新しいテクノロジーを搭載したプロダクトを発表したとき、「アーリーアダプター」と呼ばれる層からの注目を得られるかどうかによって、その後の市場への波及効果に大きな違いが生まれます。流行に敏感で、いわゆる「新しいもの好き」なこの層のハートを掴むには、ギーク(≒おたく)向けのアピールもプロダクトに込めなくてはいけません。

しかし、ここで言う「ギーク」とは、具体的にはどんな人物像を想定しているのでしょうか? その年齢分布は? 家族構成は? 独身男性を想定している場合の多い「オタク」という日本語とは異なり、「ギーク」とは、あるニッチな分野に関して深い知識を持つという、特定の性向を指す言葉でしかないのです。

今回BRAIN PORAL編集部が取材を行ったのはフランス発のスマートホームIoT企業、SevenHugs。2015年に睡眠補助のためのIoT機器であるHugOneの量産・販売を行った後、現在は世界初のコンテキスチュアル・リモコンであるsmart remoteの開発を行っています。

CEOであるサイモン・チェディキアン氏は、ギークを自認する一方、二児の父親でもあります。そんなチェディキアン氏の提案するスマートホームの未来とはどのようなものか? 「テクノロジー」と「ファミリー」の交差するポイントについてお話を伺いました。

複雑さを抑えたUXデザイン

図2

−− チェディキアンさんは前職では半導体の分野でお仕事されていたのですよね?その前職を離れ2014年にSevenHugsを創立された経緯について教えてください。

サイモン・チェディキアン氏(以下、チェディキアン): 創立メンバーとは前職時代からかれこれ10年以上の知り合いです。半導体産業ではたったひとつのチップセットを作り上げるために何百人ものエンジニアが長期間のあいだ働きますが、それはあくまでも製品の内部の話なので、自分自身の目指すようなユーザーエクスペリエンスやデザインのすべてを表現することはほぼ不可能なことでした。
だけど、私を含めメンバーが本当に表現したかったのは、世界中のありとあらゆるテクノロジーを家庭で簡単に使うことができるような体験です。つまり、ギークだけでなくIoTの分野に対する情報感度が低い人たち、それこそ子どもでも気軽に手にとってもらえるようなプロダクトを通じてテクノロジーによって確かにQOLが向上したと実感できるような瞬間を作りだしたかった。

—— HugOneとsmart remoteのいずれもファミリー志向の強いプロダクトであるのは、そのような経緯があってのことだったんですね。ちなみに、第一弾商品であるHugOneの構想をある程度進めた時点で、SevenHugsを創立されたのでしょうか。

チェディキアン: いえ、起業に踏み出したのはHugOneではなくsmart remoteを思いついたことがきっかけでした。しかしこの商品にはより多くの資金と研究開発の期間が必要だとわかったので、より短い時定数のなかで商品開発を行うためにまず室内の空調についてリサーチを開始しました。そこで室内の空気について多くの人が関心を持っていることはわかったのですが、プロダクトの購買には至っていないという状況があったんですね。
なので、空調についての商品開発はそこで諦め、その代わりに睡眠改善を基軸としたプロダクトに路線変更したのがHugOneです。

—— 睡眠改善のためにスマホアプリを用いた既存のソリューションがあるなかで、HugOneをハードウェアとして開発された理由はどんなところにあるのでしょうか。

チェディキアン: スマホアプリを用いて睡眠状態のトラッキングを行うと、毎晩寝る前にスマホを立ち上げて、アプリを起動してからそれを枕元に置いて、という煩雑な手間が余計に生じてしまいます。それではスマートに安眠を誘導することはできません。
HugOneは、そういったストレスなしに睡眠改善を目指すことを当初から念頭に置いたプロダクトでした。シーツの下に専用の小さなセンサーを置いておくだけで、別室で眠る家族全員の睡眠状況をトラッキングしてくれるし、さらには室内の温度や湿度、空気品質についてのモニタリングもできます。スマートバルブやサーモスタットに繋げば、心地よい眠りのために室内の照明や温度を自動で調節してくれる。
こうした複雑な作業を、誰でもたったひとつのデバイスで行えることこそスマート技術の本領発揮の瞬間だと思います。

図3

—— そのテクノロジー観をとことん煮詰めた結果としてsmart remote のプロダクトデザインがあるのですね。

チェディキアン: 仰るとおりです。スマートホームは2019年には業界全体で280億ドル規模の収益に達することが見込まれるほどの急成長市場ですが、スマートバルブ、スマートロック等さまざまなスマート家電製品がこれからも増え続けるなかで、それを一括でコントロールするための手段がいまだに確立されていない。現在ではIoT製品を統御する手段としてモバイルアプリを用いるのが一般的ですが、アプリをいくつも搭載したスマホを毎回立ち上げて、個々のデバイスに紐付いたアプリをそこから探し、アプリを起動し……という手間が、今後IoT製品が増えれば増えるほど増大していくと思えば、それは解決すべきそもそもの課題を技術がかえって増やしているということになりますよね。
smart remoteの核となっているコンセプトは、「スマートホーム製品の増加によって煩雑になった統御を一元化するコントローラー」であるということ。室内GPSを利用し、コントローラーで指した方向にどのデバイスがあるかを登録しておくだけで、照明の明るさ調節からテレビやスピーカーの音量調節、室温調節にいたるまで、すべてをsmart remoteひとつでコントロールすることができます。

図4

量産を通じて学んだこと

—— 起業から2年のあいだに、HugOneの量産・販売、さらにはsmart remoteの開発とスピーディーな展開を見せていますが、この可能にした要因はどこにあるのか教えて下さい。

チェディキアン: 我々は電子技術やソフトウェアの領域において豊富な経験を持っていたので、量産に適した製品のコンポネント選びに関しては素早く行うことができたのが強みでした。それと、フランスにはハードウェアスタートアップの巨大なネットワークがあるのですが、電子周りの知識の欠如が量産へのハードルになっているということは、その界隈でもよく知られたことでした。
どのスタートアップも、Arduinoなどを用いて試作段階までの開発は順調に進むのですが、そのデザインをそのまま量産に持ち込むわけにもいかないので、結局デザインを作り直し、ソフトウェアを書き直すという作業に多くの時間を取られてしまうという事態に陥っていたのです。

—— SevenHugsのメンバーは前職での経験が活かしてそのような事態を回避したということですね。それとは別に、量産・販売を経験されたことで、後続のIoTスタートアップにアドバイスしたいことなどありますか。

チェディキアン: HugOneの開発では、広範囲をカバーする無線アンテナがデバイス内部のバッテリーによる干渉を受けてしまい正しく機能しなくなったため、アンテナ部分のデザインの作り直しのためにパートナーを急きょ探し直すことになりました。なので、無線センサーをプロダクトに採用しようと考えているチームであれば、Wi-fiやBluetoothなどのアンテナ周りの専門家とデザイン段階から一緒に動くべきだと思います。
これは他のパーツに関しても同じことで、最終デザインに至ってから細かな修正が生じるとスケジュール全体に大きな狂いがでてしまいます。私たちのチームはそのような困難を乗り越えた分、smart remoteの開発にも自信をもって臨めますが、量産に初めて挑戦するスタートアップは量産の経験のあるメンバーを最初のデザイン段階からチームに引き入れるのが理想的ですね。

—— とても参考になるアドバイスでした。本日はありがとうございます!

編集後記

どれだけ技術が発達しても、一つ屋根の下で生活する人たちにとって、家電とは一人のユーザーを満足させるだけでなく家族全員でシェアされてこそ真価を発揮するものという状況は変わりません。

「SevenHugsの創立に携わった3人のメンバーはそれぞれが家庭を持つ父親であり、メンバー3人の子どもを合わせると7人。寝る前に一人一人ハグをすると、合計で7回ハグをすることになることからSevenHugsという社名をつけました。」

そんなエピソードからも、世代に関係なくスマートホームの技術がシェアされる未来を目指しているSevenHugsの想いが伝わってきますね。
「日本には家族志向でシンプルを好む(Less is More)人たちが沢山いるので、非常に魅力的なマーケットだと思います」とチェディキアン氏も語るように、その未来が日本に訪れる日が楽しみです。