| 曽爾村という田舎で暮らす極意 |
| 1.曽爾村に移住するということは |
- 自然豊かであるが・・・(被害もある)
今の田舎の自然は人が手を加えたもの その自然を維持するために自分もその一員になる覚悟をもつこと。 また自然がいっぱいということは、台風、大雨、洪水などの災害の危険が常につきまとうことでもあり、猿・鹿・猪などによる農作物への被害があることを忘れてはいけない。 - 土地・空き家はあるが・・・(貸してくれない)
休耕田や放棄された山林など利用していない土地、空き家があっても、見知らぬ人に売ったり貸したりすることはまず少ない。 都会でも突然やってきた見知らぬ人に土地など売ってくれるはずがない。 要はその人の誠意と信用度。 - 生活にお金が本当にかからないか(田舎も都会も同じ)
現実は、田舎ほど食えない。もともと田舎に住んでいる人は、先祖から受け継いでいる土地や家、機材などがあるから支出は少なくてもすむ。 都会で経済的に安定していない人は、田舎へ来ても生活は苦しい。田舎暮らしを始めたら、都会時代より生活レベルは落ちる覚悟がいる。 - 田舎の人は優しいが・・・(ギブアンドテイクの関係)
人口密度は低くても人付き合いの濃度は高い。人付き合いを拒否して田舎暮らしはできない。他人と関わらず暮らしたければ、都会に住むか、別荘地のようなところを目指すべき。 昔から農林業は、共同作業が多く、みんな助け合ってきた。相互扶助意識が高い。このことを理解しないと田舎暮らしに失敗する。 田舎は隣近所「持ちつ持たれつ」の社会であることを認識しておくべきである。 - 交通事情が悪い(車があれば都会と同じ便利さがある)
都会のように公共交通が整備されていない。車は生活必需品。 車がなければ生活できないことを認識しておくこと。 名張駅行きバス 1日5便 榛原駅行きバス 1日4便 ※ 田舎暮らしはしたいが、勝手気ままに生活したい人は、別荘地やリゾート地など、地域との接点の少ないところを選択する方がよい。 ※ 田舎暮らしとは、その地域に根付き地域に溶け込み地域の原動力となることを意味する。 |
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| 2.計画性のある移住へ |
一時の憧れや、何となく田舎に住みたいとの思いだけでは、失敗する。 計画をもち、(当然経済面の計画をもつこと。田舎に行けば何とか生活できるという甘い考えはもたないこと。またもっても無理) 自分で情報収集することが大切。 - 自分が住みたい田舎の条件をじっくり考えること。
(ア) 気候 (イ) 風土 (ウ) 経済条件 (エ) 交通 (オ) 医療・福祉 (カ) 行政サービス - その地域の事前情報の収集
できるだけ多くの資料・情報を収集しておくこと - 現地を訪れる
住みたい地域を必ず訪れ、住めるかどうか見極めること。 - 移住の準備(但し何度も現地を訪れ横のネットワークを広げること)
時間をかけて地域を知り、人を知るという意識がなければ定住まで結びつくことは難しい。地域の人との接点を自分で求めていかないとだめ。 行政だよりの移住計画は、やがて失敗に終わる。 ここに住むと心を決めたら後は自助努力で、その地域のネットワークを広げること。 ※ いずれにしても思いつきは失敗する。じっくり焦らず自分にあった田舎を時間をかけて探すべき。 ※ 最後は自助努力 |
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| 3.曽爾村の人が歓迎する移住者 |
- 地域に溶け込める人
曽爾村は、過疎高齢化で集落の維持も影響を及ぼしかけている。 多くの人が期待することは、地域に溶け込み地域の人材となれる人である。 また、休耕田や遊休地が多くなっている中で、それらを活用し「地域おこし・地域づくり」に一役買って産業振興につなげてくれる人も期待している。 都会では、道や河川の管理維持補修及び清掃は行政の仕事と決めつけている。 一方田舎では、こうしたことは地域の人々が自分たちでやることが当たり前である。田舎で一生暮らすつもりなら、そうした覚悟をもつことである。 もっと言えば田舎で住む方が都会よりエネルギーが必要ということです。 - 気心の知れた人
田舎の人は、一体何者かわからない人が、自分たちの土地に入ってくることには不安がある。 特に各地でトラブルを起こしている団体例もある。 そこで、住むと決めた地域には、事前に何度も訪れ、総代(区長)さんや地域の人たちと知り合いになり安心感を高めておくことが絶対必要である。 すなわち「気心の知れた人」に事前になっておくことが、地域に溶け込む最大の武器と条件になる。 |
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