コンピューター・プログラマーの中には、最新ガジェットに真っ先に飛びつく「ギークの権化」と言えるような人たちが多数存在しています。彼らにとって、PC周りの機器を新調することは仕事の効率化のみを目的としているわけではありません。
キーボードやヘッドホン、さらにはPCデスクや椅子の一つ一つにいたるまで、プログラマーを取り巻くモノたちは、彼らのこだわりやライフスタイルをそのまま映し出してもいるのです。
今回インタビューを行ったジェシー・ヴィンセント氏は、Perl言語に関する功績でも知られる第一線のプログラマーでした。そんなヴィンセント氏が、「木」を素材にキーボードを製作したら……?
PCのヘビーユーザーをターゲットに製作された木製キーボード、Keyboardioの開発背景から、共同創業者である奥様とのユーザーヒアリングのためのロードトリップまでお話を伺いました。
偶然と研究が生んだデザイン
——木製のキーボードは非常に斬新なアイデアだと思うのですが、この着想はどこから生まれたのでしょうか?
ジェシー・ヴィンセント氏(以下、ヴィンセント):
実はそれには面白い話があって、木製のキーボードを作ることになったのはまったくの偶然の出来事だったんです。
初期のプロトタイプを作成していたとき、私はアメリカのボストンに住んでいました。プロトタイプを作成して渡すというアポイントのために、レーザーカッターを使わせてくれるお店で作業をしていたのです。しかし、問題が発生しました。季節は冬の真っ只中。アクリルのプラスチックを注文していたのですが、外は吹雪でひどい嵐だったので注文したものが届かなかったのです。
——それは大変でしたね。どう対処されたのですか?
ヴィンセント:アポイントを逃したくなかったので、地元の材木屋にいき、ベニヤ板を買ってきてこれを代わりにして作ってみたんです。そしたらプラスチックのものよりも良いものが出来上がって、驚きました。
木を使うことで気持ちを暖かくさせるような、生命が吹き込まれたような感じになったのです。まさに偶然の出来事ですね。
——アクシデントが、最良の結果を生むことになったのですね。ところで、Keyboardioは素材だけでなく蝶のようなデザインも非常に特徴的です。このデザインにたどり着いた経緯について教えて下さい。
ヴィンセント:デザインは、今まで30以上のプロトタイプを作成しました。最初のころのプロトタイプで参考にしたのは、東京大学のプロジェクトです。コンピューターの使用感について研究したそのプロジェクトの中では、「人がどのように手を使うか」という研究に基づいてキーボードがデザインそれていました。そのデザインが長方形ではなく翼のようなものになっているものだったので、これを参考にして、自分たちのプロトタイプでも、キー配列やキーボードの周りをバタフライ型のデザインにしたのです。人々はこのデザインをとても気に入り、心地よいと感じてくれました。
大半のキーボードはまるで医療器具のようで、親しみを感じにくい。そうではなく、自分たちは、何かもっと魅力的で楽しいと感じてもらえるようなものにしたいと思ったのです。
夫婦で開始したプロジェクト
——では続いて、チームメンバー・人材集めについての質問に移ります。最初はご夫婦で始められたということですが……。
ヴィンセント:もともと、キーボード作りの取り組みは1ヶ月だけの個人的なプロジェクトの予定でした。ただ、驚いたことに、カフェなどで作業をしているときに、たくさんの人がこのキーボードはどこで購入できるのか、と尋ねてきたのです。
その話を当時、MBAの課程を終えようとしていた妻に伝えたら、「こんなに多くの人がこれを買いたいと言っているということは、そこにニーズがあるし、ビジネスにできるのではないか」と言ってくれたんです。これがプロジェクトの始まりでしたね。
現在、妻は得意なビジネス分野を担当しています。自分はこの分野は苦手なので、非常に良い関係を築けていると思います。
——プロジェクトの協力者はどのようにして集められたのですか?
ヴィンセント:人材を見つけるときのだいたいのパターンとしては、友人や知り合いのグループの人たちの紹介や推薦ですね。現在、私たち夫婦のほかにはメカニカルエンジニアやエレクトリカルエンジニアがいますが、彼らは契約ベースでのメンバーです。
GoogleやAppleなどの大企業もエンジニアを採用しているサンフランシスコにおいて、良い人材を見つけて、チームに引き寄せるのはとても難しいことです。その人材に支払うことの出来る金額で、自分たちと一緒に働くことに興味を持ってもらう必要があります。
しかし、今までたくさんの人がボランティアで手伝ってくれました。これは、自分たちがオープンソースで提供しているアイデアにわくわくする人がいるからだと思います。
ロードトリップ・キャンペーン
——では資金調達の話に移ります。Keyboardioの予約販売ではKickstarterを利用されたのですね。
ヴィンセント:アメリカでは、KickstarterやIndiegogoをはじめ、良いクラウドファンディングサイトがたくさんあります。これらのクラウドファンディングを利用することはハードウェアスタートアップにとって大変意味のあることだと思います。
なぜなら、クラウドファンディングによって初期の規模感をつかむことができたからです。初期の発送ボリュームが数百程度なのか、それとも数千単位になるのかが把握できたので、製造工場と具体的に話ができ、製造技術に関する決断も可能になりました。
——Keyboardioは30日間で2000人以上のサポーターと60万ドル以上の資金の支援を受けました。このキャンペーンの期間中、デッカーさんは様々な都市を訪れていたと聞きました。
ヴィンセント:はい。Kickstarterでの30日間のキャンペーンの間に、私たちはアメリカを横断するロードトリップを行い、25都市のハッカーズベースを訪れました。
引越しの時にボストンに置いてきた車を移動させようとしたのが、そもそものきっかけです。それで、せっかくなら2、3の都市に立ち寄って自分たちのキーボードを見せたら面白いんじゃないかと思ったんです。
そこで、キャンペーンが始まる前に、メーリングリストに「誰か自分たちに来てほしいひとはいるか」というポストをしました。そうしたら、50以上の都市の100人以上の人から返答があって。地図でその場所を確認してみたら、大半の場所には行けそうでした。なので、この旅の間は8〜10時間くらい毎日ドライブをして、旅の詳細をサポーターたちに知らせて、また眠って次の日出発して……という風に過ごしました。
この旅の間に多くのフィードバックをもらって、製品の改善のためにまだまだ沢山できることがあると気付かされましたね。
——具体的に、ロードトリップでの意見が参考にした点を教えていただけますか?
ヴィンセント:Kickstarterでは、オフィスでの使用に適した静かなバージョンのみを提供していました。しかし、ロードトリップではたくさんの人からキーボード音についての問い合わせをもらいました。キーボードにこだわりのある人は、マシンガンのように音が出るパターンのものを好む場合が多かったのです。
幸い、音が出るバージョンに変えるためにはメカニカルキースイッチを替えるだけでしたので、この意見を取り入れて、プラス10ドルを支払えばこのバージョンが手に入るようにしました。
——小さいながらも重要なフィードバックですね。では最後に、これからの展望として、直近のゴールやビジョンがあれば教えてください。
ヴィンセント:直近のゴールは、質の高い製品をきちんとした時期にユーザーに届けることです。より長いスパンで目指していることは、デザイン性の高い、よりよいインプットデバイスをつくること。そして、そのデバイスをユーザーがPCワークを行う上でのとっておきの相方にすることです。今、新しいデザインを作成しており、現段階では満足できるものではないですが、良いものが出来たらすぐにシェアしたいです。
インプットデバイスという素材には、まだまだできることがいっぱいあり、やってみたいことがたくさんあります。これからもキーボードにフォーカス続けていきたいです。
編集後記
プログラマーにとってキーボードとは体の延長のようなデバイス。生体工学に基づいたデザインとオーガニックな素材を同時に用いたKeyboardioは、日頃長時間キーボードに入力作業を繰り返すユーザーにとっては夢にまで見たようなプロダクトと言えるでしょう。
そんなKeyboardioを世に送り出そうとしているヴィンセントさんご夫婦からは、まるで普段着のTシャツを着るような感覚でプロジェクトに取り組まれているという印象を受けました。
いつの時代も、ものづくりは生活と地続きの場所で行われている。そう考えさせてくれるインタビューでした。