食べログ的評価と「青春パンクをバカにするな問題」
大谷ノブ彦(以下、大谷) ちょっと僕、今回は柴さんに聞いてみたいことがあって。
柴那典(以下、柴) おっと。なんでしょう?
大谷 音楽の評価って難しいというか、音楽の「いい」「悪い」って、簡単に言えるものじゃないんじゃないかなって。
柴 おお、けっこうヘビーな問いですね……。どうしたんですか急にまた。
大谷 いやね、最近マキタスポーツくんが「背景食い」という言葉を使ってて。僕もそれほんとあるな、って思ってるんですよ。
柴 「背景食い」ですか?
大谷 つまりね、食べ物のおいしいかまずいかって、それぞれの人の「背景」、つまり思い出や思い入れでずいぶん変わってくると思うんです。
柴 あー、それはわかる気がします。
大谷 例えばね、僕は一番好きなラーメンが吉祥寺のホープ軒なんです。そこは僕がまだ芸人始めたばかりのすごく貧乏な時に、同棲していた彼女とよく行ってた店で。深夜に三鷹から吉祥寺まで歩いて食べに行って、その道中に僕は将来の夢を語っちゃったりして、彼女はニコニコしながらそれを聞いてくれてたんですね。二人で肩をすぼめて食べていたご馳走だから、そこのラーメンは僕にとって特別なんです。
柴 おお、いい話。
大谷 だからあの店に後輩は絶対連れてかないんです。下手に連れてって、ただ味だけを評価されるのが本当に腹が立つんですよ。思い出に土足で入ってこられた気がして。
柴 確かに特別な思い入れのあるものをよく知らないヤツに勝手に評価されるのってすごくイヤですよね。つまり自分にとっての本当のおいしさは、食べログのような他人の評価では測れないんじゃないか、という。
大谷 そう!
柴 僕も、スイーツがすごく好きなんですよ。
大谷 へー、柴さんスイーツ好きなんだ。
柴 だから食べログには言いたいことがたくさんあるんです。僕の好きな店にかぎって「私には甘すぎてイマイチ。2点」とかつけるヤツがいる。そういうのを見ると「いや、そもそも甘いもの食べに行ってるんだろ!」って憤りが(笑)。
大谷 スイーツは甘いものだろと!(笑)
柴 まあ、個人の好みはありますからね。でも、そもそも自分の好きなものに、他人の評価を気にすること自体、果たして必要なのか、と思ってしまう。
大谷 それって音楽も同じこと言えません?
柴 うんうん、音楽はグルメよりも、聴く人それぞれに背景や好みがありますからね。結局のところはそれが左右するところが大きいのに、音楽の良し悪しを評価する必要があるのかということですね。
大谷 これに気づいたのはもうひとつあってね、「青春パンクをバカにするな問題」なんですよ。
大谷 柴さん、青春パンクって聞いてました?
柴 ロード・オブ・メジャーとか175Rとかですよね。実は僕も通ってないです。
大谷 でしょ? ロキノン系のライターの人たちも、その辺なかったことにしてるでしょ?
柴 たしかに当時の原稿で「低俗な青春パンクと違ってこの曲は素晴らしい」みたいなこと書いてました。
大谷 それ! それそれ! 僕なんかめっちゃ悪口言ってましたからね!
柴 え!? 大谷さんも?
大谷 いや、すっかり忘れてたんですけど、こないだカミさんに聞いたら、「ラジオであんたすごい悪口言ってたよ、『10代のみんな、あんなの聴いちゃダメだ!』って」と言われて(笑)。
柴 確かに青春パンクって、それ以前のパンクロックを好きな人から見ると、ちょっと安っぽいというか、まがいものっぽいところがあって、そういうところがバカにされる風潮があった。
大谷 でも、あの時代に青春パンクを現役で必要としていた10代の子たちにしてみれば、そんなの大きなお世話じゃないですか?
というのも、ジャパハリネットの『贈りもの』という曲を初めて聴いたら、すごくいい曲だなと思って。
柴 これはまさに青春パンクど真ん中のストレートな曲調ですね。
大谷 でもこのメロディー、よくできてるんですよ。歌詞も男性側と女性側からの両方から書かれていて、これがまたいい。こんなにいい曲なのに当時はちゃんと聞きもしないでバカにしていた。
柴 なんで今になって急に大谷さんはこの曲が響いたんですか?
大谷 今一緒にやってるスタッフが25、6歳なんですけど、彼らがまさに青春パンクを聴いてきた世代なんですよ。そいつらがこの曲を「めちゃくちゃ好きでした」って口々に言ってて。で、その時の恋愛の話とかするんです。そういうのも込みで曲を聴いたら、43歳の僕にもリアルに響いてしまって。
柴 若者のエピソードを聞いて「背景食い」したから、曲がまた違って聴こえてきたってことですか?
大谷 そう。だから当時10代の子達には熱く受け取られていたんだと思うと、それを外から批評した気になっていた俺がちょっとチンケだったなあって。
現場の体験が批評をくつがえす
柴 確かに音楽の評価って難しいんですよ。僕なんかも音楽ライターとして、「音楽批評」というジャンルで文章を書くこともありますけど、少しでもネガティヴなことを書くときはすごく注意して書いています。
最近もピーター・バラカンさんがBABYMETALを酷評したのが話題になってましたけど、その前にも花澤香菜さんのレビューでちょっと話題になった話があって。
大谷 人気声優の花澤香菜さんね。去年『Blue Avenue』っていうアルバム出してたよね。
柴 その『Blue Avenue』がミュージックマガジン誌のクロスレビューで、とあるライターさんに2点をつけられてたんです。
大谷 10点満点で? だいぶ低いなあ。
柴 で、「駄菓子屋のくじ付きオレンジガムみたいな少女声に萎える」「オレは客じゃないです」と書いている。要するに、甘ったるい声が好みじゃないと。
大谷 なるほどねー。柴さんのさっきのスイーツの話と一緒じゃないですか。
柴 そう、言ってしまえばただの“好み”なんですよ。
大谷 それって批評にもなっていませんよね。
柴 そしたら、それに対して栗原裕一郎さんという別のライターがライブレポートで反論したんです。実際にライブで観たら大人っぽい声で素晴らしい歌唱力だった、と。で、「鈴木さんも一度ライヴで聴いてみるといいんじゃないかな」と書いている。
大谷 音源だけじゃなくて、ライブでこそわかるものがあるってことですか?
柴 そうなんですよ。ただ、ライブでどうだったかは、本来、現場に行った人にしかわからないものなんですよね。映像はあっても、あとから批評するのは難しい。しかもその現場にいた人だけの特別な記憶になる。だからライブって音楽の「背景食い」の現場なんですよ。
大谷 現場にはまったく違う熱さがあるのに、それを外から批評したってしょうがない。
柴 いや、それでも批評は必要だと思うんです。なぜならライブの感想が「最高!」「来ればわかる」だけだったら、結局外からは何がどういいのか全然わからないじゃないですか。
大谷 確かに。
柴 それに、再検証ができるものだったら批評は可能だと思うんです。音源なら、誰かが低い評価をつけていても、改めて聴いて「自分はこう思う」と再評価できるわけで。それってフェアですよね。
大谷 そうか! 背景を切り離して誰もが検証できるということか。
柴 はい。本でも映画でも、再検証可能なものには点数をつけていいと思うんです。その上で、「この人なら信頼できる」という人のものだけを参考にすればレビューも価値がありますよね。
大谷 なるほど。
柴 これだけ情報がある今の時代に自分の好みじゃないもの、興味ないものをわざわざけなしにいくのもムダな行為ですしね。つまり、レビューではなく、レビュアー自体が自分と合うかという観点で見ればいいと思うんです。
誰もが誰かに「評価」される未来
大谷 柴さん、M1グランプリって見てますか?
柴 見てますよ!
大谷 さっきの話ともつながるんですけど、俺、これからは審査員が視聴者にジャッジされていく時代だと思うんですよ。
柴 というと?
大谷 だって視聴者はどの審査員が何点つけているか、結構見ているじゃないですか。だから審査員の配置ってすごく重要なんですよ。
柴 『フリースタイルダンジョン』のMCバトルのジャッジもそうですね。「さすが、いとうせいこうさん、わかってる!」みたいな。
大谷 そうそう。それってさっきのライターの話にもつながってきますよね。ミュージックマガジンで2点をつけたライターも、M1グランプリやフリースタイルダンジョンの審査員席と同じところに座っていて、観客からジャッジされてるんです。
柴 本当にその通りですね。でもそれって実はライターや批評家だけの問題じゃなくて、みんなが直面している状況だと思うんです。
大谷 えっ? なになに?
柴 Airbnbという世界最大の宿泊サービスがあるんですけど、大谷さん知ってます? 部屋を貸し出したい「ホスト」と、そこに泊りたい旅行者の「ゲスト」をマッチングするサービスなんですけど。
大谷 へー、いま流行りの民泊ですか?
柴 そう! あのサービスのキモは使ってる全員が実名でSNSにリンクしていて、相互に評価しあえるところにあるんです。部屋が汚かったらゲストがそれを書けるし、逆に客が片付けずに帰ったり騒いだりしたら、ホストがその客について悪く書ける。
大谷 おもしろい! 宿泊した側が評価されるんだ。さっきの話と同じだ!
柴 僕が思ったのは、その仕組みがいろんなサービスに広まってくんじゃないか、ってことなんですよ。今は食べログみたいな匿名の利用者が好き勝手に店について書ける場所しかないけど、そのうち店が食べる側をジャッジするようになるかもしれない。
大谷 評価が相対的になっていくんだ! これ日本にも根付きますかね?
柴 僕は時間差でやってくると思います。
大谷 でも日本人って「お客様は神様です」精神が根付いているから、あんまりそういうの広まらなさそうじゃない?
柴 いやいや、わからないですよ? フェイスブックが始まった時って覚えてますか? 誰もが「日本人の匿名文化には合わない」って言ってたのに、今やみんなが使ってる。
大谷 あははは、確かに!
柴 消費者の行動や態度が評価される時代は、もうすぐそこに来てると思いますよ。
構成:田中うた乃