私はちゃんと覚えている。
14歳の君は、今日も無駄な時間を過ごしてるなと思いながらラスボスを殺していた。
校則通りにきちんと着たセーラー服を脱ぎすててカバンを放り君は帰宅直後に優等生モードをオフにする。米軍基地の中で買ったバカみたいにデカいエルモのTシャツを着て、バカみたいな顔だなエルモって、と思いながらクレアラシル洗顔フォームで顔を洗う。ニキビをつぶす。赤ニキビより黒ニキビをつぶすほうが好きだなと君は思う。
両親は働きに出ている。弟は部活の時間だ。君だけが帰宅している。麦茶を飲み、ベビースターラーメンを袋から口に注ぎ、あー、なんか金を稼ぎたいな! って思う。
けれども君は14歳だ。
基本的に働けない。なのでいずれ社会人として立派に働く日に備え君は学ぶべき時にあるのだし、国民のみなさまが納付した税金をもとに公立学校において無償で提供された国語数学理科社会英語などの教科書が君のカバンにはあるのだし、君はベビースターラーメンを食い終わったらたぶん勉強をしたほうがいいんだけど、やるべきことがはっきりしすぎていてなんか恐い。
右にしか走ってゆけないスーパーマリオブラザーズみたいだ。
ぴょいん! ぴょいーん! とAボタンでジャンプすればちょりーん! ちょりちょりーん! と金が手に入る。すごいね。でもアクションゲームは苦手だ。あまり考える時間をもらえないから。あと、走っていくべき方向が右と決められているから(※90年代当時)。
そのことがなんか、恐いから。
セガサターンの電源を入れた。
ドゥウウ~ン、ウウウウ~ン、ウウウウ~ン(キラリーン☆)と起動音がして、入れっぱなしになっているゲームのROMが読み込まれる。バーチャファイターとかデイトナUSAとかオタク色の薄いゲームばかりを家族が買う中、君が人生で初めて手に入れたアニメっぽい絵柄のRPG「LUNAR シルバースターストーリー」である。
ラスボス直前でセーブしてあるデータを迷わずロードし、君はラスボスを殺しにかかる。「よーし、世界を救うぞ!」みたいな顔は別にしない。なぜなら、慣れきっているからだ。
君はここ数十日間、毎日ラスボスを殺し続けている。
毎日、毎日、毎日、毎日。
絶対的な神に統治してもらった方がいいんだ、的なことをラスボスは語る。
ラスボスであらせられるところの魔法皇帝様が、黒いマントに青白い顔で立っている。正味、彼はたったひとりきりである。パイプオルガンの宗教的音楽が響いている。
たったひとりで立つ魔法皇帝様に、主人公たち5人がつめよる。
「なぜ 絶対的なだれかが ほかの人を支配しなきゃならないって決めつけるんだ
特別な だれかなんて 必要ないんだ!」
「ぼくらは ぼくらの信じるもののために戦う!」
そんなふうに振る舞える自信がなくても、君はもう、ラスボスを殺すよりほかにない。
ラスボスを殺したら世界が平和になった。
幸せな音楽がファーって流れたのを聞き届けて君は電源を切る。
音楽が終わる。
コントローラーにコードを巻きつけて君は、魔法が解けたように君が君であることに帰ってくる。
しょうがない。君は結局、君が君であることに帰らざるをえない。
「雷よ!」って叫んでも別に手からサンダーボルトは出ない。
つぶれたニキビ跡に癒しの祈りをささげても特に回復はしない。
君に信じられるものはまだ、ない。
君は思い出す。伝説の武具を集めたのも、竜の試練を乗り越えたのも、経験値を重ねお金をカンストまで稼いだのも、世界を救った英雄として語り継がれることになるのも、かわいくて巨乳で歌が上手い幼馴染のヒロインとラブラブになるのも、みんなみんな君じゃない。勝ったのは君じゃないんだ。ゲームの中の主人公のほうだ。
アブラゼミが鳴いていてうるさい。
それで君は役に立ちそうな本を読み始める。
もうテレビゲームとかに時間を使うのはやめるべきだと君は思う。LUNARの小説版を引き出しの奥に隠し、学習デスクには学習デスクに並ぶにふさわしいと思われる本をひたすら並べていく。
総合英語フォレスト
クロニクル世界全史
チャート式基礎と演習数学1+A
神奈川県公立高等学校過去入学試験問題集
背表紙の文字に視線を滑らせて君は、またもや殺したくなる。ラスボスを。
たいして良くはない模試の結果を折りたたみ、「その学力じゃあの高校は無理よ」「日頃頑張っておけばこんな成績にはならなかったでしょう」「身の程を知れ」などと言ってきた人たちのその声を脳内再生しながら、君は凹んでいる。ロード画面にうつるゲームのプレイ時間を思って凹んでいる。
なんて役に立たないことに時間を使っちゃったんだろう、って。
役に立つことだけをしなければ駄目だ、って。
役に立つことに時間を使い、自分もまた役に立つ人間にならなければ、私は、私は、いつまでもかなしくて、作り話の世界でラスボスを殺し続けるしかないんだ……って。
そういう君が生きながらえてなんかなんとなく、私になった。
2016年である。もはやセガサターンは骨董品になり、女子高生が携帯電話のアンテナを髪でこする姿などは見られなくなった。
君の思った通りだ。私はいまだに作り話の世界でラスボスを殺し続ける大人になってしまった。役に立つこと——勉強から逃げたせいで、三次方程式の解の公式も先カンブリア代の地層の特徴もみんなみんな忘れてしまった。
おまけに、私はiPhone(という、今君が持っているケータイと電子手帳とゲームボーイと親のデジカメを全部合わせたような未来の機械)にLUNARをインストールしている。14年経って外が変わっても、私は中を変えていないんだ。
どうしようもない大人だ。
この間なんかオタクが過ぎて、LUNARのシナリオを書いた重馬敬さんのシナリオ講座に自分の仕事を放って行ってしまった。もう君は、こんな大人になっている私の話なんか聞きたくないかもしれないけれど、もうちょっとだけ聞いてほしい。
さらに悲惨なことに、私は泣いてしまったのだ。「こうして製作者の方にお会いできたのはうれしいですけれど、ゲームに出てくる世界もキャラクターも、現実に存在しないじゃないですか、」そこまで言いかけたところで、なんだか涙がおさえられなくなったのだ。
それを聞いて、原作者の重馬さんがなんて答えたと思う?
君の人生のちょっとしたネタバレになってしまうけれど、やっぱり言っちゃおう。こんなふうに答えたのだ。
「それでも、その物語を通して、あなたがすこしでも強くなれたのなら、フィクションは現実を変えたんですよ」
君はまだ知らないだろう。
君が14年間やりつづけたゲームを作った人のひとりとお会いして、直接こんなふうに言って頂いた時のその気持ちを、その光景を、そういう未来が現実になった瞬間の感覚を。
だから、ねえ、ここまでおいで。ここまで生きておいで。いやになったらいくらでもラスボスを殺せばいい。ファーってハッピーエンドになった世界を見届けて君は、やっぱり君であることに帰る。息をしている。
君は年を取り、エヴァンゲリオンに乗れない年齢になる。LUNARの主人公たちはおろか、ファイナルファンタジー7のクラウドや、サザエさんの年齢まで追い越してしまう。それでも、私を生かすのは、君がラスボスを殺し続けるにいたった衝動だ。そして、その衝動含めすべてを受け止めつづけてくれた、かたちなきフィクションの世界だ。
私は君が期待するような大人ではないかもしれない。もし君が、東大にも行ってないし役職にも就いてないし豪邸も建ててない未来の私をいやならば、私の言ったことぜんぶを嘘だと思ってくれてもかまわない。
ただ、本当に伝えておきたいことだけを最後に書いて、この文章をおしまいにしよう。
それで生きられるんなら、別に、それで正解なんじゃん。
役になんか、立たなさそうでも。
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