宋美玄のママライフ実況中継
コラム
相模原の殺傷事件 人工妊娠中絶と同じでしょうか?
早くもつかまり立ちしそうな息子です
先々週から断続的に発熱している息子ですが、今週になって耳垂れが出てきました。娘も0歳の時は中耳炎を何度も繰り返していたのですが、弟も同じようになるのでしょうか。息子はひたすら病気をもらってきますが、娘の同じ頃に比べると肌のトラブルは非常に少ないです。健やかに育ちますように……。
先月、相模原の障害者施設で起きた殺傷事件に国中が怒りを覚えました。「障害者はいなくなればいい」というヒトラーと同じ思想のもと、19人の方が犯人によって人生を無理やり終えさせられました。「なくていい命なんかない」という声や、安楽死と結びつける安易な意見の中に、我々産婦人科医が行う人工妊娠中絶と結びつけて考えるような意見を複数目にしたので、この場で考えてみたいと思います。
人工妊娠中絶は「母体保護法」により定められたものです。妊娠の継続が母体の健康を著しく害する場合、妊娠21週6日までは中絶することができます。法律は絶対的な存在ではありませんが、母体保護法は我々産婦人科医が行う人工妊娠中絶について規定する法律です。
中絶は殺人ではないのかという議論がよくありますが、発生の段階で、どこから「人権」を認めるかの線を引くのは難しいです。精子や卵子、受精卵が人間としての人権を有すると考える人は少ないと思いますが、母体から生まれ出て一人で呼吸をしている赤ちゃんには、もちろん人権があるでしょう。
一日一日成長・発達していく過程のどの段階で「母体の付属物である生命体」から「人間」に変わるかというのは難しいです。母体保護法では、母体の外に生まれても生きて行けるようになるとされる週数に線が引かれています。
積み重ねられた生の尊厳
今回の事件を受け止めるためには、被害者の方々がどのような日々を生きてこられたのか、一人一人の積み重ねられた生の尊厳に対する敬意が必要だと思います。今回は被害者の方々のお名前やどのような障害をお持ちだったのかは報道されていません。プライバシーの観点から必ずしも報道されるべきではないとは思いますが、被害にあわれた方お一人一人の存在をはっきりととらえにくくなっているかもしれません。今回の事件と胎児を同列に考えられない一番の理由は、積み重ねられた生の尊厳にあると思います。
人工妊娠中絶は、そのほとんどが経済的社会的理由から行われ、ごく一部は、胎児側に先天異常があり、産み育てることが母体の健康を害するという理由で行われています。
中絶を考える一人一人の人生 簡単に他人が裁けるのか
人工妊娠中絶を選ぶ人や迷う人には様々な背景があります。もちろん、先天異常の有無にかかわらず授かった命はすべて産み育てることは理想ではありますが、個人だけでなく社会の問題でもあり、簡単に他人が裁けるものではありません。一つ一つの事例に向き合い、妊婦さんと赤ちゃんにとって一番いい道を考えるのが産婦人科医の仕事です。
「命は大切だ」は正しいことですが、もしも「命は大切だ」という金科玉条のもと、事情にかかわらず中絶が認められない社会があるとしても、私はそれがベストな社会だとは思いません。
今回の事件と選択的人工妊娠中絶を結びつける論調のもので、残念ながら妊婦さんと家族の葛藤やその理由について掘り下げたものは見られず、むしろあまり詳しく知らないのだろうなというものがほとんどでした。この問題は紙の上での正義感では片付けられません。
障害者に普段無関心な人が時々、罪滅ぼしのように障害を肯定したり美化したりすることがありますが(今年もまたそんなテレビの季節です)、白けた目で見てしまいます。同様に、この難しい問題を単純な論理で片付けようというのも思考の放棄だと思うので、できる限り当事者の立場や気持ちを想像していきたいと思います。
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