モハメド・アリの数々の強気な発言は我々の記憶に強烈に刻まれている。(Photo by James Drake/The LIFE Images Collection/Getty Images)
モハメド・アリが歩んだ王道を、数々の名言と共に振り返る。
1974年10月、ザイール共和国(現在のコンゴ民主共和国)の首都キンシャサで行われたタイトルマッチで、32歳のモハメド・アリが当時のヘビー級絶対王者ジョージ・フォアマンにKO勝ちし、世界タイトルを奪取した。このタイトルマッチは『キンシャサの奇跡(Rumble in the Jungle)』と呼ばれている。奇跡の勝利から1か月後にロンドンで行われた記者会見の場でもアリの興奮は冷めやらず、喋りすぎて声を枯らしてしまうのではないかと心配したツアープロモーターの制止を振り切り、アリは40分間以上ノンストップで吠え続けた。
「心配ない。俺は一晩中でも喋ってやる」と、止めに入ったプローモーターを押しのけた。そしてその言葉通り、アリは話し続けた。
アリの言葉は時に詩的でヨギ・ベラにも劣らない素晴らしい名言を残し、また時には汚い言葉で相手を挑発する扇動者でもあった。我々の記憶に残る永遠のヘビー級王者が2016年6月3日(金)、アリゾナ州フェニックスで74年の人生の幕を閉じた。
亡くなるまでの約30年間、アリはパーキンソン病と闘い続けた。彼は妻と9人の子供と、そして数々の名言をこの世に遺した。
「蝶のように舞い、蟻のように刺す。敵がパンチを打とうと思った時に俺はもうそこにはいない」(YouTube)
「俺がリングの上でスポットライトを浴びて"ダンス"を披露するずっと前に、勝敗は決している。誰も見ていないジムやロードでのトレーニングで勝負は決まるんだ」(BBC)
「50歳になってもまだ20歳のガキと同じようなことを言っている奴は、人生の30年間を無駄に過ごしたってことさ」(ポートアーサー・ニュース紙)
「俺はトレーニングが大嫌いだった。だけど自分にこう言い聞かせたんだ。“王者のまま死ぬために、今はとにかく耐えろ”、とね」(パレード誌)
「実力さえあれば何を言ってもいいんだ」(サンデー・エクスプレス紙)
「パンに生えたカビからペニシリンができたように、誰しも何かを生み出せる可能性を秘めている」(テレグラフ紙)
「生きていく中でリスクを冒す勇気がなければ何も達成できない」(エボニー誌)
「他人のために何かをするのは、この地球上に住まわせてもらっている家賃を払うのと同じことさ」(タイム誌)
「ボクシングとは、2人の黒人が殴り合うのをたくさんの白人が見物する見世物さ」(タイム誌)
「草は茂り、鳥は空を飛び、波は砂を洗う。それと同じように、俺は人を殴る。ボクシングは俺に課された自然の役割さ」(ニューヨーク・タイムズ紙・The Columbia Dictionary of Quotation)
「俺には俺の信じる道がある。他人が思うような人間に俺はならない。俺は俺の道を行く」(ニューヨーク・タイムズ紙)
「適当な答えが見つからない時は、"沈黙は金なり"、さ」(エスクァイア誌)
「俺はアリゲーターと取っ組み合った。俺はクジラと格闘した。稲妻に手錠をかけ、雷を牢屋へ放り込んだ。俺はワルだ。つい先週は、岩を殺し、石を傷つけ、レンガを病院送りにしてやった。俺は薬も病気にするような悪党さ」(YouTube)
「俺が最強だ!自分で意識する前から俺は最強だったんだ」(ヒストリーチャンネル)
「俺は最強じゃない。最強の2倍強いんだ。ただ敵をノックアウトするだけでなく、どのラウンドで倒すかを決められるんだ」(ヒストリーチャンネル)
「俺ぐらいグレートになると、謙虚でいることが難しいんだ」(ヒストリーチャンネル)
「家では俺もおとなしくしているさ。でもそんな姿は世間に見せたくない。おとなしい人間は大成しないってことを悟ったのさ」(サンデー・エクスプレス誌・The Columbia Dictionary of Quotations)
「俺がなんでわざわざ1万マイルも離れた貧しい国まで出かけて行って、白人が有色人種を支配し続けるために人殺しをし、国を焼き払うのを手助けしなきゃならないんだ?」(BBC)
「打ち負かされるのがどういうことか、というのを知っている人間だけが、ドン底の状態からわずかながらも相手より強い力をつけて這い上がり、僅差の勝負を勝利に導くことができる」(パレード誌)
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