私は中学生の頃、鉄棒が得意であった。
その3年間を鉄棒の上で過ごしたと言っても過言ではない。
鉄棒といっても体操部が使用するような、あのくるくる回転するええ感じの鉄棒。トカチェフ、カッシーナ、リューキンなどの技をバシィと決めて着地するような鉄棒。そのような鉄棒ではなく、ただの鉄棒。公園などにあるようなただの鉄棒である。
その鉄棒をこよなく愛した私の技術は極限まで高められ、まえまわり、さかあがり、けあげ、プロペラ、グライダー、地獄周り、どんな難しい技でも可能であった。
ある時は、反動をつけて前へジャンプし、その距離を競い合ったり、またある時は鉄棒の上に何時間おれるかという競技を友達と行い、授業が終わってから学校が閉まるまで、3時間強ずっと鉄棒の上に過ごしたりもした。
校舎の上に登る夕日は私たちを真っ赤に染めた。
その赤よりも濃い赤が、私の手の平の潰れたマメから流れていた。
その赤を舐めると、鉄棒と同じ味がした。
月日は流れ、私は娘と公園にいた。
娘の鉄棒の練習の成果を見るために、公園へやってきたのだ。
娘は鉄棒をぎゅっと握り締め、勢いよく土を蹴った。
見事な逆上がりであった。
ほどなくして娘の同級生、男女5人ほどが公園へやってきた。
その中に一人だけまだ、まえまわりが出来ない男の子がいたので、私は言った。
「おっちゃんが、まえまわりを教えてやる」
男の子は嬉しそうに微笑んだ。
周りの子らも、この鉄棒の権化と呼ばれる私のまえまわりを一目見たくて、気が付けば私の周りには公園中の子供が集まっていた。
私は鉄棒をぎゅっと握り締め、勢いよく土を蹴った。
空が伸びる。
景色が回る。
ゲシャァア。
自身の身長と鉄棒の高さのバランスを考えずに、子供用の鉄棒で勢いよく回った私は顔面を強打した。
そしてそのまま、顔面を押さえ、土の上に倒れた。
周りでは子供たちが笑っていた。
空を見上げると夕日が私を赤く染めた。
その赤よりも濃い赤が、私の鼻から流れた。
その赤を舐めると、鉄棒と同じ味がした。