病気と闘う動画配信者との出会い
私は普段一人暮らしの部屋でBGM代りに配信サービス「ツイキャス」で他のユーザーの放送を流しながら生活しています。
先日、心の病気を患っている若い人が、吐き気と頭痛と戦いながら雑談を配信している放送に出会いました。
その方の情報をここで詳細に述べることは避けますが、自分が病気になった経緯について息も絶え絶えに語る様子はネットを通じた赤の他人の声とはいえ、胸につまるものがありました。
その方は苦笑いするような声の調子で「皆さんは私のようになっては駄目ですよ...」とおっしゃっていました。
病気を告白する勇気
自分の抱えている病気を告白することはとても勇気の必要なことです。
身内ですら難しいのに、ネットで繋がった赤の他人に自分の状況を1から10まで理解してもらうのは至難の技でしょう。
当人が何を求めているかにも拠りますが、自分の期待している反応が返ってくるとは限りませんし、偏見の目に晒されて心のない言葉を投げ掛けられ、かえって傷つくことも珍しくないでしょう。
しかしその一方で、同じ状況で苦しんでいる人にとってはその活動(今回では動画配信。他にもブログなどの媒体を使う人もいますね)が心の支えになることだって期待できます。
ネットの共感の力は凄まじいですからね。
だから私はこの方の活動を応援したい。先述の通り、リスクは付き物ですから誰も彼もに推奨できる活動ではありませんが。
寄り添いたいという自然に起こる感情
何か直接的に支援をしたり、有益な情報を提供することは今の私にはできません。それにできたとしてもお節介になる場合が多いでしょう。
それでも私はその方に、たとえネット上の繋がりに過ぎなくとも、気持ちだけは寄り添っていきたいと思いました。
「今日は昨日よりも元気そうだね?」「今日は暑いね、お水ちゃんと飲んでる?」「先週の月曜から夜更かし、観た?(その方はテレビ番組が大好きなのです)」
偽善と言われても仕方ない話ですし、私が頼まれもしないのにそうしたいと思っているのですから歴とした偽善かもしれません。
これは私自身が将来医療関係者になるから病気で苦しんでいる人に寄り添っていたい、などという出過ぎた問題意識から起こった気持ちではありません。
もっと根本的な、家族や友人、恋人が困っている状況で、何も助けにはなれないけれどそばにいて話し相手になってあげたいという感情です。
私はその方の家族でも友人でもありませんが、ひとたび病床に居合わせればそれくらいの気持ちは自然に湧くのだということを知りました。
その方は夜型なので、通常22時就寝の私の生活リズムはここ数日で大きく変わりましたが、これは納得ずくです。