【実施も大事。でも決定の方がもっと大事〜消費増税の決定〜】
消費税率10%への引き上げをいつにするかが懸念されている。
市井の人々にとっては一番目につくわかりやすい税であり、その判断はセンシティブになる。政治家の誰しもが有権者を目の前にして「増税を決定した」とは言いにくいかも。10年、20年、後になって振り返ると歴史的な評価は定まるかもしれないけど、目の前の票が滑り落ちる。
さて、此の期に及ぶと上げること自体はよほどのことがない限り必須であって、「いつ上げるか」がカギになる。
宇南山准教授は、実は税率引き上げ時期よりも、引き上げをアナウンスするタイミングから消費変動はスタートするということを、前回2014年の検証結果を元に説く。
確かに企業や自治体などの大組織でも、「企業同士の合併」とか大きなイベントも、「合併期日」よりも「合併するよと発表した日」の方が社内外での変化は大きい。消費行動とは趣旨が違うかもしれないけど、例えば株価の変動なんて、合併日よりも発表日の方が大きいし。
「決定」して「発表」する。決まってしまえばあとは粛々と実行するのみと考えると、手前の決定こそがインパクトは大きい。
消費税率は果たして予定通りに来年春に上がるのか。
それによって今関わる仕事の状況も変わったりするので注目するが、消費税に限らず大きな意思決定が与える影響は、その手前にあることを忘れないようにしたい。
【20160523日経 宇南山卓一橋大学准教授による経済教室 消費増税の実施時期と決定過程】
・日本の消費税は非課税品目が少なく単一の税率が適用されており、小売価格への転嫁が強く要請されている。したがい消費税率引き上げが告知されると税率引き上げ幅と同率の物価上昇が予期される。この予期された物価上昇が消費に与える影響は、経済学における標準的な消費の決定理論「ライフサイクル仮説」に基づいて考察できる。
・ライフサイクル仮説では①生涯での消費の合計は生涯所得と等しくなる②家計は消費の変動を避ける性質がある、ことが仮定される。さらにこの仮説によって、消費税率引き上げで最適消費が二つの経路を通じて恒久的に低下することがわかる。
・第一に生涯所得低下によって消費が変化する所得効果。税率引き上げで物価が上がれば、他の状況が一定なら実質生涯所得は低下するため、生涯を通じた予算制約を満たすために消費も低下する。
・第二に相対物価が変化することで消費のタイミングが変化する、異時点間の代替効果。 物価上昇が予期されると、物価が低いうちに消費をしようとするので物価上昇までに相対的な消費水準が高まり、税率引き上げ後は消費水準が低くなる。ただし、いわゆる駆け込み需要は購入タイミングのために「支出」を変化させるが「消費」は変化させていない。駆け込み需要による支出増加は増税実施後の反動減で調整され長期的な消費水準には影響を与えないので分析の対象外とする。
・所得効果と異時点間の代替効果は消費税率引き上げに対する反応だが発生時期は異なる。所得効果は税率引き上げの告知と同時に発生して消費水準を下げる。一方、異時点間の代替効果は増税実施後に消費を低下させる。
・この仮説を2014年の消費税率8%への引き上げ時の家計調査個票データを元に検証した。税率引き上げのアナウンスを13年10月1日の安倍首相の記者会見と設定し、14年4月の増税実施時点と合わせて消費変化を計測した。結果、13年10月に4.1%、14年4月に1.0%低下し、合計5%落ち込んだことになる。税率3%の引き上げと比べると5%落ち込みは過大に見えるが、13年10月時点で10%引き上げも予定されていたので、引き上げ幅5%に対して同等の消費現象が起こったことになる。つまりライフサイクル仮説を支持する結果となった。
・同様に97年の税率5%引き上げ時の数値も検証した結果も踏まえると次の3つの政策的合意が導ける。
・第1に相対物価の変化によて消費のタイミングはそれほど変わらず、実際の消費税率引き上げそのものは消費に影響を当てない。逆にアナウンスをした場合は、たとえ引き上げ時期を延期しても消費回復は望めない。
・第2に消費の急激な変化を避けるには、税率に関する大幅な情報更新を避けること。長期的な税制変更スケジュールを示し、着実に実施していくことが望ましい。
・第3に、正確に消費の状況を判断できる適切な消費の指標を観察することが重要であること。
いずれにしても不要な消費の変動を避けるには、 実施時期よりも引き上げ決定のプロセスに十分に配慮することが不可欠だ。