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なぜいま松屋フーズは“とんかつ”に力を入れるのか

ITmedia ビジネスオンライン 6月2日(木)8時25分配信

 松屋フーズの牛めし業態「松屋」に続く第2の柱、低価格とんかつ業態「松のや」の出店が加速している――。

 2016年3月期決算短信(連結)によれば、前期はとんかつ業態を中心に出店し、松のや23店、松屋4店の計27店を出店している。それに対して、松屋18店、海外その他業態1店が撤退。つまり、松屋が14店舗減る中、松のやは23店舗増えたのである。

 決算を見ると、売上高839億4700万円(前期比3.5%増)、営業利益36億8500万円(71.8%増)、経常利益37億7100万円(71.9%増)、当期純利益16億1900万円(150.7%増)。その前の2015年3月期では、売上高2.7%増、営業利益8.6%減、経常利益6.7%減、当期純利益6.4%減であったことからも、収益が上がらない松屋を閉めて、松のやに注力したところ、利益率アップにつながっていることが分かる。

 つまり、牛丼御三家の一角を占める松屋フーズの成長エンジンは牛丼ではなく、とんかつとなっており、大きくシフトチェンジしようとしているのである。

 日本の牛丼店の店舗数は、御三家で比較すると、2016年4月で「吉野家」が1188店、「すき家」が1970店、「松屋」が951店となっている。黒田東彦氏が日銀総裁になり、アベノミクスが本格始動した3年前の2013年4月には吉野家は1171店、すき家は1920店、松屋は996店だった。すき家が50店、吉野家が17店増えているのに対して、松屋は45店減っている。すき家は今も拡大路線にあるが、松屋はむしろ店舗を絞って利益を出す方向に転換したといえよう。

 一方で、松のやは3年前に36店だったのが、今は86店となっていて、50店増えている。3年で倍以上に増えており、成長が著しい。今回は、なぜいま松屋フーズが“低価格とんかつ”業態に力を入れるのか解説する。

●第2のブランド確立を狙う

 松屋フーズが、とんかつの分野に進出したのは、2001年に杉並区高円寺に出店した「チキン亭」から。チキンかつとカレーを安価に出す店だ。同社はチキン亭の店舗をとんかつ事業のカテゴリーにカウントしていて、とんかつも提供している。チキン亭は縮小しており、西新宿に1店のみ残っている状況だ。また、かつては「松八」という屋号のとんかつ店も存在していたが、「松乃屋」に変更された。現在、新規にオープンした松乃屋は「松のや」で統一しており、店舗リニューアル時に全て「松のや」に変更していく方針である。

 とんかつ業態に進出した目的は、関東であれば主要な駅の前に松屋が既にあるが、そのすぐ近く、場合によっては隣に良い店舗物件を見つけた際に、同じ松屋は出せない。そこで、ビジネスチャンスを逃さないためにも、第2のブランド確立が急務になっていたのだ。実際、松屋フーズの本社があるJR三鷹駅北口など、松屋の横にとんかつ業態が並んで出店しているケースも見受けられる。

 デフレの勝ち組で、一時期は御三家が200円台の値段で提供していた牛丼であるが、輸入牛肉の原材料費の高騰、消費者のプチ贅沢志向、そしてデフレ脱却を掲げたアベノミクスの経済政策を受けて、品質を上げて値上げをする方向に各社は転換している。

 松屋も2014年7月に「プレミアム牛めし」を導入し、並盛り380円で販売するようになった。実は関東以外の340店では、290円の「牛めし」が今も販売されているのだが、順次プレミアム牛めしに切り替えていくようになるだろう。

 チルドの牛肉を使い、チルド管理を徹底することで風味と鮮度を保ちつつ熟成が進むという技術を駆使。牛肉本来の旨味とやわらかさを追求したプレミアム牛めしは、ライバル会社も絶賛するほどの出来なのだが、導入以降の松屋はずっと客数減を単価アップで支える状況が続いていた。ただ、16年3月期の下期以降は客数が微増する傾向に転じているので、安いから食べに来ている顧客を失ってでも味が分かる人に来てもらえればいいと、松屋フーズの経営陣は腹をくくっていたわけだ。

 一方で「安さの表現を豚肉で」といった流れも牛丼業界にはあり、吉野家は今年4月1日より、約4年ぶりに「豚丼」を並盛330円で復活させている。牛丼の380円より50円安い。松屋もそのうち「豚めし」を復活させるかもしれないが、現状はとんかつという別の業態で安さをアピールしている。

●「低価格とんかつ」はブルーオーシャン。「かつや」にも勝ち目あり?

 松のやの定番メニュー「ロースカツ定食 並」の価格は500円(税込)だ。駅ビル、ショッピングセンターでよく見かける、代表的なとんかつチェーン「とんかつ和幸」(和幸商事)、「とんかつ 新宿さぼてん」(グリーンハウスフーズ)、「名代とんかつ かつくら」(フクナガ)などのとんかつの値段はベーシックなメニューで、1100円~1300円ほどとなっており、松のやはその半額以下で提供していることになる。

 このとんかつの価格破壊を顧客は歓迎している。松屋フーズも、価格が破壊されつくし、客単価を上げなければ業態の維持も困難になりつつある牛丼に比べれば、ブルーオーシャンだと捉えている。実際、「低価格とんかつ」は競合が少ない。この分野の開拓者は、アークランドサービスが展開する「かつや」であり、ライバルと考えられるのはそこだけだ。

 かつやは全国に321店を展開しており、直近13カ月は直営109店の全店、既存店ともに前年同月の売り上げを上回る好調さを保っている。現状、「かつ丼(梅)」(税込490円)を中心に商品構成しており、ワンコインでかつ丼が食べられるのを売りにしている。ベーシックな「ロースカツ定食」は120グラムで690円(同)だ。

 しかし、それに対して松のやのロースカツ定食は、90グラムとサイズは小さめとはいえ500円と安い。また、ロースカツに唐揚げ、ヒレかつ、海老フライ、ささみかつ、カニクリームコロッケなどを盛り合わせたボリューム満点の定食でも650~690円である。

 このように、先行するかつやとの価格を比較してみると、松のやには十分勝算がある。しかも、かつやに市場の限界が見えていないのだから、松のやにも大きな発展の可能性が見込める。

●とんかつのテイクアウト需要を追い風に

 松屋フーズの強みは、プレミアム牛めしで培ったチルドの技術が、とんかつにも生かされていることだ。米国産のチルドポークを使うことで、やわらかな食感、ほどよい熟成が表現できるようになり、冷凍では味わえないうま味を出すことに成功している。

 キャベツなど野菜にかけるドレッシングは、松屋のフレンチやゴマとは異なる、野菜の甘みが印象的なニンジンのドレッシングを開発。かつの油を切る、さっぱりした味わいとなっている。また、壺漬けをお口直しとしてカウンターに常設しており、松屋の紅ショウガとは役割が異なっている。

 「松のやは松屋とは違ってクイックに商品を出せません。ですから、ロードサイドで40席ほどある、テーブル席の多い店が主流になっています。ファミリーのお客様が多いですね。地域にもよりますが、松屋のように駅前でカウンターがメインで20席ほどあり、サラリーマンのお客様が多いというイメージとは違っています」(松屋フーズ・人事総務部の岩田幸恵氏)

 松屋フーズの出店戦略としては、駅前は松屋、ロードサイドは松のやと使い分けていく方向性なのである。また「既に松屋が出ている場所の近くに松のやを出す」というのもあるだろう。その逆もまたしかり。

 松のやのもう1つの特徴はテイクアウトの顧客が多いということだ。これはとんかつ業態全般にいえることで、和幸やさぼてんはテイクアウト専門の店があるほどだ。

 松のやもテイクアウト専用のコーナーを設けて、そのニーズに応えている。揚げ物は面倒だから、家庭の主婦は専門店で買って食卓に並べる傾向が強くなっている。とんかつは料理するものではなくて、買ってくるもの、もしくは食べに行くものといった意識が強くなってきているのだ。この傾向が続く限り、松のやの快進撃はまだまだ止まりそうにない。

最終更新:6月2日(木)8時25分

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