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唯時@Blog

グローバル引きこもりが引きこもったまま社会復帰をめざすブログ!

ニュースの価値

最近いろいろ思うところがあって、いろいろテレビを見ることにしている

予はテレビというと、普段はCSでやってる英語の放送しか見ないんだけども、ようはNHKとか民放を見ています

けっこう新鮮です

ものすごい大げさな事をいうなら、ちょっと外国に行ってるような感じがある

例えば外国に旅行に行ったとすると、テレビをつけたら映るのは当然外国の放送なわけだよね

予のテレビには普段英語の放送ばっか映ってるけど、地上波にチャンネルを変えると日本語の番組が映る

日本に住んでるんだから当たり前だけど、普段地上波の番組を見てないとそれが新しく感じる

 

それで、テレビと言ってもさまざまな番組があるわけだけれども例えばニュースというのもありますね

そういうニュースをみて気づいた事

ブログをやってるから当然、ニュースを見るとなんか書きたくなる

そこで気づいたのは、その書きたくなる内容がどういうものかを考えるとなんだか批判的なものが多いことに気づいた

なんかこう、内容が明るいものではないんだよね

ブログの話題とかもいろいろあるけど明るい話題と暗い話題があったら、まず暗い話題の方を書きたくなっちゃうのが面白いと思った

それはまあ予のキャラもあるだろうけれども、もしかしてニュースというのはそういうものなのかもと思う

 

ニュースというのは、明るいニュースより暗いニュースのほうが多いと思う

考えてみたら暗ければ暗いほど重要なニュースだもんね

重要な事から報じてたら暗いニュースばっかりになってしまう

もちろん番組にもバランスというものがあるんで明るいニュースもいろいろ報道するわけだけど、明るいニュースというのは暗いニュースと比べて重要じゃない事が多いからあんまり印象にのこらない

明るいニュースがあったとしても、物事には大抵二面があるからさ、いろいろネガティブな事も考えられるわけじゃん?

明るいニュースというのはよくよく考えるとそんなに明るいものでもない事が多い

なので明るいニュースを見て100%明るい気分になるというのは問題なわけ、だってそれは批判力ゼロだって事だからね

 

よく、テレビとか雑誌なんかからは距離を置いた方がいい、という話を聞くじゃん

マスメディアからというより、ニュースから距離を置いた方がいいのかもね

まあ正直、個人個人が問題意識を持ったところでどうしようもないからね

個人個人を見ると、問題意識を持ったからと言って正しい認識が出てくるとは限らないところに難しさがあると思う

民主主義のコストだよね

 

おわり!