国際比較の視点から見た日本の教育改革/岡本薫さん
■ 「すべての子どもに必要なこと」を特定していない日本
いわゆる「有識者」の殆どは大学を出ていて、小学校の授業についていけなかったなどという経験のない人々です。こうした人々が、「自分の周りの状況」を1600万人の子どもたちに当てはめて、「もっと○○教育を!」などと言っているようです。このため、最近の議論は「国家主義」に走りがちで、「子どもたち自身にとって必要」ということと「国家の将来のために必要」ということが区別されていません。 「すべての子どもに必要なこと」を特定せずに「学力」が上がったの下がったのと言っても、全く無意味でしょう。 | |
■ 誰が学力低下と言っているのか?
今申し上げたように、「自分の周りの状況」だけで議論している人が多いので、「誰が学力低下と言っているのか?」ということをよく見極める必要があります。その多くは、大学関係者や企業関係者でしょう。義務教育学校と違い、新入生・新入社員を「選べる」という立場にある人が「学力低下」などと言うのは、全くおかしな話です。 18歳人口は、1992年の200万人から、わずか17年間で40%も減少しつつありますので、ある大学の新入生の数もこれに応じて減らさなければ、新入生の学力は下がるに決まっています。 欧米の大学が1980年代にしたように、これに対応するためには、1.「学力を維持するために定員を減らす(その分、留学生・社会人を入れる)、2.「入学者数を維持するために新入生に補習をする」のいずれかしかありません。日本の大学は「どっちもイヤ」と言っているわけで、単なるワガママにすぎません。 | |
■ 教師が「動機付け」のための努力を! 実は私は、5年後に学力崩壊が来るかも知れないと思っています。というのは、今日本で起こっていることは、20数年前に欧米で起こっていたことと、かなりよく似ているからです。 そのころ欧米で「詰め込み教育への反省」ということが起こり、「子どもたちが、学びたいことを、学びたいときに、学びたいように学ばせるのがいいことだ(教師は教えるのではなく、子どもたちの自発的な学びのサポーターになるべきだ)」ということが言われました。 これは理想ですが、そのためには、子どもたちが「必要なこと」を「自発的に学びたいと思う」ように、教師が「動機付け」のための膨大な努力をする必要があります。しかし実際には、こうした考え方は単に「子どもが学びたくないと言っているのだから教えない」という単なる「逃げ」に使われただけでした。これによって学力崩壊が起きたのです。 その後欧米では、「すべての子どもに必要なこと」を特定する努力が行われ、そうした問題は克服されつつありますが、日本でも同じことが起こる危険性があります。つまり、「ゆとり」ということに対する誤解・曲解や、現場での「基礎基本」の軽視などによって、「知識の教育は悪」といった考え方の蔓延が見られるからです。 | |
■ 「ルール」と「モラル」の区別がない日本 「システム」を変えずに何でも「心」や「意識」のせいにすることや、「ルール」と「モラル」が区別されていないことが、日本での多くの議論の欠陥です。 今の子どもたちの問題の多くは、「子どもたちが『してはいけないこと』をしている」ということです。であれば、「してはいけないこと」に関する「ルール」を、しっかりと教えるべきです。あとはそれこそ「個性」でしょう。 一方で「個性化・多様化」と言っていながら、他方で「○○を大切にする心」を「一律に育てる」というのは矛盾です。「ルール違反」を「モラルの向上」で解決しようとするのは、間違っています。 今私が担当している「著作権」も、学校では「情報モラル」「情報倫理」の一環として教えられるそうですが、これは完全に間違っています。著作権は「ルール」であって「モラル」ではありません。 文化や宗教を異にする多くの人が住んでいるアメリカでは、共有できない「モラル」というものと、みんなで守るべき「ルール」とが明確に区別されていますが、日本人は「同質性」という幻想があるため、「ルール感覚」「国際感覚」「契約マインド」などが欠けているようです。 | |
■ 「労働市場問題」に原因が・・・ 教育に悪影響を与えているシステムは、1.「大学入試」と2.「労働市場」です。 「大学入試」については、「(高校教育の素人である)個々の大学が、受験生の高校教育達成度を試験する」などということをしているのは、先進国中で日本だけです。これを一刻も早く止めるべきです。 また、「労働市場」の硬直性については、「卒業予定者(学生)と既卒者が同等に扱われない」という採用システムが、最も問題です。「終身雇用など、日本の労働市場のシステムは変わりつつある」などと言いますが、「既卒者よりも卒業予定者の方が有利」という状況が変わらないかぎり、「いい大学」を目指す風潮は変わらないでしょう。 これは、「意識」の問題ではなく、単なる「損得」の問題です。両者が同等に扱われるようになれば、「やりなおしがきく」社会になり、18歳や22歳までに焦る必要は減少するのです。 日本の「教育問題」のかなりの部分が「労働市場問題」を原因としているということに、早く気づくべきでしょう。 | |
岡本 薫(おかもと かおる)さん 東京都出身。東京大学理学部を卒業し、1980年に文化庁入り、その後パリのOECDで国際公務員を2度務め(1981―82年:科学技術政策課研究員、1987―1990年:教育研究革新センター研究員)、欧米の教育改革や、国際的に見た日本の教育の特徴などに詳しい。 |