20年後の小説家は、投資家になっている?
海猫沢 「おもしろい小説」のデータをうまく蓄積して、さらにすこし先のトレンドを予測して小説を書くようになったら、作家業はなんだか株式投資みたいになりそうですね。
長谷 今の日本市場の規模だと、そうした体制をととのえるための資本投下をしてペイできる環境ではないと思いますが、この先自動翻訳が発達して商業小説レベルの翻訳ができるようになったらありえるんじゃないかな。
日本の小説をもっと海外で売れるようになれば、市場規模が今の数倍になるわけでしょう。そのときには、日本の出版業界でも、資本投下をしてビッグデータとAIでマーケティングをしていくというのが始まるんじゃないかと。
2、30年後の小説家の仕事は、データを使って市場分析するようなものなのかもしれない。
海猫沢 それはあるかもなあ。そもそもテクノロジーによる変化っていうのは、われわれ現在の作家にも起きていますよね。昔は紙に手で書いていたのがワープロで文字を打ち込むようになり、今は音声認識使う人も増えてるじゃないですか。ソフトも、一太郎やWordの時代から進んで、さらに高性能なものも出ている。
たとえば藤井太洋さんが活用している「Scrivener」は、章の順番を簡単に入れ替えたり、書き直す前の履歴をまとめて閲覧する機能があったり、資料が参照しやすかったり、と小説の執筆に特化した機能がいろいろついていますよね。そうやって執筆デバイスの選択肢が増えているんだけど、デバイスによって小説の出来が左右されるというのは、あると思いますか?
長谷 少なくとも、ネットワークに接続できるデバイスを使っている人は、かなり恩恵を受けていると思いますね。
海猫沢 資料調べとか?
長谷 資料調べもそうなんだけど、インターネット上の類語辞典とか。コロケーション(※)とか、全部電子辞書や紙の辞書でチェックしていたらすごく手間がかかるから。そこが効率化されたことで、執筆されるもの自体変わっているだろうなと思っています。
※よく使われる単語の組み合わせ
海猫沢 ぼくも類語辞典とかめっちゃ使ってますね。でも、インターネットにつなげていると全然書けないんですよ。
長谷 ぼくは普通にネットしてますよ。執筆しながら、思いつくたびにネットで調べてますね。
海猫沢 それがどうもだめで。ぼくと長谷さんのOSの違いでしょうね。思いついたときに調べ物をすると、そこに脳のリソースがガコッてとられちゃって執筆ができなくなる。調べている瞬間だけじゃなくて、ネットにつなげられる状態というだけで、脳内にネットにつなげるためのアプリが常駐して、ぼくのメモリを食っちゃう。
だから今は、調べ物は思いついたらメモしておくだけにして、執筆のときはネットに接続できないマシンでやってるんです。
記憶が揮発していくSNS社会
長谷 海猫沢さんは記憶力がいいんですね。ぼくはもう記憶力にそんなに自信がないんで。その場で調べないと忘れちゃうから。
海猫沢 いや〜、記憶力はむしろ低下していますよ。これは時代の問題だなと思うんですが、Twitterとかを見ていても、人類が短時間にこんな多くの情報を脳に出し入れしている期間って今までになかったなと思っていて。で、結果的に記憶の揮発性がものすごく高まっていて、一度見たもののこともぱーっと忘れちゃう。今日も2〜3時間ネットやってたけど、もう何見てたか忘れてますもん。
デバイスによって執筆の成果物が変わっているか、ということをさっき聞きましたけど、この記憶の揮発化っていうのもぼくはそれと同じことだと思っていて。なんか、インターネットをやるうちに、機械的にチューニングされてしまった気がする。それこそぼくがこの本でテーマにした「人間の機械化」という話なんですけど。そのあたり、読んでいて感じました?
長谷 人間と機械が両方から近づいているって感覚はすごくわかりました。石黒浩先生が「究極のインターフェースは人間だ」という話をされていましたが、それもその通りだなと。
ただ、ぼくは機械が人間に近づくことは、機械の進化にとって必然とは感じていない。単に、インターフェースを人間に近づければ近づけるほどビジネスの需要があるというか、儲かるからそうなってるだけのような……。AI同士の競争がインターフェースの差で決まっているのはどうなんだと思っていますね。知能の競争としてだけ見ると、FacebookやAmazonと同様のサービスを、データ蓄積のアドバンテージがあるグーグルがAIを使用したインタフェースを武器に後追いで良いサービスを作る、みたいなのも微妙にフェアなのか首をかしげるし。
海猫沢 オリジナリティーあるものを作った人ではなく、洗練させたほうが注目されてしまうと。
長谷 ええ。だから機械が人間に近づいていってるように見えても、それを機械のあるべき方向性として、一口に語っていいのかと思いますね。
海猫沢 そうですね、『My Humanity』でも書かれていた問題意識だなと思いました。
そこだけ残しておけば人間でいられるもの
海猫沢 すごく根本的な話に立ち返るんですけど、じゃあ機械の定義は何で、人間の定義は何で、ぼくらが人間であるためには、何をギリギリ守ればいいんだろうっていう。
長谷 なるほど。
海猫沢 長谷さんは、「そこだけ残しておけば人間は人間でいられる」というものは、何だと思いますか?
長谷 うーん、ぼくは、人間が人間だというのは、人間同士の合意にすぎないと思っていますね。
海猫沢 「人間同士の合意」?
長谷 つまり、「ここからここまでを人間とすることにして、われわれは人間としてこれだけのことを守ろう」という人々の合意。
海猫沢 なるほどね。
長谷 だから、機械を人間の中に含めてOKという合意が取れるような状況になってきたら、人間の枠が拡張されるし、機械は人間になる。逆に機械の性能がどれだけ上がっても、人間の枠を拡張することについて人間側の合意が取れないなら、そうはできないし、強行しても幸せな結果にはならないんじゃないかな。
海猫沢 でも、そこはすごく難しいと思うんですよ。メタ的な話にずれますけど、その民主主義的な「合意」って、アメリカ大統領選でトランプを選んでしまうような怪しい性質があるわけじゃないですか。だから、そもそもその合意自体AIに任せちゃおうという考えもありますよね。
長谷 AIにどこまでを任せるかですよね。そしてあらゆる問題のイエス・ノーをAIに計算させたとしても、やはり最後の決断は人間がちゃんとやるべきだと思うし。
海猫沢 はいはい、「責任」の問題ですね。
長谷 ええ。やっぱり責任はきちっとしておかないと、何かしかの不満を持った人がいる時に、不満を表明する対象もなくなってしまう。人工知能学会の倫理委員会でもちょくちょく発言することなんですけど、機械が海のように広く深い知的能力を持つようになって、人間の知能がそれと比較してコップ1杯ぶんとしか言えないほど存在感を失ってしまったとしても、だからといって人間がコップ1杯の自分の知能を捨てるわけにはいかないんですよ。
海猫沢 はい。
長谷 人間は、コップ一杯の知能を大切に抱えて、死ぬまで生きていかないといけない。「その知能は無価値だよ」って、「あっちにでかい海があるんだから、お前のコップの中に入っている水は無価値なんだ」って言うような世界にはなってはならない。
そして、そういう時代がきても自分の知能でやるべきことを考え続けるのが「責任」なのかなと。
海猫沢 映画の「マトリックス」って、その責任を放棄させようとする機械と、放棄しない人の闘いを描いたものですよね。でも、実際にあの状況になったら人はほとんど考えるのをやめちゃうだろうなあ……。知能かあ。
長谷 その知能がふっとばされる状況というのが、人間の定義自体を変えないといけないときなのかなと思います。
次回「AIが進化したとき、人間は他者を手に入れる」へつづく
長谷敏司(はせ・さとし)
1974年生まれ。2001年『戦略拠点32098楽園』にて第6回スニーカー大賞金賞を受賞。同レーベルにて「円環少女」シリーズ(角川書店)を刊行。『あなたのための物語』(早川書房)が第30回日本SF大賞と第41回星雲賞日本長編部門に、「allo,toi,toi」が第42回星雲賞日本短編部門にそれぞれノミネートされた。
構成:平松梨沙 主催:ゲンロンカフェ
本イベントは「ゲンロン完全中継チャンネル」にて今後、再放送・アーカイブ化の予定がございます。
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