3.11から変わった熊本地震でのネットの空気
おぐらりゅうじ(以下、おぐら) 前回の配信から一か月以上も間があいてしまいました……。
速水健朗(以下、速水) その間、誰からも「連載終わったんですか?」のひと言もなかったな。みんな「いつも読んでるよ」とは言うくせに。実は、担当編集者がさぼってただけなんだけど。
おぐら 僕は言われましたよ。「どうして更新されないんですか?」って。いろんなことがありましたからね。
速水 ショーンKさんの不倫問題*1に乙武洋匡クンの経歴詐称問題*2。などなど。
*1 事務所よりお詫び - SUNDAY Official Web
*2 『週刊新潮』の報道について - ototake.com
おぐら それ、逆ですけどね。ショーンKさんが経歴詐称で、乙武さんが不倫です。
速水 まあいいじゃん。みんなもう忘れてるよ。小保方さんが出た日清のCMが中止になったり*3。ベッキーがSTAP細胞つくったり。
*3 朝日新聞デジタル - 矢口さんら出演のカップヌードルCM中止、日清が謝罪文
おぐら いつか「人物名と関連する出来事を正しく組み合わせなさい」みたいな問題が作られそうです。
速水 乙武クンは、その後に開いたパーティの名簿が流出だっけ?
おぐら 流出したのは、パナマ文書の租税回避者リストです*4。
*4 東洋経済ONLINE - 世界を揺るがしかねない「パナマ文書」の衝撃
速水 いろいろあったけど、今回は、やっぱり熊本の地震と、それをめぐるネットの反応について話そうか。「不謹慎狩り」なんて言葉が生まれてるけど、3.11の時とは明らかに空気が違うよね。
おぐら 芸能人がSNSに笑顔の写真を載せたら不謹慎だと叩かれ、告知をすれば状況を見ろと叱られ、お金を寄付したと言えば好感度を上げるためのアピールするなと批判され……。いや、ほんと異常だと思います。
速水 井上晴美がブログで自宅が全壊したことを書いたら、「愚痴りたいのはお前だけじゃない」っていうコメントがきたとか、長澤まさみが笑ってる写真をインスタに上げただけで炎上とか。
おぐら 何がおそろしいって、そういう書き込みをする行為自体が悪いのは当然として、受け取る方も、ネガティブな話題を探すほうに流れているような風潮を感じるんですよね。
速水 ネガティブを探すって、どういうこと?
おぐら 最近のSNS、とくにツイッターは、何かおもしろいことや有益な情報を手に入れるためじゃなく、誰かの問題発言や不祥事を探すためのツールになっている気がします。
速水 あぁ、炎上案件をわざわざ探しにいくような。
おぐら 「不謹慎狩り」が異常なのは前提として、その一方で「”不謹慎狩り”狩り」を楽しんでませんか?というのは改めて問い直した方がいいと思います。それを直感したのは、「熊本 地震」の検索関連ワードに「デマ」「批判」「不謹慎」「炎上」といったネガティブな言葉がずらっと並んでたときで。
速水 ネットが普及し始めた初期の頃、何が楽しかったって、社会のネガティブなことを探すことだった。2ちゃんねるもそうだし、マルチや新興宗教にハマってる人とか、そういうのを見てるだけで、自分はこいつらに比べて利口だなって、安心していた時代があるよ。だから、わからなくはない。ネットの本来の存在意義は変わってない。
おぐら むしろ原点回帰というか。芸能人でもミュージシャンでも、ある程度メジャーになってファンの人たち以外にも広く知られるようになると、エゴサーチやリプライでまともな反応は見つけにくいって聞きますからね。妬みなどの悪口はもちろん、容姿についての意見や誰と付き合ってるとかの噂ばっかりで。
速水 もともとネットってそういうもんだから。ツイッターにまともな批評を望むほうがおかしいとも言える。
おぐら 前に聞いた話でヤバいなと思ったのは、入手困難なコンサートのチケットが抽選で当たって、その喜びをSNSに書いたら「傷つきました。手に入らなかった人の気持ちも考えてください」みたいなコメントがきたって。
速水 俺も虚言癖について書いたら、「あなたはちゃんと精神分析学の学位を取ってるんですか?」的なリプライが来たりした。
おぐら あとは、叩いてもいい人認定。一度でも批判の対象になってしまうと、何をしても叩かれるっていう。
速水 マスコミ、中でもテレビが完全にそうなってる。震災でいうと、ヘリコプターの問題をはじめ、マスメディアが震災の救助を邪魔しているっていう物語はみんな大好きだよね。マスコミの失点が一番おいしいおやつみたいな。
おぐら いわゆる「マスゴミ」的な物語を、捏造してでも広めますよね。
速水 たださ、そういう炎上で興味深かったのが、平子理沙のブログで炎上したからIPアドレスを調べたら、6人しかいなかった問題。ノイジーマイノリティが騒いでるだけだった。ネット上で震災報道に対して炎上して見えてても、実際抗議の電話する人ってどれくらいいるかわからないよね。ネットの炎上って、そういうもんだって思うしかないのかも。
おぐら 炎上すると、一体どれだけの人が加担しているのか想像がつかないですけど、実はものすごい少数の人が騒いでるだけ、というケースは多々ありますよね。この4月に勁草書房から『ネット炎上の研究』という本が出たのですが、帯には「炎上参加者はネット利用者の0.5%だった」と書いてありました。
速水 どういう人たちが炎上させていたのか、象徴的だったのが、紗栄子の件。義援金を振り込んだ紗栄子にツイッターで突っかかっていった奴がいて、それをある評論家がたしなめたのね。突っかかっていった奴が「偽善」だって言ってて、評論家は、お前の批判によって彼女が義援金を撤回したら地元の損失を担えるのか、って突っ込んだの。
おぐら 暴論におもいっきり正論で打ち返しましたね。
速水 そうしたら、自分が被災地に寄付しないのは、自分に余裕がないから。親からお金をもらって生活しているから、親に確認しないと寄付はできないとか書き始めて。
おぐら 気持ちは同じだったのに、紗栄子とあまりに境遇が違いすぎた……。
ネットでの評価に満足せず開き直れるか問題
速水 ネットの批判の解決策って相手にしないに限るんだけど、一方で批判を受けきるっていう選択肢もある。たとえばプロレスだと、新日本プロレスの内藤哲也という選手がいるんだけど、彼はずっとファンからブーイングされ続けて、あまりウケがいい選手じゃなかった。でも次第にファンもブーイングすることが楽しくなっちゃって、それを受けきった末に、今は誰からも愛される選手になったの。こないだついにIWGPヘビー級チャンピオンになったんだけど、みんな拍手喝采だった。嫌い嫌いは好きのうちなんだよね。
おぐら ショーンKも最初はさんざん叩かれてましたけど、しばらくすると擁護者も出てきてましたよね。学歴がないのにあれだけの知識があるって実はすごくにない? それってめっちゃ努力家なのでは? 輝かしい経歴の持ち主じゃなかったってことは妬んで叩く必要なくない? っていう空気になっていきました。
速水 うん、あそこまで登りつめたところからドーンと落ちたことで、ネットの人たちが仲間になった。
おぐら ネットの仲間意識でいうと、僕らのいる業界でも、原稿は別におもしろくないのに、ツイッターやブログによってネット上に支持者がいて人気のある人たちが売れていく現象が、最近とくに目立っている気がします。
速水 ネットで注目されて本を書いたりっていうのは、もう新しいことではなく、ここ10年くらいはそれが当たり前になってる。俺もブログ出身ライターなので、完全にそっちの側なんだけど、炎上しながら存在感をキープするみたいなゲームには、全くついていけない。
おぐら そういう人を見ていると、余計なお世話であることは百も承知で、ツイッターでファンと交流したり炎上に加担したりしてないで、原稿やれ! おもしろい原稿を書け! って思っちゃうんですよ。本業はどっちなんだ!?って。
速水 ネット時代は、求められているものが可視化されているように思っちゃうので、そこに向かって球を投げるコミュニケーションが物書きのすべき仕事のように見えてしまうけど、それは罠だからね。ネットでは人がいそうに見える場所に球を投げたのに、本にして書いてみたら、そこには、たいして読者はいなかったり。これは、ネットで話題になった『【東京女子図鑑】~綾の東京物語~』の話ね。
おぐら 年齢や職業別に生活する街を分類したうえで、その街にいそうな女性の生き様をエッセイふうに書いた『東京カレンダー』の連載ですね。
速水 本になったことは、あまり話題になってない。
おぐら あれはSNSでの共有を前提とした、ネタとしての盛り上がりでしたから。そう考えると、不謹慎狩りも、一部の人たちが完全にネタとしてやってる可能性もありそうですね。別に不謹慎だなんて思ってなくて、たんにブームだからってノリで書き込んでいるだけ、という。
速水 『TIME』誌のパーソン・オブ・ザ・イヤーで、2ちゃんねらーが悪ふざけで田代まさしに投票して、ビンラディンや当時のブッシュ大統領をおさえて1位になった時みたいな。
おぐら まさに。あと、今のネットの感性をうまく捉えて作品に昇華したのが、オリエンタルラジオの「PERFECT HUMAN」や、岡崎体育の「MUSIC VIDEO」ですよ。前者はボケ、後者はツッコミと対照的ではありながらも、完全に計算のうえで、とことん分かりやすく、とにかく道化に徹する、っていう。
速水 そういう開き直りって日本だけの時流じゃなくて、オバマ大統領でさえ自虐動画を上げてる*5。大統領やめて暇になるからどうしようってネタで、自分で運転しないといけないから、免許交付の窓口に行ったら、出生証明の提示を求められてしまうっていう(笑)。
*5 BBCニュース - 大統領でなくなったら何をすれば……オバマ氏の自虐ビデオ
おぐら 大統領を辞めたあとは、その知名度を活かしてユーチューバーになれば余裕でやっていけます。
速水 アカデミー賞の授賞式でクリス・ロックが人種、男女差別をジョークにしてしゃべるのも、このオバマのスピーチもさ、アメリカ人って、差別ネタを絡めたジョークを言うことに命かけてるよね。なぜかっていうと、この国では表現の自由が守られているということをアピールするためにやってるの。
おぐら なるほど。アメリカでも「不謹慎狩り」みたいなことはあるんでしょうけど、それとあえて戦うのが大事だと。
速水 戦うべきでしょ。今のネットの何も言えない空気ってまったく健全な気がしないよ。
おぐら 速水さんも戦ってくださいね。まずは、レギュラーのラジオ番組でSMAP『SHAKE』とかかけてください!
速水 え、それは、不謹慎じゃ……。