吉田豪 漫画家・永井豪を語る

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吉田豪さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で、漫画家・永井豪先生について話していました。



(安東弘樹)さあ、ということで今日は漫画家、永井豪さん。もう「豪」つながりですね。

(吉田豪)僕もたまに間違えられるんですよ。

(安東弘樹)えっ、永井豪さんと?

(吉田豪)BUBKAの面々とイベントをやった後で歌舞伎町の中華料理屋で飲んでいたら、なんか若い男2人と女の子の3人組がいて。「サインください!」って僕に来たんですよ。「あの、書くものがないんで、お札に。1万円札にサインください!」って。

(玉袋筋太郎)ええーっ?

(吉田豪)「はじめてのパターンだな」と思って書いていたら、「あの、『デビルマン』を書いてる人ですよね?」って言われて。「あの……年齢を見てなんとなく察してくださいよ!」っていう(笑)。

(玉袋筋太郎)(笑)

(吉田豪)あれは僕の本当に子供の時の……

(玉袋筋太郎)間違えられたって、すごいよなー。

(吉田豪)間違えられましたよ。豪ちゃん違い。

(玉袋筋太郎)豪ちゃん違い(笑)。

(安東弘樹)そんな漫画家・永井豪さんのあらすじとその筋をご消化します。1945年、石川県生まれ。現在70才。石ノ森章太郎さんのアシスタントを経て、1967年『目明しポリ吉』で漫画家デビュー。翌年、『ハレンチ学園』が大ヒットし社会現象となって漫画界の常識を塗り替えます。以降、『マジンガーZ』や『デビルマン』、『キューティーハニー』など数々のヒット作を夜に送り出し、世界的な人気漫画家へ。また最近では、作品が実写映画化されるなど、国や世代を超えた幅広い読者に支持され続けています。

(玉袋筋太郎)うん。

(安東弘樹)そして、吉田豪さんの取材。永井豪さんのその筋とは……その1、『リボンの騎士』にドッキドキだった青春時代。子供の頃から漫画のことしか考えていなかった筋。その2、『ハレンチ学園』騒動。スタジオに乱入してきた人は……の筋。その3、赤塚不二夫先生に怒られて、よし、もっとやろう! と思った筋。その4、梶原一騎先生のパロディーをやってヤバいなの筋。その5、あの時暴動に巻き込まれていた。永井先生と新日本プロレスの筋。その6、健康のために飲酒を減らしてゴルフ、ヨガ、ラジオ体操の筋。以上6本の筋です。

(玉袋筋太郎)おおー、でも70才って俺、もうちょっといってるかなと思ったんですけどね。

(吉田豪)キャリア的には相当ですけど、若くしてデビューしてるし。そして見た目は相変わらず若いという。

(玉袋筋太郎)若いんだよなー! 永井豪先生。

(吉田豪)ベテラン感がないんですよ。本当に飄々としていて。

(玉袋筋太郎)へー! こう、なんか大物感とかね、あるじゃないですか。そういうのが全然ないと?

(吉田豪)全然ないですね。フランクで。

(玉袋筋太郎)へー! まずこのね、『リボンの騎士』にドッキドキだった青春時代。子供の頃から漫画のことしか考えていなかった筋。やっぱり手塚先生なんだ。

(吉田豪)まず、そもそもの話なんですけども。これ、3月20日に大阪の日本橋のストリートフェスタっていうイベントで話したんですよ。これ、雑誌の取材とかじゃなくてトークイベントだったんですけど。これが日本全国のコスプレイヤーとかが集まるイベントなんですよ。路上を全部コスプレイヤーが埋め尽くす。会場に向かう途中もずーっとセクシーな格好をしたコスプレイヤーがいっぱいいるんですけど、永井先生、ずーっとそういうのに目が釘付けになっていて(笑)。

大阪・日本橋ストリートフェスタ


(玉袋筋太郎)(笑)

(吉田豪)ずーっと。「うおーっ!」っていう感じで移動中にがっつきまくっていて。

(安東弘樹)普通のおじさんですね(笑)。

(吉田豪)そうなんですよ。「さっきからずーっと目、奪われてましたね」「もちろん!」みたいな感じで。

(玉袋筋太郎)だけどやっぱりそういうところで。永井先生で性の目覚めっていうのを俺たちも受けているから。常にそういったところで。

(吉田豪)『キューティーハニー』から何からね。

(玉袋筋太郎)そう。『けっこう仮面』からさ。

(安東弘樹)コスプレ、でもたしかにすごいですもんね。

(吉田豪)そうなんですよ。で、「やっぱり自分の作品でもコスプレイヤーとか、どういうのをやってほしいですか?」って聞いたら、「やっぱね、『けっこう仮面』とか……」「アウトですよ、それ!」っていう(笑)。

(玉袋筋太郎)捕まる、それ!

(吉田豪)あの、検索してください。画像を(笑)。これが路上にいたらアウトっていうのがわかりますよ(笑)。

(安東弘樹)でも、近い方、最近いらっしゃいますよ。コスプレイヤーで。本当に、点しか隠れていない人とか。

(吉田豪)はいはい。絆創膏貼っているぐらいのね。

(玉袋筋太郎)いいねえー!

(吉田豪)まあ、そんな永井先生も基本は手塚治虫先生の『ロストワールド』に出会って漫画家を目指すようになった人なんですけど。もともと小中学生の時はおとなしいタイプで。で、高校生になった時に「漫画家になったら体力がいるな」と思って体操部に入部。漫画家としての体力づくりだったんですよ。

(安東弘樹)そこでですか?

(吉田豪)全て漫画家になるために、映画とか落語とかスポーツ観戦とか。全て漫画のためにやってきて。

(玉袋筋太郎)漫画のためにな。

(吉田豪)だから青春時代、実は恋愛はほとんどしなかった。それよりも漫画で、むしろ漫画のキャラクターに惚れていたっていう。それが手塚治虫先生の『リボンの騎士』とかで。当時、女の子向けの雑誌で連載していたので、買いに行くのが恥ずかしかったけど買っていて。で、「1回だけリボンの騎士がドレスを着て胸元に谷間を表す1ミリぐらいの線が1本だけ入っていて。それを見てドッキー!と来て。そういうのをもっと書いてほしいのに、なかなか書いてくれない。じゃあ、自分が……ってなったのかな?」って言ってましたね。

(玉袋筋太郎)ああー!

(安東弘樹)1本の線以上は書いてくれないから。

『リボンの騎士』で目覚める

(吉田豪)そうなんですよ。まあ、その後ね、性教育漫画とか手塚先生も書くんですけどもね。

(玉袋筋太郎)ああ、メルモちゃんとかな。

(安東弘樹)でも、その1本の線なんだよなー。わかる!

(玉袋筋太郎)これなんだよ。じゃあ、自分でやるしかねえと。

(吉田豪)そうなんですよ。で、手塚先生の影響は相当大きくて。手塚先生の葬儀で号泣されていたっていうのは有名なんですよ。で、ちなみに手塚先生のその葬儀の時はつのだじろう先生が酔いつぶれて。で、いろんな先生同士が取っ組み合いをしていたりとか。そういう中で永井先生が1人、もう号泣していたっていうね。

(玉袋筋太郎)泣いていたんだ。すごいなー。やっぱそれぐらいすごい存在ですよね。手塚先生っつーのは。

(吉田豪)パーティーで見かけて手塚先生のもとに飛んでいってご挨拶して。「昔のあの作品が好きです」とか話したけど、手塚先生はいまのことしか眼中にないから。「ああ、そんな話はいいんだよ」って言われて。「来月からこういう話を書くから」とか、誰も知らない、まだ読者も読んでいないような作品のことばっかりする人だったと。でも、永井先生は気遣いの人だから、「昔のあれが好きなんですよ」って言われるとちゃんと付き合うっていうね。

(玉袋筋太郎)おおー! たしかにな。

(安東弘樹)さあ、そんな中、『ハレンチ学園』ですね。これは社会現象になりました。

『ハレンチ学園』でPTAと戦う

(吉田豪)デビュー早々にね、スカートめくりだなんだで。大問題になってPTAが糾弾して。で、漫画がPTAと戦う展開になっていくっていうね(笑)。

(玉袋筋太郎)ああー、そうか!

(安東弘樹)変な構図ですけどね。考えてみればね。

(吉田豪)現実をどんどん取り込んで行ったんですけど。で、その頃、ワイドショーとかでも『ハレンチ学園』とはいかがなものか? みたいな感じでよくやっていたらしいんですよ。PTAが糾弾したりで。で、そんな頃に、「もう『ハレンチ学園』の話はしないんで、出てください」っていう風に大阪の番組に呼ばれたことがあったと。

(玉袋筋太郎)ほうほう。

(吉田豪)で、番組自体は無事に進んで。「ああ、本当に言われた通りだな」と思っていたら、途中でなぜかボロボロのジーンズを履いたアフロヘアーの大きな女性がスタジオに乱入。『ハレンチ学園』のことを激しく罵りだしたらしいんですよ。で、一方的にやられて反論する間もなく番組が終わっちゃって。

(安東弘樹)罵られたまま?

(吉田豪)「なんだ? あの女性、素人じゃないな。番組に騙された」と思っていたら、その数ヶ月後にその時の女性が歌手デビューして。名前は和田アキ子だったっていうね。

(玉袋筋太郎)すっげー!

(安東弘樹)ああ、すごいワードが飛び込んできました。

(玉袋筋太郎)アッコにおまかせ!

(安東弘樹)いやいやいや、このね、五文字を見るだけで私、緊張するんですよ。

(吉田・玉袋)(笑)

(安東弘樹)平和の「和」に田んぼの「田」。カタカナの「ア・キ」。漢字の「子」。

(吉田豪)あんまり平和の感じがしない名前ですけどね(笑)。

(玉袋筋太郎)ヒットマンだもん。

(安東弘樹)緊張するんですよね。えっ、デビュー前?

(吉田豪)デビュー前だそうですよ。

(安東弘樹)どういう流れなんですかね、これね?

(玉袋筋太郎)なんなんだろう?

(吉田豪)だから仕込みで来たんだろうとは思ったらしいんですけど。また永井先生がすごい呑気な人だから。そういうことがあっても「割と面白かったし、まあいいやと思った」っていう感じで。

(玉袋筋太郎)へー!

(吉田豪)「いろんなことがあるな」ぐらいの感じで。

(安東弘樹)じゃあ、マーガレット和田でデビューする前なんですね。

(吉田豪)ですね。

(玉袋筋太郎)マーガレット和田。ええーっ?

(安東弘樹)あの、国際歌手にしたいので、当時のホリプロさんがつけたらしいです。通用する名前ということで。

(玉袋筋太郎)マーガレットだったんだ!

(吉田豪)まだ大阪の路上で暴れている頃ぐらいですね(笑)。

(玉袋筋太郎)ステゴロの(笑)。

(安東弘樹)あの、拳銃の弾を手でつかめると思っていた頃ですね。

(吉田・玉袋)(笑)

(安東弘樹)アッコさんは本気で思っていたらしいです。当時。全っ然怖くなかったって。

(吉田豪)「大丈夫やろ」って?(笑)。

(玉袋筋太郎)でも永井先生ってほら、作品の中に永井先生が出てくるじゃない? その感じなんだろうね。キャラはね。

(吉田豪)そうそうそう。あんな感じですよ。のほほーんとした。

(玉袋筋太郎)そうそうそう。ああ、それなんだ。

(吉田豪)だから高校生の頃も、なんか先生から1人だけ糾弾されて立たされて。1時間怒られたりとか結構あったらしいんですけど。全く平気で。むしろ、友達から「お前のおかげで授業が1個つぶれてよかった」って言われると、「いいことしたなー」みたいな感じで。全く気にしないタイプっていう(笑)。

(安東弘樹)ポジティブなんですね。

(玉袋筋太郎)いや、もう逆にできている人なんじゃないですか? その頃から。

(安東弘樹)ただ、そんな永井先生が、その3ですよ。赤塚不二夫先生に怒られて?

(吉田豪)そうなんですよ。ものすごい、本人は人格者なんですけど。作品は全然不道徳じゃないですか(笑)。本当にちゃんとした人なんですよ。びっくりするぐらい。

(安東弘樹)僕らはうれしいですけどね。

(吉田豪)で、デビューして3ヶ月ぐらいでいきなり赤塚不二夫先生に作品のダメ出しをされたらしいんですよ。呼びだされて。『じん太郎三度笠』っていう少年マガジンで書いた作品について、「色恋を扱っちゃいかん。残酷なシーンがある。あんな作品を書いちゃダメだ」と怒られて。まあ、ヤクザの少年が主人公だったんで出入りのシーンがあって。倒れている人間に花を刺して生花状態にしたりとか、そういう漫画を書いていたと。まあ、ブラックなギャグを書いたら「やりすぎだ」と赤塚先生が言った。

(玉袋筋太郎)うん。

赤塚不二夫先生に怒られる

(吉田豪)永井先生は「赤塚先生がダメって言ったことを全部やろう!」っていうね。「あんなに過激な赤塚先生が「ダメ」っていうぐらいだから誰もやっていないな。誰もやっていないっていうことは自分が最初になるからきっとすごいことになるんじゃないか?」って考えて。怒られて帰宅してから、「子供漫画に恋愛を入れよう。セクシャルな描写をしよう。残酷シーンはどんどん入れていこう」っていう、いまの永井先生のあのスタイルができたのは赤塚先生に怒られたからっていうね(笑)。

(玉袋筋太郎)すげー! その発想がすげーな。

(安東弘樹)そこ、なかなかそっちに行けないですけどね。やめようと思いますけどね。普通ね。

(吉田豪)漫画界の偉い人に怒られて、よりそれをやってどうなるか?って何も考えなかったらしいんですよ(笑)。

(玉袋筋太郎)へー!

(安東弘樹)僕はアッコさんに「やめろ」って言われたことをやるって、できないですよ。

(吉田豪)できないですよね(笑)。「これは隙間だ、アナウンサーの!」ってならないですよね?(笑)。

(安東弘樹)なにもできないですよ、これは。ええーっ?

(吉田豪)しかも、そんなことをやっておいて、赤塚不二夫賞の審査員をやるんですよ(笑)。

(玉袋筋太郎)(笑)

(吉田豪)よくも、まあじゃないですか。よく引き受けたなっていう。そしたら赤塚先生が「あの時はごめんなさいね」って謝ってくれたっていうね。「いえ、いいんです。そんなの気にしてませんから」っていうね。

(玉袋筋太郎)本当に気にしていないっていう(笑)。

(吉田豪)そうなんですよ(笑)。強い!っていうね。

(玉袋筋太郎)で、このね、出てくる四文字熟語。「梶原一騎」という四文字熟語ですよね。梶原先生のパロディーをやってヤバいなの筋って、本当にヤバそうなんだけど。これ。

(吉田豪)まあ、あの時代の梶原先生をいじるっていうのは本当に怖いですからね。

(玉袋筋太郎)怖いでしょう!

(吉田豪)70年代。

(玉袋筋太郎)危ない、危ない。

梶原一騎作品パロディーで睨まれる

(吉田豪)永井先生曰く、いちばんヤバかったのは梶原先生の漫画のパロディーをやった時だったらしいんですよ。『柔道讃歌』っていう柔道漫画のパロディーを同じ雑誌、少年サンデーで散々いじったと。すると、赤塚賞のパーティーの席で梶原先生が永井先生の方をものすごく睨んできたと。遅れてやってきてジーッと睨みながら永井先生の横に座ったと。「これはヤバい、怒っている」と。で、どうしたかっていうと、パーティーが終わった瞬間にパッと梶原先生の前に出て、「すいません。つい悪ノリしまして。パロディーをやっちゃったんですよ」っていうね、普通にフランクに話したらいっぺんにチャラになって。梶原先生も一切怒らず(笑)。

(玉袋筋太郎)おおーっ! それ、すごいね!

(安東弘樹)でも、最初は怒っていたんでしょうね。睨んでいたっていうことは。

(吉田豪)怒りながらも、まあ「懐に入るのが上手い」って本人が言っているだけあって。全然怒られないらしいんですよ。フワフワした人なんで。

(玉袋筋太郎)(笑)

(吉田豪)で、怒られても全然気にせずに「いやー」って言っちゃうから、「もう、しょうがない」ってなっちゃう。それどころか梶原先生はずっと、ギャグ漫画がお好きな人なんで。永井豪先生と組みたいと考えていたらしいんですよ。

(玉袋・安東)ええーっ?

(吉田豪)で、永井先生のもとに編集を通して何度も「一緒にやろう」っていう話がきていたのをずっと丁重にお断りしていたと。そしたらヤングジャンプが創刊する時に創刊記念ということで、基本原作者と組まない永井先生が小池一夫先生と組んで。『花平バズーカ』という素晴らしい作品を。

(玉袋筋太郎)おっ、『花平バズーカ』。

(吉田豪)を、出した。そしたら永井先生のマネージャーが梶原先生に呼びだされて。「なんで俺がダメで小池がいいんだ?」っていう(笑)。

(玉袋筋太郎)(笑)

(安東弘樹)そりゃそうですよね。

(吉田豪)そりゃそうですよ(笑)。

(玉袋筋太郎)違う意味でのバズーカ、入ってきたよ。

(吉田豪)向こうもライバル関係ですからね。でも本当ね、呑気なんですよ。永井先生。だって『けっこう仮面』っていうの自体、川内康範先生の『月光仮面』のパロディーで。それも本当にいじったらヤバい人じゃないですか。

(玉袋筋太郎)ヤバいヤバいヤバい!

(吉田豪)あの耳毛の本当に怖い人ですから。森進一ばりに追い込まれてもおかしくはない物件ですよ。

(玉袋筋太郎)怖いですよ!(笑)。

(吉田豪)でも、気にしないんですよ。

(安東弘樹)そうですよね。そこですよね。

(玉袋筋太郎)そうだ。『けっこう仮面』だよ。それでエビ反りアタックやってんだよね。

(吉田豪)そう。

(安東弘樹)しかも向こうは少年のヒーローですよ。

(吉田豪)しかもね、書いているのは国士の人ですからね。国士の人が「なんでこんなエロ漫画にしやがって!」って。怒りますよ、普通。でも、なんともならないのがこの人っていう。

(玉袋筋太郎)へー!

(吉田豪)で、永井先生の若い頃って、漫画界にやっぱり無頼派の人物が多かったイメージなんですよね。ジャンプだったら本宮ひろ志先生とか。チャンピオンの編集長の壁村耐三さんとか。そんな話を振っても、「壁村さんは本当に恐ろしくて。ケンカは強いし、酔うと何するかわかんない。永井先生から見てもめちゃくちゃで。手塚先生に暴力を振るったっていう噂、あれも本当にあったことだ」って(笑)。

(玉袋筋太郎)ええーっ、手塚先生に!? 暴力を?

(吉田豪)まあ、伝説ありますからね。

(玉袋筋太郎)「ベレー帽、取れ!」とか言ったのかな?

(吉田豪)(笑)

(玉袋筋太郎)「メガネ、外せ!」って。

(吉田豪)「礼儀がなっていない!」っていう(笑)。

(玉袋筋太郎)こえー!

(吉田豪)ただ、本宮先生は無頼派は無頼派なんですけど、「漫画のプレッシャーで原稿用紙を見ただけで気分が悪くなる。見たら吐くんだよ、俺」って言っていて。それに対する永井先生の返事が「白い原稿があるなら、画を書けばいいじゃない」っていうね。基本、呑気っていう(笑)。

(玉袋筋太郎)すげー!

(吉田豪)本宮先生は1回ね、連載途中で失踪したこともあったけど、そんな風に思いつめることはないですねっていうね(笑)。

(玉袋筋太郎)永井先生はね。

(吉田豪)全然っていう(笑)。

(玉袋筋太郎)湧き出るんでしょうね。じゃあ、才能がもう、次から次へと。

(吉田豪)「まあ、プレッシャーの果てにパッとアイデアが浮かぶから。パッと書けた時はうれしいんで、そんな逃げるとかの気持ちはわからない」っていう(笑)。

(玉袋筋太郎)へー!

(吉田豪)フワッとしてましたね。

(安東弘樹)いろんなタイプがあるんですね。同じ漫画家さんでもね。さあ、そしてその5。これは本当もう玉さんの完全にフィールドですけどね。

(玉袋筋太郎)あの時暴動に巻き込まれた。永井先生と新日本プロレスの筋。これだよね!

新日本プロレスと永井豪

(吉田豪)永井豪先生がなぜか新日本と深く関わっていた時期があって。これは骨法の堀部師範っていう人が猪木さんのマッサージとかをいろいろやっている関係から、なぜか猪木さんが中のインサイダーでいろいろ仕掛けとかを考える人になって。で、堀部さんが骨法の漫画を永井先生が書いたりとかしていた関係もあって、永井先生がかつての梶原一騎的な感じで引っ張りだされたっていうことなんですよね。

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(玉袋筋太郎)猪木がね。

(吉田豪)そう。「猪木さんがマスクマンを作りたがっているから、来てくれないか?」って言われて。

(玉袋筋太郎)こん時ね、やっぱりうちの師匠もたけしプロレス軍団でマスクマンを作りたいっつって。ほいで、うちのたけし軍団が考えたのがマスク・ド・メロンっていうメロンのマスクとかね。

(吉田豪)あれ1回、玉さん入ってましたよね? 中に。

(玉袋筋太郎)入っていた。入っていた。入れたことあったよ。『スポーツ大将』で。入れられたよ、俺。マスク・ド・メロン。

(吉田豪)どう見ても玉さんの……

(玉袋筋太郎)俺だったよ、あれ。あと、皮かむりんとかさ。そういうのをやっていて。そりゃあね、ダメだよね。

(吉田豪)早すぎたんですよね。

(玉袋筋太郎)早かった。

(安東弘樹)ああ、時代がね。

(吉田豪)ただ、タイガーマスクが大当たりした後、タイガーマスクがいなくなって子供人気がなくなった。このままじゃマズいと思って、猪木さんがマスクマンを作りたがっているから来てくれないか?って言われて会いに行ったら、「いま、マニアックなプロレスばっかりになっていて、子供たちが来なくなった。子供たちが来るようなプロレスをもう少しやりたいから、マスクマンのヒーローを作ってくれ」と。でも当時、いきなりそんなヒーローを出したら、それこそUWFだなんだの時代だったから、これは総スカンを食らうと思ったんで、とりあえず悪役を出しましょうってことで生まれたのがビッグバン・ベイダー。

(玉袋筋太郎)ビッグバン・ベイダーだよ!

(安東弘樹)そういう流れなんですね。

(吉田豪)たけし率いるTPG(たけしプロレス軍団)が新日本に宣戦布告し、その秘密兵器として送り込まれたビッグバン・ベイダー。で、いきなり大暴動になったと。

(玉袋筋太郎)大暴動だもん、あれ。俺、たけし軍団にいながら、「たけし、帰れ!」っつったから(笑)。

(吉田豪)まあ、観客みんな言ってましたからね(笑)。

(玉袋筋太郎)そう。猪木側についちゃったんだな。でもTPG、俺たちほら、浅草キッドの博士の部屋が事務所の連絡先だったからね。電話番号が。

(吉田豪)(笑)

(玉袋筋太郎)で、俺が外人招聘係っちゅーか、接待係で。で、社長が井手らっきょだから。バカ社長。

(吉田豪)だからね、井手さんがよくやっていた「どうですか、お客さん?」っていうのはその時のね、暴動での猪木さんのマイクのネタなんですよね。誰もわかんないですけど(笑)。

(玉袋筋太郎)じゃあこん時、永井先生もいたんだね。じゃあ、両国に。

(吉田豪)当然。デザインをした人として最前にいたらしいんですよ。よりによって。そしたら、大暴動になって巻き込まれて(笑)。後ろからいろんなものが飛んできて、途中から逃げ出したっていう(笑)。

(玉袋筋太郎)そうだよな、あれ。危ないよ。火まで放ったんだから。危なかったんだよなー。

(吉田豪)そうです。両国、使えなくなっちゃってね。

(玉袋筋太郎)でもあのベイダーの甲冑はかっこよかったよね。うん。

(吉田豪)ところが、あの甲冑。肩のところから上に向かって煙がシューッ!っと出るデザインなんですけど。実はあれはミスだったと。実はマスクの下の方から出る予定で、マスクを外した瞬間にプシュー!っと出て顔の周りがぼやけて。霧が晴れてきたら顔が見えてくるっていうものにしたかったのに……明らかに設計を間違えちゃったっていう(笑)。

(安東弘樹)なるほどね。

(吉田豪)ただのミスだったっていう(笑)。

(玉袋筋太郎)でもまあ、ベイダーはあの甲冑を置いてから、「ベイダー!」ってやると、シューッ!ってね、出るような動きにしたもんな。ああ、そうなんだ。絡んでいるな、いろいろ。

(吉田豪)(笑)

(安東弘樹)玉さんがちょいちょい絡んでますね。本当に。

(玉袋筋太郎)すいません、本当。

(安東弘樹)そしてその6が、これ、健康のために飲酒を減らしてゴルフ、ヨガ、ラジオ体操? これ、ある意味若干ガッカリではないですけども。なんか、ねえ。

永井豪とお酒と健康

(吉田豪)はいはい。まあ、お酒に関してはお父さんが大酒飲みだったので。子供の頃から鍛えられて。小学生ぐらいから日本酒をちょびちょびやったりとかで。

(玉袋筋太郎)(笑)

(吉田豪)小6の時には「ビールは苦くてちょっと嫌だな」と思っていたら、4つ上のお兄さんが「ビールは喉で飲むんだよ」とアドバイスして。小6でビールの美味さも理解したというね。

(玉袋筋太郎)これ、俺も親父に言われた(笑)。「ビールは喉で飲め」って。

(吉田豪)おおらかな時代ですね(笑)。

(安東弘樹)舌に当たっちゃうと苦いだけで。

(玉袋筋太郎)苦いんだよ。うん。

(吉田豪)ねえ。子供の頃は泡しか舐めないから、全然美味しくないんですよね。

(玉袋筋太郎)「美味しくない。こんな苦いもの」って言っていたのが、いまいちばん美味しいものになっちゃった。

(吉田豪)(笑)。そして高校生の頃には飲み友達が集まって、永井先生は1人で一升飲んだり。「20代、30代の頃の勢いのまま飲んでいたら、今頃身体を壊していたと思う」っていう。まあ漫画家さんね、たしかにお酒でやらえちゃった人、多いですからね。

(玉袋筋太郎)多いな。うん。

(吉田豪)で、そんな中、週刊漫画雑誌を5誌やっていた時は毎日締め切りがあったりとかね。「漫画家って締め切りがないと本当に楽しい仕事なのに。どうして毎回締め切りが来るんだろう?」って酔うたびに愚痴って。で、そんな永井先生が結婚を機に生活を改めて、現在は週に2、3回、食事の供に2、3杯飲むぐらい。人からお誘いが来たら一晩行っちゃうこともあるけれども、基本的には健康のためにゴルフをやって、週に1、2回はヨガ。そして毎日ラジオ体操。とにかく元気っていうね。

(玉袋筋太郎)いや、だって漫画誌5誌ですよ。

(吉田豪)全盛期ね。

(玉袋筋太郎)これ、毎日締め切りだもんね。

(吉田豪)いまだにだってゴラクだなんだって、結構書いてますよ。あの年齢で。

(玉袋筋太郎)すっげー。ダイナミックプロですな、これ。

(吉田豪)そうなんですよ。そしてダイナミックプロっていうね、永井先生の事務所。結構あれなんですよ。いろいろ厳しい、うるさいみたいな評判はあるんですけど、理由がわかるんですよね。やっぱり永井先生をこの感じのまま保つには、やっぱりそういう人がガードしなきゃいけないっていうか。

(玉袋筋太郎)ああー!

(吉田豪)このフワッと感、なかなか保てないですもんね(笑)。

(玉袋筋太郎)そっか(笑)。周りから、こう作っていくっていうね。

(吉田豪)あの(馬場)元子さんがジャイアント馬場をガードした的な感じはあると思いますね。

(玉袋筋太郎)でも、どうなんだろう。コレとか、どうなんだろうね?

(吉田豪)小指を立てて(笑)。

(安東弘樹)ラジオでいきなりコレって(笑)。

(玉袋筋太郎)すいません。レーコ、レーコ。

(吉田豪)でも、本当にそういう噂とか全然聞いたことない人ですね。世間の噂で言うと、漫画マニアの噂で言うと、『ハレンチ学園』とかあの頃は童貞だった説もあるぐらいですよ(笑)。

(玉袋・安東)ええーっ!?

(吉田豪)だから童貞のエロスっていう。

(玉袋筋太郎)まあ童貞だからこそ、妄想が広がるわけだ。

(吉田豪)そうです、そうです。「パンツ、見たい!」っていうその純粋な感情が出ていたっていう(笑)。

(安東弘樹)僕、カミングアウトするとですね、『マジンガーZ』の原作。まあロボット漫画っていう意味で好きだったんですけど、原作、若干お色気があったりするんですよ。『マジンガーZ』って。

(吉田豪)はいはい。『ドーベルマン刑事』の頃にね。

(安東弘樹)はい。『ドーベルマン刑事』を読んで育ったんですけど。そんな中、若干私、『マジンガーZ』を見て、使わせていただいたことがあって……

(吉田・玉袋)(爆笑)

(吉田豪)なんの告白してるんですか?(笑)。

(安東弘樹)あのね、『マジンガーZ』でね、回し蹴りでちょっとパンツが見えたりするじゃないですか。それで本当に……

(玉袋筋太郎)で、ロケットパンチを発射したんですか?

(安東弘樹)ロケットパンチを。

(玉袋筋太郎)ブレストファイヤーで?

(吉田豪)(笑)

(安東弘樹)いま、永井先生には「ありがとうございました」って言いたいぐらい。あれ、新鮮でよかったんですよ。『けっこう仮面』じゃなかったんです。僕は。『マジンガーZ』の方がグッと……

(玉袋筋太郎)俺は『キューティーハニー』かな、やっぱ。

(安東弘樹)『キューティーハニー』も王道感ありますけどね。

(吉田豪)安東さんの鉄(くろがね)の城がね。

(玉袋筋太郎)鉄の城が、まさか。空にそびえ立ったね、それ!



(吉田豪)(笑)

(安東弘樹)「鉄の城」までは言えないんです。すいません、本当に……

(玉袋筋太郎)いや、面白かった(笑)。

(安東弘樹)えー、日々大忙しの豪さんなんですけど。5月31日発売の週刊SPA!では2016年上半期裏ニュースベストテンという特集の方にも出てらっしゃると。

(吉田豪)全く僕の口調と違うのが面白いですよ、これ(笑)。

(玉袋筋太郎)あ、そうなの?

(吉田豪)違う感じになっています。

(玉袋筋太郎)へー!

(安東弘樹)もうね、本当にいま忙しくて。豪さん。いっぱいあるんですよ。

(玉袋筋太郎)上半期裏ニュースって、アサ芸でもやんなきゃ!

(安東弘樹)そして現在発売中のBUBKA。元女子プロレスラー、赤城マリ子さんのインタビューを掲載と。そして東京MXの深夜番組『吉田豪とハミダシ女』も絶賛放送中。毎回、いま気になる女性と対談して、その女性の魅力や豪さん自身が興味のあることを極限まで掘り下げる30分。MX、いいなー、こういうの。

(吉田豪)(笑)

(玉袋筋太郎)あなた、TBSでしょ?

(安東弘樹)僕ね、将来の人生の夢が『5時に夢中!』の司会なんですよ。

(吉田豪)ぜひ実現させたい!

(玉袋筋太郎)言っちゃったよ(笑)。

(安東弘樹)元HKT48の菅本裕子さんがゲストとして出演された回が6月7日(火)深夜2時40分から再放送ですね。そして、相模鉄道。神奈川県民の私にとっては非常に馴染み深い相模鉄道のフリーペーパー相鉄瓦版の関東にもインタビュー記事が載っているという。これはインタビューされたわけですね?

(吉田豪)そうですね。

(安東弘樹)インタビューされた吉田豪さんですね。相鉄瓦版、渋いですね。

(吉田豪)ネットでも読めますね。

[リンク]相鉄瓦版
http://www.sotetsu-group.co.jp/kawaraban/book/236/index_f.html#4

(安東弘樹)ああ、これはネットでも。

(吉田豪)それと、キャラクターランドっていう雑誌で辻真先先生のインタビューもしていまして。これも結構面白いことになっていると思うので、ぜひという。

(玉袋筋太郎)いいね、いいね、いいねー! 豪ちゃん、仕事してるよな。永井豪さんより吉田豪さんの方がいま、仕事してますね!

(吉田豪)まあ豪ちゃんはね、年齢もあるんで。セーブはしてますから。仕事を。全盛期よりは、それは。

(安東弘樹)ひとつだけ、お願いしてもいいですか?

(吉田豪)はい。

(安東弘樹)セレブになんないでくださいね。

(吉田豪)(笑)。絶対にないですよ、僕は、それ。僕、そっちには行かないんで。

(安東弘樹)それだけが心配です。もう。

(吉田豪)心配してたんですか?(笑)。

(安東弘樹)これだけ仕事してね、いわゆるメジャーじゃないじゃないですか。

(吉田豪)はいはい。全然、全然。

(安東弘樹)メジャーになっちゃっていってるんで……

(玉袋筋太郎)いるんですよ。まあ、プロレス業界でもね、山口日昇とかね。

(吉田豪)あの、メジャーに行こうとして失敗した人ね(笑)。

(玉袋筋太郎)そうそうそう。いるんだ。急にいい時計を巻き出しちゃったりとか。そういうことは豪ちゃん、やんないでね。

(吉田豪)全然、全然(笑)。今日もマジンガーZのTシャツを着ているぐらいですからね。

(安東弘樹)あ、マジンガーZだ。うれしいじゃないですか。吉田豪さん、次回の登場は7月1日となります。今日はありがとうございました。

(玉袋筋太郎)お願いします。どうもどうも!

<書き起こしおわり>

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