こどもの算数のテストの問題の中に「表現」と「発想」について考えさせられる問題があったので、ちょっとそれを取り上げて書きたいと思います。
小学校1年生の足し算引き算のテスト問題
先日こどもが持ち帰った算数のテストにこんな問題がありました。
▼(1)は7つの●から2本の分岐線がでていて左側の空欄に数字をあてはめるという問題です。
見事にピンされてますけど、皆さんこの問題の答えどう思いますか?
大人はこういう図をパッと見て、常識的に「わけるもの」として、(1)は7を▢と4に分けるという問題だと認識しますよね。
ですから、あてはまる数字は(1)は3で(2)は7になる、とまあ普通そう思います。
しかし、うちの子は(1)を11、(2)も11と書いてピンされています。
よくよく考えて見ると、この答えは間違いとも言えないと思うんですよね。
問題の定義づけがあいまいすぎる。
問題は「▢にあてはまるかずをかきなさい」という指定しかしていないわけです。
ひねくれた意見かもしれませんが、2つの線が何を意味しているかの定義づけはされていないんですよね。
▼こんな感じで→でもついてたらもう少し問題の定義づけが明確だと思うのですが、この問題は線でつながってるだけでこれを分けなさいとは文章でも書いてない。
つまり、この線の意味付けはこちら側の解釈にゆだねられているわけです。
息子もこれをどうしたらいいのかわからなくて悩んだとのこと。
他の問題は全部できてるので、この問題の解釈がわからなかったようなのです。
▼そこで、息子はおそらくこういう意味で今習っている「引き算」を使って答えを埋めました。左の枠を「引かれる数」にしたわけですね。
たぶん下にある問題も参考にしたのでしょう。
線の意味は定義されてないんだから11から7を引いて4でも別にいいんじゃないの?と思うわけです。
「数字が関連している」以上の意味はこの図から正確には読み取れないのですから。
他に見方はできないか?
せっかくなので別の発想も探してみましょうか。
矢印を逆むきにして、「数がどんな変化をしているか?」とみると(1)は3増えてるから「10」でもあてはまるし、(2)の問題だと2から9に7増えてるから同じルールで7増やして「16」って答えてもいいと思うし、息子のように2と9を足して11でもいと思うわけです。
数式で書かれていませんからね。
▼「すうじ」を書くのじゃなくて「かず」をかけなので(1)は黒丸で書いてもいいかもしれません。
先に言うておきますけど、小学校の問題がくそ!とか学校教育の質が悪い!とか、先生も意図をくみ取って〇つけをしろ!とかそういう話をしたいわけではないのです。
学校というフィールドで求められている答えはこれだ、ということを知るのもひとつの勉強だと思います。
複数答えがある場合に、状況を考えて相手のニーズにあった解答を用意できるのも重要な能力です。
問題作成者もたぶん無意識なのでしょう。
問題を作った人も、こういう風に書けば「わけるとわかるはず」と多分何気なく作ったんでしょうね。
でもこの「わかるはず」というのは非常に危険をはらんでいます。
今回の問題のように定義があやふやなものは解釈の違いでいくらでも答えが考えられます。
親によってはこの×にクレームをつけにいく人もいるかもしれません。
そうなったら別の問題が発生しますね。
きちんと相手に意図を伝えるためには、誰が見ても誤解のしようが無い表現を心がけなければなりません。
問題制作者のことを想像しながら、この問題を通して学べることは自分が疑いもしないところこそ落とし穴があるということですね。
まとめ
何か伝える時には定義づけをきちんとしないと誤解を生むということ。
自分も毎日こうやって文章を書いていると、自分の気づかぬところで誤解を与えてしまっているかもしれません。
なるべく正確に考えてることを伝えたいと努力はしていますが、実際は読み手にぼくの意図と違う伝わり方をしている文章もあるかもしれませんね。
こどもと一緒にこの問題について考えたことで、自分が伝える、表現する、ということにおいて今まで以上に注意をせないかんなと改めて気づかされたとともに、いろいろ考えて息子がこういう答えを書いたのは物の見方として悪くないぞ、ということを「間違い」を通して伝えるきっかけになったことがありがたいことだと感じています。




