珍しいから試しに買ってみたらチーズにカビが生えて腐っていた!と小さな食品スーパーでアルバイトをしていた僕にお爺さんは、言った。大学生の時の話だ。まだクレームなどに慣れていなかったので店長を呼んだ。
ブルーチーズはカビが生えているものなのに、なんだかなぁ、残念なおじいさんだなあ、店長はなんて言ってこの場をおさめるんだろうと思いながら途中だった品出しに戻った。売場にひたすら商品を並べ続ける。
僕はおばちゃん達になぜか人気があって「大変だったね。こんなことでバイトやめないでね」と優しい言葉をかけられつつ休憩室でタバコを吸っていた。すると店長がやって来て隣に座りカレーパンを食べ始めた。
ごくごくとコーラを一気飲みする店長に僕は「あのお爺さんは、どうなりました?」と聞いてみた。どうやって勘違いクレームを処理したか興味があった。店長は若ハゲの額をペチペチと叩きながら笑って言った。
「丁寧に謝って返金したよ」
「そんなの絶対におかしいですよ!」
「そうかなあ。お客さんが腐ってるって思っているブルーチーズの商品特性を納得させて、帰らせれば良かったと思うのか?」
「間違ってますか?」
「間違ってはいない。けど正しくもない」
店長は僕の肩ポンと叩き、行列ができているレジの応援に行ってしまった。20年後、僕はこの出来事を思い出し、店長の言いたかった事を少し理解できるようになった。
世の中に絶対に正しいということはないし『絶対に』間違ってるということも、ない。ブルーチーズは腐ってるものだけど、お爺さんにとってはただの腐ってるチーズだった。それは絶対にゆずれないことだったのだ。
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