漫画と映画が好きな、内向的な子ども時代
オイラは子どもの頃、すごく内向的だった。兄貴達はケンカが強くて番長なんかやってたから、周りからはワルガキ三兄弟だと見られていたけれど、外に出るよりは家の中で絵ばっかり描いている漫画家志望の、今で言う「オタク」っぽい子どもだ。人に会うと赤面しちゃうし、てんで度胸がないオイラのことを親は心配して、映画だ曲芸だと外に連れ出してくれた。それで映画が大好きになって、映画館に入り浸るようになったんだ。
大工だった親父は、職人気質で見栄っ張りだったから、「お金は後でいいよ」みたいな仕事を引き受けちゃう。だから年末になると借金取りが家に来たりして、それから逃れるために親父と映画館に逃げ込んだこともあったな。「これ、前に観たことあるよ」「いいから黙って観てろ!」って(笑)。親父の心意気はキライじゃなかったけど、貧乏だったから家計を助けるために新聞配達をしていた。でも当時は、周りみんなそうだったね。味噌や醤油を貸し借りするような、そんな時代。親父やお袋に「○○さんの家の大掃除を手伝っておいで!」なんて言われていたけど、あれもオイラを「外向き」の人間にしようとして、やっていたことだったんだろうなあ。
ラジオから流れてきた音楽に衝撃を受けた
1960年代前半には、アメリカやイギリスの音楽やファッションが一気に入ってきた。ものすごく活気があって、新しい。日進月歩の勢いで新しい文化が入ってきて、みんなアメリカに“洗脳”されるみたいに、ロックに惹きつけられていった。そして「日本人はダサい」って思うようになったように思う。当時は加山雄三が人気で、お金持ちでエレキギターを弾いて顔がいいなんて、「本当にコイツは日本人か?」と思ったもんだ。つい10年前までは、若い男がギターを弾いている姿なんて、想像もしなかったのにね。
オイラは漫画ばっかり描いていたけれど、ラジオから流れてくるビートルズやローリング・ストーンズの音楽を聞くと「こうしちゃいられない」っていう気持ちになった。内向的な性格を変えたい、お調子者にならないと、って思っていたところだったし、同年代の中で生き残るには目立ったほうがいい。なにせオイラは団塊世代の生まれだから、同級生がたくさんいる。1クラス55人で7クラスもあったから、競争が凄い。ギターが弾けると、近所のヒーローになれる。隣町にギターが上手いヤツがいると聞くと「他流試合」とばかりに挑むんだ。もちろん、負けて帰ってくるんだけどね(笑)。
劣等感を克服して、性格が変わった
当時はアマチュアバンドの中で、ボーカルの位置はすごく低かった。一番カネを持っている奴はドラム。その次がギター。ギター少年にとって、ボーカルは付け足しみたいなもんだから、楽器も演奏技術もない奴は「しょうがないから歌ってろ」。オイラもボーカルに回されて、弱っちゃったよ。洋楽だから、英語の歌詞を覚えなくちゃいけない。だから手の甲にカタカナで歌詞を書いたりしていたよ。演奏するのはダンパ、つまりダンスパーティー。不良の溜まり場だって言われていたけれど、そういうところにすごく上手い奴がいる。そういう奴に出会うと、もう、みんなで凝視した。どんなギターを使ってるのか、アンプは、テクニックは、ってとにかくあらゆるものを見て学んでた。
人前で歌うようになると、もう「恥ずかしい」なんて言っていられない。そうやって、オイラは変わっていった。劣等感を払拭できるのは、楽しかったね。むしろ「これって、もしかして気持ちイイかも?」なんて思うようになった。今では、「オイラは、昔は絵ばっかり描いてる内向的な少年だったんだよ」なんて言っても、誰も信じないでしょ?人間は、自分で変えたいと思えば、ちゃんと変われるんだ。
※このコラムは、保険市場コラム「一聴一積」内に、2016年2月10日に掲載されたものです。
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PROFILE
泉谷 しげる (いずみや しげる)
シンガー・ソングライター、俳優、タレント
1948年青森県生まれ、東京都出身。1971年にアルバム「泉谷しげる登場」でデビュー。翌年発表のアルバム「春夏秋冬」の表題曲がヒットし、一躍フォーク界のスターとして脚光を浴びる。1975年、吉田拓郎、小室等、井上陽水と共にフォーライフ・レコードを設立。だが、1977年のロックアルバム「光石の巨人」を最後に、フォーライフ・レコードを去る。その後、次第に個性を活かして俳優業へ重きを置く。以降、音楽活動と俳優業に加え、芸術面でも才能を発揮。ボランティアなど信念に基づくライブ活動をはじめ、幅広い分野で活躍。2013年12月末、NHK「紅白歌合戦」に出場し、話題を呼んだ。
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