銀行。新聞業界にゆかりはなく、かなり文化の違うキャリアを歩んできたようだ。新聞協会に来たのは、昨年10月と最近のことだ。

●笑って、お礼を言う

ワシントン・ポストのメディアコラムニストで、以前はニューヨーク・タイムズのパブリックエディターだったマーガレット・サリバンさんも、この声明には違和感を覚えたようだ

「オリバー氏の番組は、まさに新聞へのラブレターだ」とサリバンさん。そして、こう述べる。

逆に、チャーバン氏にアドバイスがある。誰かが痛快に、そして痛烈に、自分が職務として守るべき業界を称賛した時には、あなたがすべきことは、面白い部分では笑い、そしてただこう言えばいい、「ありがとう」と。

●課金にふさわしいメディアか

メディアアナリストのケン・ドクターさんも、この話題を取り上げている。かなり辛口に。

ジョン・オリバー氏の19分の番組は、相変わらずどの施策もうまくいっていないローカルニュースのビジネスに、関心を引きつけることができただろうか?
見込みのない希望を持ち続けているようにも見えるが。

そして、ニューヨーク・タイムズやフィナンシャル・タイムズが、購読料が収入の半分以上を占めるまでになっているのに、ローカル紙は3割止まりという現状をこう、一刀両断にする。

ローカル紙に最も必要なのは、実験ではない。実行だ。低レベル化ではなく、より、高度なローカルジャーナリズムの価値に根ざした実行だ。

いくつかの例外はあるが、大半の地域パブリッシャーは、ニューヨーク・タイムズやフィナンシャル・タイムズが学んできたことを取り込むことに失敗している。タイムズは全国紙であり、今やグロバール紙だ。その結果、潜在的なデジタル購読者層を期待することができる。だが、購読料収入がうまくいっている企業と、うまくいっていない大半の企業の違いは、市場のスケールだけではない。私の調査では、タイムズやFTは、読者を有料購読者にするコンバージョン(成約)率が、ローカル紙の5倍も高いのだ。つまり、これは読者のサイズだけの問題ではない――読者にどう接しているか、という問題でもあるのだ。

そして、その答えをこう述べる。

両社とも、読者により多くの価値を提供しているのだ。

より多くのオリジナルコンテンツ、よりイノベーティブな編集局。編集局の人数を半分にしてしまえば、それに応じて、読者も去っていく、とドクターさんは指摘する。

オリバーさんよりは、こちらの方が、よほど手厳しい。

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※このブログは「ハフィントン・ポスト」にも転載されています。

Twitter:@kaztaira

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