新着Pick
265Picks
シェアする
Pick
Pick に失敗しました

人気 Picker
日本人だから撃たれないということは、イスラーム主義の場合、ない。注意を喚起すべき。
【国際】日本人であることを主張したところでそれは何の意味もないと思う。今回の事件現場がお酒を供するレストランだとすれば、イスラム過激派の犯人はたとえイスラム教徒がいたとしても躊躇することなく撃つと思う。そもそもお酒を供する飲食店は彼らにとっては堕落の象徴であり、そこに出入りするイスラム教徒は「カーフィル」(不信心者)と規定されるからである。

追記:
私はシャハーダ(信仰告白)だけはアラビア語で唱えられるようにしている。どこまで役に立つかはわからないけど、少しでも自分の身を守ることにつながるのであれば、知らないよりも知っていた方がよいということはあると思う。

追記2:
実際に編集の仕事の経験があるふるまいさんのコメントがおもしろかった。新聞社の見出しや配置はそれぞれの記者が行うというよりは、整理部の専権事項であるから、紙面全体のバランスから考えているということだろう。それをそのままウェブ版に切り貼りするのであれば、たしかに読者が抱く印象は変わる。

追記3:
福嶋さんのシャハーダに関する見解が参考になった。シャハーダが「信仰告白」であり、改宗のために必要な文言であることを考えると、非イスラム教徒がみだりにとなえることは望ましくないと私は考えている。そのため、シャハーダを他の日本人に積極的に教えるということは絶対にしない。それが正しいかどうかは別として、それが私なりのイスラム教徒へのある種の「配慮」だと思っている。

福嶋さんが折にふれてコメントされる「信仰と理解の違い」は本当に重要だと思う。「信仰」と「理解」が異なるからこそ、非イスラム教徒はイスラム教について考える際に慎重になる必要があるのだと思う。

追記4:
ダッカ駐在経験のある友人の話を引用。

「今回の犯人は全員バングラデシュ人であり、バングラデシュ関係の日本人ならば、とっさの時にこの一言は発してしまうと思います。多くの日本人がバングラデシュで親切にされ、日本人であることで守ってもらっている場面が通常であれば多々あります。過激派のテロ犯であっても、バングラデシュ人であるということに、最後の望みをこの一言に託そうとしたのかもしれません…」
日本人はバングラデシュの成長に貢献したイメージが強く好感度も高いため、事件に巻き込まれる可能性が低かったのは事実。この言葉もそこに賭けたのだと思う。

昨年から単発では様々な事件が起こり、渡航に向けて注意喚起は度々あった。私たちマザーハウスも毎年開催していたツアーなどは延期中止していた。

バングラデシュは人口規模も大きく、経済成長も続いており、海外の力を借りたインフラ整備は必要。今後の各主体の判断は本当に難しい。
犠牲者のご冥福をお祈りします。因みにイスラームの教義に人間の殺戮を是認する要素はないし、「ジハード」というのは別に異教徒への「聖戦」を意味するものでもない。
5年ほど前にバングラデシュを旅しましたが、日本人の感覚からは信じられないほど親日的な人が多いです。このような事件が起きて本当に残念です。

ただ、田舎町で「日本はなぜアメリカと一緒にイラクを攻撃したのか」と事実を誤解した男性に声をかけられたことがありました。

日本がどんなに国際貢献をしようとも「世界中の誰もが日本という国を理解して好きでいる」というのは残念ながら難しいです。それでも、一人でも多くの理解を得る努力は絶えず続けるべきですが。
こういう扇情的な記事、いまの段階で必要でしょうか。あとから大局的に何が起こったのか、また今後どう対策すればいいのかを考えるときに取材すればいいのでは。自分がアフリカでテロの側にいてまだ落ち着かないときに、日本の新聞社から電話がかかってきたらと想像すると嫌ですね。電話をかけるもっと大事な用があるでしょうし。
被害者の特定、氏名の公表、その企業の社長の会見、被害者家族や友人へのお気持ちや人柄の取材と続くことが容易に想像できますが、私はそういうのいらないです。気持ちを寄せるのと、気持ちを煽られるのは違うと思います。
(1ページ目しか読んでませんが)
まず犠牲になられた方々のご冥福を祈りたい。

しかし「日本は、日本人は、世界中で尊重されている」かのような妄想は捨てるべき。イカれた連中には国籍はおろか信仰さえ関係ない。古山さんが指摘している通り、そこで飲酒している時点でムスリムかどうかは関係なく、彼らにとっての「敵」と見なされる。

ところが、クルアーンが読める=ムスリムと判断するのであれば、ムスリムが飲酒をしている、あるいは酒を提供している場所にいることは、異教徒がそうするよりも罪深いと映るだろう。

集団というのは外からくる敵よりも中にいる異端に激しい憎悪を向ける。

結局のところ「自分たちを認めるか、認めないか」でしか相手を見ていないのだから、日本人とかムスリムとかは関係がない。

(余談)
昔あるパキスタン人に言われたこと。
---
日本人の多くが「イスラームは素晴らしい教えですね」と言う。じゃぁ、ムスリムになりましょうよと言うと、「お酒がやめられないから」とか「一日に五回も礼拝とかするのは難しいから」と言って逃げてしまう。良いと思うのなら何故入信しない? 結局みんな嘘をついてるんだろ。
---
どんな宗教においても、外にいたまま「理解する」ことなど、それらの信者にとっては受け入れ難い話なのかもしれません。

それと、自分の身の安全のために言葉ヅラだけでシャハーダを口にすることをワタシは否定しません。何がキッカケになるかは誰にも分からないのです。もしかしたらそのままムスリムになるかもしれないでしょうから。
そもそもIS台頭の背景である新自由主義的グローバリゼーションと貧困問題の関係性を考えたら、日本は先進国という時点で「搾取している側」なんだから、IS関連の思想を持つ人に「日本人です」というのは、私はあなたの憎むグローバリストの一員ですと言っているようなもの。それに安倍首相のイスラエル演説以降、ISは日本を敵国と見なしている。日本と異なる文化圏で仕事するならその程度のことは知っていた方がいいと思う。
外国人が多い所に近付くなと言っても、現地の駐在がアテンドしてて場所は選べないだろうな。不運としか言いようが無い。ご冥福をお祈りします。