米大統領選で民主党の候補者指名争いをするバーニー・サンダース上院議員。出馬表明した当時はほとんど無名の存在だったのが、ヒラリー・クリントン元国務長官に粘り強く食い下がり続けている。直近の七つの州の予備選ではすべてクリントン氏に勝ち、勢いは衰えない。大企業からの寄付を受けず、草の根の選挙を展開してきたサンダース氏だが、この根強い力の影に、全米に散らばる約1千人のITエンジニアのボランティアの存在がある。
「ここまで大きなサイトになるなんて、まったく思ってもみなかった」
オレゴン州の南の町に住むジョン・ヒューズさん(30)は半ば信じられないというように笑って言った。
昨年6月に「Vote For Bernie(バーニーに1票を)」というサイトを立ち上げた。このサイトは、自分の住む州でどうやったら投票が出来るのか、手続きの期限はいつか、登録に必要なもの、在外投票のやり方、といったことを詳細に教えてくれる。サイトのデザインもおしゃれで、選挙に関わるサイトには見えないつくりだ。
もともと政治とはほとんど縁がなかったヒューズさんだが、「バーニーについて若者の支持が高まっているという話を聞くようになり、関心を持ち始めた」という。初めはただの流行みたいなものかと思っていたというが、「サンダース氏の言う皆保険制度、ネット上のプライバシー保護、戦争やドラッグに対する考え方など、まさに共感できるものばかりだった」。
ぜひ予備選挙でサンダース氏に投票しようと思ったというヒューズさん。ところが、無党派に登録していたため、オレゴン州では所属を変えないとサンダース氏に投票できないということを知った。「この話を同じ州に住む友人や親類にしたら、だれも知らなかった。これは何とかしなければと思った」
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米国の大統領選挙では、前もって選挙人登録をしないと投票できない。登録をする際には、自分の支持政党も選ぶが、予備選挙や党員集会では、登録した党以外の党の候補にも投票できる州と、できない州がある。その中間で、登録を変えれば投票できるという州もある。日本では考えにくいが、州によって選挙の手続きや制度が違う上に、こうした手続きを巡る情報がきちんとまとめられていない。そのため、長年その州に住んでいてもどうやったら投票できるのかを知らない人も少なくない。引っ越しをすれば新たにその州のやり方に従う必要があり、この煩雑さが投票から遠ざかる原因を生んでいる、との批判もある。
「私自身、これまで政治には縁もなく、選挙システムについてもよく知らなかった。若者はなおさらで、まずはどうしたら投票できるのかを整理しないといけないと思った」。
ヒューズさんの本業はウェブの開発とコンサルタント。オレゴン州南部の町で、11歳の息子と3歳の娘を育てるシングルファーザーでもある。仕事と子育ての合間に、夜や週末に少しずつ時間を作っては、こつこつとウェブサイトを作り始めた。
プロのウェブ開発者だけあって、サイト自体は数日でできあがった。問題は、各州の選挙制度の情報を集めることのほうだった。
「州や党のサイトにいっても、どれもが少しずつ間違っている。どこにもまとまった情報がなく、これには閉口した」
このとき、助けになったのが、ITエンジニアたちが質問や答えを投稿し合うサイトだったという。投稿するとたくさんの人が手助けを申し出たり、一緒に情報を探してくれたりした。何人かが各州の選挙情報を請け負うと言ってくれ、昨年6月にサイトがオープン。選挙のための登録を促すだけでなく、「バーニーに投票するには」という項目もあり、登録を変えないと投票出来ない州の場合には、その手続きも教えてくれる。
サイトは、2月までに約2百万ユニーク・ビジターを記録し、フェイスブックだけで70万回シェアされる人気サイトになった。選挙情報を得るメール登録も始めたところ、3月時点で約6万人が登録。2月だけでこのサイトを参考に選挙人登録をした人も約6万人に上る。
訪れた人は、男女ほぼ半数ずつ。18から24歳が31%、25から34歳が33%で、狙い通り、若者が多く利用していることがわかる。
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サンダース氏を支えているITエンジニアはヒューズさんだけではない。他にも全米各地で草の根的にエンジニアがネット上でやり取りしており、米メディアは「約1千人のITエンジニアがバーニーのためにボランティアで働いている」と推計している。
その一つ、「Coders For Sanders(サンダースのためのプログラマーたち)」というグループは「我々はバーニー・サンダース氏が掲げる革新的な理想が米国には必要だという信念のもと、ゆるいつながりで集っているボランティアです」とネット上で表明している。このグループも、サンダース氏の過去の発言や政策などについて争点ごとに写真と共にわかりやすくまとめた「ウィキペディアのサンダース版」、各地で行われる集会や寄付集めなどの際に、参加者リストを管理しやすくするQRコード、陣営が戸別訪問をした家としていない家をすぐに見分けられるアプリなど、様々な道具を独自に開発して無料提供している。米メディアによると、「サンダース氏の背後にいるITエンジニアたちは陣営とはまったく無関係に活動しており、週に一つの割合でアプリを生み出している」という。
いつも厳しい表情で演説し、大学教授のような風貌(ふうぼう)のサンダース氏は74歳。本人は、ITやエンジニアとは縁がなさそうな印象を与えるが、背後にこれだけのITエンジニアを抱えている陣営は他にはいないだろう。選挙戦がいよいよソーシャルメディアやツイッターなどの「デジタル戦」になる中で、サンダース氏がここまで善戦し続けている背景には、彼らの力が少なからぬ影響を与えている可能性がある。
ヒューズさんのように、黒衣のITエンジニアたちは「これまで政治とは縁がなかった」という人が多い。たいていのやり取りはすべてネット上で行われており、実際に顔をあわせて作業をすることもほとんどない。ヒューズさんも、サイトの立ち上げや管理を共に請け負ってくれている仲間たちと顔を合わせたことはないという。
「いつかみんなで会わないか、と話しているんだ。みな全米に散っているからどこに集まるかが問題だけれど、実現したらきっと盛り上がると思うな」。ヒューズさんはちょっと楽しみな様子だった。(連載47)(宮地ゆう)
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