人生には我慢はつきものです。
我慢とは自分に嘘をつくこと。
欲望をごまかし、耐えること。
はっきり言って、我慢しない人生なんて絶対にありえない。
だってこの世界には数え切れないほどの人が住んでいる。
様々な現象や要因が自分に干渉してくる。
そんな中で自分の気持ちだけを貫き通すなんて、自分の欲望だけを貫き通すなんて、
はっきり言って不可能だ。
だけど、そうした「我慢の原因」には種類がある。
一つは、誰もが等しく我慢しなければならないため、
心の負担にならないもの。
例えば、修学旅行の日に台風が来た。
クラス全員旅行延期。
確かに残念ですが、全員同じ条件。
自分だけがわめいても仕方がない。
さらに自然現象という誰にもどうしようもない原因だということも手伝って、
簡単に諦めがつくでしょう。
もう一つは、ある個別の要因によって我慢を迫られた時。
例えば、音楽を勉強するために芸術大学に行きたい。
でも、家にお金がないので、許可が下りない。
話し合いや交渉はするでしょうが、おそらく最後は諦めることになるでしょう。
こうして我慢した一つのことは生涯心に深い根をおろし、時々顔を出してはあなたを苦しめます。
そして、後からこう思います。
あの時、本当は何とかなる手段があったんじゃないかと。
奨学金や学校に問い合わせたり、自分はしただろうかと。
ですが、その時、おそらくどうしようもなかったでしょう。
自暴自棄になって、無理矢理に心を押さえつけた結果あなたは今ここにいる。
それが悪いこととも良いこととも、誰にも言えません。
もしかしたらその道を歩んでいたら困難ばかりで何も成せずにドロップアウトしていたかも。
だけどその時に、自分に嘘をつかず、なんとかして方法を探して、もがいて、あがいて、
本当に自分自身の心が納得した状態で、「別の道を歩む」という選択肢を取れるまで
頑張っていたら。
無駄でもあがき続けていたら。
心の中は変わっていたかも。
そして、もう一つ。
そういう形で諦めることを続けていたら、いつかそれが当たり前になる。
あれがしたい。
でも無理か。
これがしたい。
でも無理か。
考えることも、それをするために努力することも忘れて、
心に嘘をつくことが得意になる。
それじゃ、あなたはどこにいるんだろうか。
今、自分はどこにいるのか自分でもわからなくなっているんじゃないだろうか。
人に嘘をついて騙すことには少なからず心は傷んでいる。
本当に生まれながらの悪人でもない限り。
自分でも気づいてなくても、少しずつ心はダメージを受けている。
自分に嘘をついても同じだ。
嘘をついたことへのダメージと、嘘をつかれたことのショックで2倍の痛みが押し寄せてくる。
そんなことを続けていたら、いつかは心が壊れてしまう。
突然は、無理だろう。
でも、小さなことからでも、本当に小さなことからでも、自分に嘘をつかない生き方を、歩みを始める必要があるんじゃないだろうか。