第16回】研究者に医者、新たに情報系 数学五輪の天才の進路に“異変”

数学の若き天才といえば、よく耳にするのが「数学五輪」の出場者だ。彼らは卓越したスキルをどこで生かしているのか。進路をたどると、数学をめぐる最先端の動きが明らかになった。

 「実は、世界大会で金メダルを取ったときより、日本代表に初めて選ばれたときが一番うれしかったですね」

 こう話すのは、現在、東京大学大学院数理科学研究科博士課程に所属する関典史さん。関さんは2007年と08年に国際数学五輪に出場し、それぞれ銀、金メダルを獲得した。まさに数学の天才だ。

数学五輪金メダリストの関さんは、数学オリンピック財団の委員も務める。
Photo by J.M.

 誰もが一度は耳にしたことがある数学五輪だが、世界大会へのハードルは高い。国内の予選で3000人から約200人に絞られ、本選で約20人に。その20人が国内合宿を行い、最終的に6人だけが代表になれるのだ。

 数学五輪は、高校生以下であれば出場できるため、関さんは中学校時代から出場し続け、高校2年生で見事世界大会に駒を進めた。「当時は日本代表になる方が世界でメダルを取るより難しかった」と関さん。その言葉通り、世界大会ではメダル獲得を果たした。

 大会では、金メダルは上位12分の1に与えられる。日本は1990年から出場していて、延べ36人が金を受賞している強豪国だ。

 中には、中学時代から4、5回の世界大会出場を果たしたり、3年連続で金メダルを獲得した「猛者」までもが存在する。

 海外では数学五輪出身のフィールズ賞受賞者も多数おり、まさに若いころに数学スキルを鍛える大会としての存在感は絶大だ。

 では、そんな数学五輪出身者はその後、どんな進路を歩んだのだろうか。数学オリンピック財団によると、当然、6割以上が大学で数学を専攻しており、そのほとんどが東大に進学している。

 注目は、医学部に進学する出場者も2割近くいること。関係者は「能力を医学に生かす人もいるのだが、難易度が高い学部を受けてほしいという家族の理由で進学する人もいる」と打ち明ける。その場合、途中で数学科に編入する場合も。

 「自分は、医者には特に興味がなかったし、好きな数学か物理がやりたくて、東大理1に進んだ」と関さんは話す。

 大学卒業後も、関さんのように数学の研究者や、医者になる出身者が大半だ。

 数学の研究者ポストが減る中、全員が研究者になる時代ではなくなってきた。「数学が進み過ぎて、現実と懸け離れたため、国も評価できなくなって予算を減らしているのだろう」。

 このため、純粋数学で王道の整数論の研究を続ける関さんも、今は企業への就職も検討している。

 「自分は元から人と話すのも好きで、社会に出るのが向いているかもしれないと思っていた。金融業界の先輩と話して、『クオンツ』の話などが出て、一度全く別の世界に振り切ってみるのも面白そうと感じている」と、今は広く金融業界での情報収集をしている。

 一方で産業・ビジネス界では数学の能力を必要とする業界が増えていく。関さんは「金融で、すぐに今やっていることは直接生きないだろうが、計算処理能力や論理思考はかなり役に立つ」と、思いを巡らせる。

 06年以降、実は、数学五輪出場者には、大きな“異変”が起きている。出場者の多くが、同時に国際情報五輪という別の世界大会にも出場し始めているのだ。

情報五輪にも出場 光が当たり始めた数学スキル人材

 「同世代の数学五輪OBには、情報五輪に出場し、コンピュータサイエンスを研究したり、IT系に就職する人も多い」と関さん。

 情報五輪は、コンピュータのプログラミングの速さを競う大会だが、数学五輪のスキルがどう生かされるのだろうか。

秋葉氏(右)はプログラミング世界大会での実績多数

 「自分が情報五輪に出場したときは、プログラミングに絶大な自信を持っていたのですが、プログラミングを覚えたての数学五輪出場者に負けたんです」と説明するのは、現在トッププログラマーとして国内外で知られる国立情報学研究所の秋葉拓哉特任助教だ。

 「プログラミングは、アルゴリズムを表現する具体化の作業。アルゴリズムが良くないと、プログラムだけやっても遅いまま。そして良いアルゴリズムには、職人芸ともいえる数学の応用が必要です」と秋葉氏は説明する。数学五輪の問題には、情報分野で必須の離散数学の「組み合わせ」などの出題が多いことも相性の良さを物語る。

 実際、下図のように、数学五輪出場者は軒並み、情報五輪でもメダルを獲得している。秋葉氏や数学五輪で3年連続金メダルを取った副島真氏のように、世界のプログラミングコンテストで、メダルを取る人も出始めている。

 「第11回 トヨタも気付いた突破力 数学ビジネス活用の最前線」でも紹介したプリファード・ネットワークスの岡野原大輔副社長は、「日本はこの分野で、常にロシア、中国と争う世界3位に位置している」と指摘する。

 このため、東大で学部時代は数学科に所属し、大学院では、情報分野に転籍する人も少なくない。「数学の研究には、気の遠くなる積み重ねが必要だが、歴史の浅いコンピュータサイエンスの分野だと、数学的なひらめきで最新の研究結果が出ることもある」と、関係者の一人は打ち明ける。

 これまで見てきたように、データ量が爆発するデジタル時代に、世界では、数学スキルを持った情報分野の人材がこれまでになく必要とされている。「グーグルやマイクロソフト、フェイスブックは、基礎研究にも人をつぎ込みまくっている」と国立情報学研究所の河原林健一教授は指摘している。

 秋葉氏も「強いアルゴリズムを作れる人がいるだけで100万倍はスピードが違う」と話す。

 だが、日本を見ると、アルゴリズムを設計できるこうした人材の活躍する場がほとんどない。例えば膨大なデータはIT業界には必須なはずだが、基幹のソフトウエアは米オラクルなどの海外が担い、日本のIT系企業は「ITゼネコン」なのでいわば下請けだ。

 このため、トッププログラマーは「つい最近までは、全員をグーグルに持っていかれていた」と、関係者は口をそろえる。人材の価値を理解するグーグルは新卒でも年収1000万円以上を提示し、囲い込みに来るのだ。

 だが、グーグルに就職しても日本法人でくすぶる人材も多い。河原林教授は「国内でもっと彼らがクリエーティブに活躍できる場が必要だ」と、若手が世界で活躍できるプロジェクトを進めている。

 ようやく、国内でも人材の受け皿が出始めてきた。プログラミング大会を開催するAtCoderの高橋直大社長によると、「米求人検索サービス『インディード』を買収したリクルートや、人工知能開発を進めるドワンゴ、プリファードなどがアルゴリズム開発者を多く雇用し始めている」という。

 また、モノづくりでも数学スキルを持った人材に目を付ける動きが。大手では、NEC研究者採用で工学系から数学・物理など理学系の人材確保にシフト。また、東芝の半導体など向けのソフトウエアを設計するフィックスターズでも、数学的プログラマーたちを雇用する。同社の田中伸明氏は「プログラミングを生かせる企業として選んだ」と話している。

 世界では、刻一刻と、新たな基礎研究が進む。グーグルでのインターンも経験した岡野原氏は「特定のスキルでなくとも、数学の基礎スキルを持った上で、問題解決の能力、経営の素養がある人材が必要になってくる」と言う。

 デジタルの時代、企業は数学スキルを持った天才たちの存在に一刻も早く気付くべきだろう。

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数学こそは究極の武器である。さまざまなビジネスの現場で問題を明らかにし、分析し、判断を下す。数学の素養、数学的思考はその強力な道具であり、力強い味方となる。企業にとってもしかりだ。数学はカネを生む。世界のビジネスの最前線で存在感を放ち...もっと読む

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t_tetsuma 数学五輪を盛り上げる動き https://t.co/ofTbIOELOD 13分前 replyretweetfavorite

tabunya_A2 【 第16回】研究者に医者、新たに情報系 数学五輪の天才の進路に“異変” https://t.co/mESvg9VBIr 【O】 約5時間前 replyretweetfavorite

miwachan_info メチャメチャ真っ当な進路選択に見える。かつての大学数学科以後の選択が、早熟な高校生に下りてきただけ、というか。 約10時間前 replyretweetfavorite

ossyaritoori 「特定のスキルでなくとも、数学の基礎スキルを持った上で、問題解決の能力、経営の素養がある人材が必要になってくる」 https://t.co/phEFSDbpJr 何を今更… 約11時間前 replyretweetfavorite