六冬和生インタビュウ〈前篇〉松本城見学中の大学生、江戸時代へ跳ぶ

貧困と圧政に耐えつづけた江戸時代の農民と、彼らを救うため奔走した大学生&高校生による感涙の物語、『松本城、起つ』が刊行になりました。第1回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞してデビューした、長野県生まれ、信州大学卒、松本市在住の六冬和生(むとう・かずき)さんが地元の史実を題材にした本作。どうやって松本城と史実と時間SFが結びついていったのかをうかがいました。



■松本城に出会うまで



──二〇一六年七月に『松本城、起(た)つ』が刊行されます。本作は現代から一六八六年、江戸時代の松本藩にタイムリープさせられてしまった大学生の巾上(はばうえ)くんと家庭教師先の女子高生・千曲(ちくま)(実家は元養蚕農家、お守りは蚕のさなぎ)が、貞享騒動(加助騒動)という一揆による処罰から農民を救おうと奮闘する物語です。執筆のきっかけから教えてください。

六冬 まったく違う新作を書こうとして行き詰まっていたとき、現実逃避的に別のものに没頭した、というありがちな話です。松本の心霊スポットをネタにできないか、と探していくうちに、伝説のほうに興味がシフトしまして、二十六夜神伝説と加助の呪いという伝説に行き着きました。前者は松本城を守ろうとするもの、後者は松本城を倒そうとするものです。このふたつの相反する伝説をつなげられないもんかな、と思いまして。

■松本城■

築城四百年を超える、国宝五城の一つ。現存する五重六階の天守のなかで日本最古の城。戦国時代の永正年間に造られた深志城が始まりとされている。

──まず貞享騒動(加助騒動)について、簡単に教えていただけますでしょうか。

六冬 松本藩で起きた、いわゆる百姓一揆です。農民一万人が年貢の減免を求めて松本城に押し寄せ、いったんはその訴えが聞き入れられたものの覆され、一揆の首謀者である多田加助をはじめとして28人が処刑されました。そのなかには16歳の少女も含まれていました。磔(はりつけ)にされた多田加助が死の間際に放った叫びが、松本城を傾かせたという伝説が残っています。実際、明治時代には松本城は倒壊寸前にありました。なお、史実、伝説と作中エピソードではビミョーに違うところもありますので、マニアックな方はそのあたりも楽しんでいただけたら。

──松本城が揺れて傾くことは、物語の軸となっていますね。そうした伝説、史実と、時間SFの要素はどのように組み合わさっていったのでしょうか?

六冬 鈴木伊織という武士が貞享騒動の際に農民のために奔走したという言い伝えが残っていますが、詳細はわかっていません。その謎めいた人物がトリックスターとして浮かび上がって、登場人物たちの声を聞き、SF的仕掛けを要請し、ピースをつなげていってくれました。

──そこで歴史小説ではなく、SFに結びつくのが六冬さんらしいと思いました。SF的仕掛けを要請するというあたりをもう少し具体的にお聞かせください。

六冬 史実では、鈴木伊織は力及ばず無念の結果になっています。これを変えてくれ、と鈴木伊織に頼まれたら、そこはやっぱりSFの出番です。

──六冬さんは長野県出身で、現在も松本市内にご在住ですが、もともと松本城の歴史に興味があったのでしょうか?

六冬 実はさっぱり。ろくすっぽ知らずに生活していたことを猛省しております。

──では執筆にあたって、改めて松本城を取材されたんですね。松本城内で印象に残った場所、またそれ以外で取材された史跡等ありましたら教えてください。

六冬 松本城では、大天守六階で天井を見上げるべし。それから旧楡村近辺、ヒロインの家のある場所として設定した松本市内北側一帯をおもに歩きました。おすすめスポットは義民塚です。そこから見下ろす松本城は一見の価値あり。

大雪の日、松本城を守るあるぷちゃん(松本市のマスコット)

──他にも忘れがたいエピソードなどございましたか?

六冬 松本城でボランティアガイドをなさっていたおじさんの熱意と、おじさんの目を通した松本城の姿は胸を打ちました。明治時代に荒んでいたお城について、実際に目にしたことがあるかのように哀しそうに語っておられました。また、現在お堀を復元中なのですが、おじさんの「生きている間には完成しないだろうなあ」という一言にはぐっときました。

 あと、城内の一画に『宇宙ツツジ』なるものが植わっております。向井千秋さんがスペースシャトルに持ち込んだツツジの種が、まあ、こんなに立派になって。

──SFと縁を感じる場所ですね(後篇に続く)

キーワード★二十六夜神

元和四年(一六一八年)、閏(うるう)正月二十六日の夜中。松本藩藩士の川井八郎三郎が本丸御殿で城の守りをしていると、緋色の服を身に着けた美しい女が現れた。女は錦の袋を八郎三郎に与え、「二十六夜神さまを祀り、三石三斗三升三合三勺の米を炊いて祝えば城は栄えましょう」と言うと姿を消した。

 この話を伝え聞いた時の藩主・戸田康長は松本城の天守六階に錦の袋を祀り、毎月二十六日に米を供え続けた。現在も二十六夜神は松本城に祀られている。


『松本城、起つ』好評発売中

信州大学経済学部に通う巾上岳雪(はばうえ・たけゆき)は、家庭教師先の女子高校生・矢諸千曲(やもろ・ちくま)に連れられて初めて松本城を訪れた。受験より趣味の松本史跡の見学を優先し、いつまでも模試の結果すら見せようとしない千曲に巾上が腹を立てていたその時、松本城が大きく揺らいだ

1686年の松本藩で目覚めた巾上は、自分が鈴木伊織(すずき・いおり)という藩士として、千曲が松本城に祀られている二十六夜神(にじゅうろくやしん)さまとして存在していることに愕然とする。奇しくもその年、松本藩では貞享騒動(じょうきょうそうどう)という百姓一揆が発生、多数の死者を出していた。状況に戸惑っていた巾上は、命懸けで年貢減免に挑もうとしている多田加助(ただ・かすけ)ら農民と出会い、その窮状を知るなかで、彼らを救いたいと感じ始める。巾上と千曲は、松本の人々を救うことができるのか?そして現代へ戻ってくることはできるのか—?


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この連載について

松本城、起つ』刊行記念インタビュウ

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貧困と圧政に耐えつづけた江戸時代の農民と、彼らを救うため奔走した大学生による感涙の物語、『松本城、起つ』が刊行になりました。それを記念して、著者・六冬和生(むとう・かずき)氏のインタビュウを特別掲載します。

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sarirahira 松本城、炎ミラにはまってるときに一度行ったけどこじんまりしつつめちゃうつくしかった https://t.co/wsjZyXXlZP 約2時間前 replyretweetfavorite

maniamariera cakes更新です! 松本城と史実が、SF作家の頭の中で結びついたら? インタビュウ特別公開 約5時間前 replyretweetfavorite