■ヒトラー、2014年のベルリンに現れる?
『帰ってきたヒトラー』の試写会に参加させていただききました。
「ヒトラーが理由もわからずタイムスリップして2014年のベルリンに現れる」というコメディ映画です。劇中では「ヒトラーの物真似してる芸人」という扱われ方をされてましたが、本人です。タイムスリップした理由はどうでも良かったのかまったく説明されませんでした。
創作物で扱うといろいろめんどくさいことになる人の筆頭と言ってもいいアドルフ・ヒトラーさんですが、それなりにやってもいいラインはあるらしく、ナチスやヒトラーを題材にした作品は数多く見られますし僕も好きです。あんなわかりやすい悪役いない。 ドイツじゃナチ式敬礼したりナチスグッズ売ったりしても捕まるらしいですから、ヒトラーそのものの姿をした人なんて速攻逮捕されると思うんですが、ベルリンの街中をうろついても面白がられるだけで特に警察は来ない。その辺どうすかんのかなって思って見てたんですけど大事にならなくて、何せドイツの映画なので勘違いってこともなかろうし、意外とゆるいのかなって気はしました。 知り合いがドイツ行った時にのみの市でナチグッズ買ったらしいんですが、例のマークの上にシールでも貼っておけば怒られないらしいです。
■現代のヒトラー、芸人になる
まあ考えてみたらヒトラーやナチス題材にした作品たくさんありますからいちいち怒ってられないのかも知れませんが。 実際作中でも「ヒトラー芸人なんか珍しくない」って言われてますからね。数々のヒトラー芸人が引用される始末。チャップリンからブルーノ・ガンツまで。 という訳で2014年にタイムスリップしたヒトラーもとりあえず芸人として活動していくこととなります。
この辺がうまいなあと思って、やっぱヒトラーって良かれ悪しかれ存在感はハンパなくて、「ヒトラーと政治論を交わす企画」というのは普通にコンテンツとして面白いと思います。いきなり政治家になろうとかじゃなくて、物真似のレベルが異常に高い芸人として台頭していく辺り。言ってみたら江戸時代の殿様がタイムスリップしてきて車見て「鉄のイノシシが」みたいにパニクる状況なんですが、ヒトラーは割とみるみる現代に順応していくし、この際、芸人で道化でもいいやって言う割り切りが凄い。
■政治ネタを扱って芸人街道をのし上がる
一応コメディ作品なのでパロディ演出も本気。『ヒトラー 最後の12日間』を完璧にパロってる。ヒトラーと言えば話術なんですが、それをいきなり政治活動に使わずバラエティから始めるあたりなんか賢いやり口だなって素直に感心しました。みるみる「人気芸人」になっていき取り扱うのは政治ネタ。「まるでヒトラー本人にしか思えない物真似芸人」って、バラエティとしては需要あるなって思いました。シミュレーション出来ますからね。今現在の人間がヒトラーと論戦を交わしたら? みたいなコンテンツ、ウケると思います。
またこの流れがうまくて、ドイツ極右政党やネオナチとかにはヒトラー、メッチャ厳しく当たる。だらしない、情けない、俺はそんな心算じゃなかった、我が闘争読んだのかよってボロクソ。つまりどういうポジションで攻めれば受け入れてもらえて数字出せるのかを判断してるところがマジでヒトラーっぽい。
実際、今のドイツが不景気や移民問題で困ってるって時代背景も手伝って、バラエティコンテンツとしては成功してるなって説得力がある。 テレビ局の人間からは「何やってもいいけどユダヤ人ネタは絶対やめろ」って言われてそれはやらないんですが、ここがこの映画のうまいところ、かつ惜しいところでもあります。
■パフォーマンスがうまい人間は、政治を変えるか?
そこ踏み込むと一気にめんどくさくなるのは僕も子供じゃないので理解しますが、やっぱヒトラーと話せる機会があったら「なんでユダヤ人殺したの?」って訊きたいじゃないですか。そこはすっ飛ばしてる。というか当時のヒトラーがどういう意図で国政を担っていたかという繊細な部分は多分意図的にそぎ落としている。
パフォーマンスがうまい人を政治家にすればこの世の中を思い切って変えてくれるんじゃないかみたいな信仰、どこの国でもあると思うんですが、この映画ではヒトラーがその役回りをうまくこなしてておおむね好意的に受け止められてる。
ただ一応考えて造られてるので、当初コメディパートとして見せていた「指を噛んできたバカ犬を射殺する」ってシーンがあとあとまで引っ張られて、それを突っつかれた瞬間、それまで理知的だったヒトラーが興奮してヤバいオーラを一気に放って視聴者の支持を失うんですが、そのシーンからヒトラーがただの政治コメディアンで終わる気がないというのを客に伝えてくる。
■まだだ、ただのコメディアンでは終わらんよ。
犬を射殺したシーンをバラされて一旦はブームが終わるんですが、ここから本を書いて再起。ここからコメディじゃなく明らかにホラーテイストになっていく。実際、ヒトラーがすごい上手に立ち回って、民衆の支持を再び獲得していくのには、笑ってたら気づかないうちに笑いごとじゃなくなっていたという薄ら寒い感じがよく表現されてます。
結局、2014年にタイムスリップしてきた直後にヒトラーは、映画の冒頭で答えを言ってるんですよ。「これは神が戦いを続けろという意志だ」って。んでヒトラーは現代のやり方をみるみる吸収して、笑いでごまかしながら支持を得ていく。 最後のほうなんかユダヤ系にしか見えない人たちにまで好意的に受け止められてる。
「本物のヒトラーだけどあえてヒトラーの物真似芸人として振る舞う」という選択はさすがと言わざるを得ない。ブラックな笑いとして仕上げられてて、とても良い。
■聴衆ウケを計算する天才
この際タイムスリップした理由はいいとして、もうちょっと歴史的背景を掘り下げてくれてればとも思いましたが、それやるとコメディじゃなくなるので仕方ないところかも知れません。 少なくともヒトラーが話術で民衆を魅了した、というのを描いているところはとてもいいと思いました。何をどう言えばウケるのか、を的確に判断出来る人。喋りとキャラ立てが秀でている人は結構あっさり政治を動かす地位まで行けちゃうんですよっていう社会派なムードも演出してて、ツボ抑えまくり。
よくあるヒトラーものから更に踏み込んだ感じがしてとても良かったです。 そっち方面に興味のある方、結構いると思いますのでそういう方はぜひ見て欲しいと思いました。日本で言うと、みたいに書きたいんですが、ヒトラーってもう存在がスペシャルなので誰にも例えられない。あんな存在感のある人あと100年くらい出なさそう。バカ映画と思わせつつ実は社会派だったというこの作品、かなり良いので是非ご覧頂きたいと僕はお勧めしておきます。