
書き出し小説とは、書き出しだけで成立したきわめてミニマムな小説スタイルである。
書き出し小説大賞では、この新しい文学を広く世に普及させるべく、諸君からの作品を随時募集し、その秀作を紹介してゆく。(ロゴデザイン・外山真理子)
天久聖一(あまひさまさかず)
雑誌、ネットを中心にいろいろやってます。
著書に「バカドリル」「ブッチュくんオール百科」(タナカカツキ氏と共著)「味写入門」「こどもの発想」など。最近は演劇関係のお仕事もやってます。
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おかえりベッキー!そして朗報です!
書き出し小説単行本第二弾の情報がついに解禁!前作と同じく新潮社より6月30日発売予定です。そして今回は収録された作品の中の一本がそのままタイトルになります。そのタイトルは!
挫折を経て、猫は丸くなった。 書き出し小説名作集
です。タイトル作者はもんぜん氏。書名に猫を盛ることで勘違いしたOLさんが少しでも買ってくれますように!という浅はかな願いを込めました。発売まで楽しみにお待ち下さい。それでは今回もめくるめく書き出しの世界へご案内しましょう!
書き出し自由部門
限界まで水を吸ったスポンジを、そっと置いた。
TOKUNAGA
悔しくて悔しくて、指輪を肌色に塗った。
偶数の指達
肩の上の息子が揺れる。ヘリコプターに手を振っているのだ。
紀野珍
ハムスターが滑車を回している間だけ部屋の電気が点く。
くのゐち
「昔、身体弱かったんですよね」という絶倫。
五月雨のパンツ
苦労話を催促されると母はいつだって元気を取り戻す。
流し目髑髏
詰めた小指を小瓶に入れて、組まで届きそうな潮を待っている。
義ん母
嬉しくなる公衆便所の臭さだった。
桃アパートおばけ
その坂をまっすぐ下っていくと、私がひかれた踏切がある。
東ことり
焦れったさ、モヤモヤ、もどかしさ、しかしそれが文章になるとなんとも印象に残る。TOKUNAGA氏「水を吸ったスポンジ」は読むだけで思いっきり握りつぶしたくなる。偶数の指達氏「肌色の指輪」は想像すると盛り上がった皮膚のようで指の根本が痒くなる。紀野珍氏の作品は肩から落ちそうな息子にハラハラ。ろっさんの星占いは中途半端な順位にイライラ。ビールおかわり氏、硬球は投げつけたのだろうか。握ったまま払っている様子を想像するとこれもイラっとする。xissa氏のコガネムシ、ああ苛つく……。文章表現はふつう感情の共感を求めるが、こうした生理的な共感はさらに即効性がある。読み手にどんな感覚を与えるか?美文名文を狙うよりまずはそこから考える方法もあるのではないだろうか。桃アパートおばけ氏、人間も動物と考えればマーキングの匂いに嬉しくなることもあるかもしれない。東ことり氏、そこはかとないホラーな印象。みぃるん氏、なにげない問いかけにドキっとさせられた。
つづいては規定部門、今回のモチーフは「元彼、元カノ」だった。こちらもひと筋縄ではいかない微妙な感情が集まった。
書き出し規定部門・モチーフ「元彼、元カノ」
幸せになって欲しいけど、私より幸せにはなって欲しくない。
夏猫
迷子センターの放送から流れてくる特徴が、元彼と完全に一致している。
五捨六入
フェイスブックが「知り合いかも?」と過去を掘り返してくる。
83番
私の元カレという肩書きでアイツがテレビに出ている。
かわいい寝顔
この墓も、その墓も、あの墓も、わしの恋人じゃった。
ろっさん
「甲子園の土あるけどいる?」元カレからLINEがきた。
おとぎ坊主
君にできなかったことを、いまの相手にしている。
まじいい
タイムマシンに乗って元カノと名乗る女がやってきた。
83番
LINEのゲームの成績で、何となく元カノに今彼氏がいないことを推測。
samuraimajor
もう君は上書き保存をしただろう。僕はまだゴミ箱にすら入れていない。
ホウソウブ
掃除機がカラカラと何かを吸い込んだ。何かはわからないけど、反射的に、彼女の音だ、と思った。
紀野珍
悩みを打ち明けた元カノは、二つ目のデザートを注文した。
TOKUNAGA
元カノのミニタオルは、吸うアイスを持つ時用に残している。
松っこ
元ヤンであり、元彼であり、元町長が更迭されていく。
井沢
鍵が換わっていたので諦めた。
プレミアムバザー高田
復縁カフェは、結果的に浮気の巣窟になった。
東ことり
性病をどちらがうつしたかは、永遠の謎となった。
g-udon
元気ですか?新しい恋人はできましたか?あなたと一緒に飼っていたトイプードルが今日土佐犬を噛み殺しました。
トニヲ
今回の応募作でもっとも人気のあった家電が冷蔵庫だった。夏猫氏「幸せになって欲しいけど〜」すごく正直な言葉。しかしいったいどんな別れを経ての言葉なのか気になる。相手に好きな女性ができ、潔く身を引いた立場だろうか。いっそ浮気なら恨めるけれど正直に打ち明けられると物わかりのいい風にするしかない。あるいは逆に彼女が振ったのかもしれない。自分から別れてなおそう思うのも女のリアルな心情かもしれない。
83番氏「フェイスブック」samuraimajor氏「LINE」など、現代ならではの事情を反映した作品も多かった。SNSの一番の弊害は、この元彼元カノ問題ではないだろうか。一般的には女性に比べ男の方が未練を残すと言われているが、全体を読んでもなんとなくそういうニュアンスを感じた。その中にあってホウソウブ氏の「最低でも一人必要なんだぞ」が切実過ぎて泣ける。そして笑えた。
それでは次回のモチーフを発表する。
書き出し小説の採用作には毎回数本「バカ」を感じさせる作品が入っている。これは選者である私の好みかもしれないが、とにかく読んだ瞬間「バカだな〜」と感じる作品がいちばん気持ちいい。もっともバカといってもいろんな種類があり、あらためて考えると奥が深いモチーフかもしれないが、今回はなるべくストレートに破壊力のある作品を募集したい。締め切りは5月27日正午、発表は29日を予定している。下の投稿フォームから自由部門、規定部門を選択して送っていただきたい。力作待ってます!
最終選考通過者
kwsk/たこフェリー/NCハマー/アビ太郎/いいその やすお/みぽりん/其の海/ポパイ/高橋キヌ子/ヘリコプター/いがそ君/人が生きてる/トミ子/茂具田/ウチボリ/