複数誌で連載をかけもちし、途切れずずっと続けていてもうすぐ10年になる。
プロ漫画家は天才も秀才もみんな並外れた努力をしている、とよく言われる。自分もそう思うし、彼女もそうなのだろうと思っていた。
が、彼女は「努力なんか全然してない」と言うのである。同人誌をたまたま編集さんが読んで、スカウトされネームを描いてみたらすぐ通って読切掲載され、アンケートが取れて連載化し、それを見た他紙の編集さんから声をかけられ、もちろん連載企画もすぐ通って複数誌連載になり今に至ると言うのである。
絵の練習なんかしたこともないし、ストーリー構成の勉強もしたことない。ネームが通らずに苦しんだことすらなく、ひとつ連載が終わっても必ず次の連載がすぐに始まる。何故なら連載会議に落ちたことがないからだ。
これを聞くとものすごい大天才だ…!となるんだけど、彼女は「別にこれといって面白くないけど、タイミングと選んだ雑誌がいいだけで、なんとなく載ってる漫画ってあるでしょ?そういう立ち位置なの私。運だけはすごくいいの。何で読者さんが読んでくれてるのか自分でも分かんない」と言い切るのだ。
確かに彼女の漫画は、練習してないというだけあってデッサンは少しおかしいし、描き込みも少ない。パッと見、売れそうにはない漫画ではある。
しかし長年、彼女の作品を読んでいて強力な武器だと思うものがある。それは読んでいてストレスを一切感じないこと。有り体に言うとわかりやすい。かなり複雑な設定を描いているのに、「あれっこれどういうこと…?」みたいに読み返すことがほぼない。人物の行動も一貫していて、心情の変化も物語の展開も自然なのだ。
漫画のセンスがいいのである。ブレのないキャラクターを作り上げられるセンス、コマ運びのセンス、構図のセンス、面白そうなセリフのセンス、密度の高い人間関係を描ききるセンス…それらを鼻歌まじりにやってのけている。
一応、漫画家になりたかった自分は、彼女がひょうひょうと描いているのを見て絶望した。ああ…これこそ努力しても得られない持って生まれた能力じゃないか。努力してないから大ヒットこそ飛ばしてはいないけど、努力しなくてもここまではこれる本当の天才っていうやつだ…と思った。
これが数年前の話。
で、つい最近、初めて彼女のお家に行ったんですよ。そしたらびっくりですよ。
壁という壁に本棚が並べられ、膨大な量の漫画、小説、専門書があった。DVDも業者かってくらい揃っている。部屋に入るなり録りためたニュースを流し、知らない単語が出ると即調べる。自分と普通に会話しながら常に情報を摂取していたのだ。
考えてみれば、彼女は何の話をふっても通じるし、知識量が半端ないなと感じるところがあった。これだけのインプットをしているのだ。だから、分かるのだ。どう描けば面白いのか、どう描けば人に伝わるかが。
「これ面白いよね。やっぱり○○が○○になる展開があると面白いよね。あの作品とかこの作品も同じ作りだもんねー」
「○○に興味あったからめっちゃ本買っちゃってw資料代で経費にするために連載にしたったwww」
絵の練習だとか、漫画の技術書を読むとか、そういう分かりやすい努力をしてないだけで、勉強しているのだ。物語を。知識を。
彼女は生まれ持ったセンスだけで勝負してる運のいい人。自分はずっとそう見誤っていた。それがひどく恥ずかしく、目の前が薄暗くなっていくのを感じた。
彼女は言った。
好きこそものの上手なれ。 昔の人は上手く言ったものだわ。