無職でも平気なイタリア人と、失業して絶望する日本人のマインドの差—ヤマザキマリ×堀江貴文[3]

現在イタリアに住んでいるヤマザキマリさん。失業率が12%を超え、仕事を失ってしまっても危機感のない市民が多いのだそうです。ヨーロッパ人の心の強さは何に支えられているのでしょうか? 
『君はどこにでも行ける』発売記念、ヤマザキさん堀江さんの特別対談第3回です。

ヨーロッパの人々は歴史の大きな流れを悟っている

堀江貴文(以下、堀江) イタリアの景気はどうですか?

ヤマザキマリ(以下、ヤマザキ) いまは本当に経済状態が悪くて、失業率は12%を超えました。財政再建のために増税したり、中国系企業が進出したりで会社が潰れてしまって、みんな現実問題として困ってますね。このところお金が理由で自殺する人も増えてきて、それがニュースになっています。今までなら、国民の意識の中には、「この世にはお金よりも大事なものがある」という暗黙の定義があって、自殺という概念はない民族だったはずなんですけどね。

堀江 イタリア人でもそうなんだ。

ヤマザキ まあでも、多くの市民にそれほど危機感はない。働かなくても別にいい、家族が守ってくれるというのが、基本にあるんですよね。
 家族の絆が強くて、家族との関係をすごく大事にするんです。家族を犠牲にしてまで、必死に働くとか、ありえないんですよ。だから、家族にお金持ちがいたら、そっちに頼りきりで真面目に働こうとしない。

堀江 無職でも家族とか周囲に責められたりしないんですか?

ヤマザキ 全然ないです。あの人達たちは家族に守られ、一生、大切にされて当然という文化です。だから、働かなくてもそれで許される状況であるのなら、自分で経済活動をして、自立しようという必然性を、あんまり持ってませんね。

堀江 なるほどね。

ヤマザキ あと、イタリア人の失業率が高いのは、プライドの高さもあります。学歴がある人は、少しキツい仕事だと、「そんな仕事したくない」ってより選り好みをする傾向が強いです。だから失業者も、その気になれば本当はどこかしら働くところはあるのでは? みたいな感じです。

堀江 日本とは違うんですね。日本は勤勉すぎるというか、働くことに関しては、本当に真面目。日本の失業者の絶望感は、すごいでしょ。

ヤマザキ イタリア人は、ずっと両親とかまわりから「生まれてきてくれてありがとうね」って、死ぬまで言われている人たちだから。どんな状況でも、自己肯定力がすごい。自己否定とか、意味わかんないんじゃないですか。

堀江 借金があっても最悪、踏み倒せばいいや、みたいな。

ヤマザキ そうそう。やっぱり、彼らの精神を強靱にしてきた歴史の厚みは、アジア人とはまるで違います。
 彼らは古代ローマ時代に1000年かけて、アリを飼育箱で観察するように、人間というものを研究しつくしてきました。人間を自由に生かしておくと、どうなっていくのか。本質的なことを、歴史を通して彼らは知っているわけです。
 国が経済発展しようと、没落しようと、戦争が起きようと、結局は一時的なこと。また、時間をかけてふりだしに戻るよね?と、良くも悪くも、悟っちゃっているんですね。

堀江 日本のように没落していくことに、さびしさを感じたりはしていないんですか。

ヤマザキ ぜんぜん。そういうのはもう何度も経験していて、歴史はまた繰り返すだけでしょ、と。発展と没落の歴史の経験値が、民族の遺伝子に刷りこまれています。それはヨーロッパの国全体に通じますね。ポルトガルみたいな小さな国ですら、そうです。

レオナルド・ダ・ヴィンチなら理解してくれた日本人の働き方

ヤマザキ でも、過去の栄華への矜持は強い、強すぎる。いちいち「俺たちには古代ローマ帝国の歴史がある」とか、「かつては世界の覇権を取った」とか、誇らしげに言うんです。いやそんなの、いまのあんた自身には関係ないでしょって(笑)。

堀江 ははは。

ヤマザキ 一般の市民にも、わが国の過去の栄華が、現在を生きる支えになっているのかもしれない。

堀江 そこは日本と同じでしょうね。みんながそうとは言わないですけど、ネトウヨとか保守・右寄りの人たちは、ブラック企業で働いている人が多い。それでは一生懸命働いてもつらい。不満があるわけです。いい仕事に恵まれている人は、日本は最高! って、あんまり自慢しないでしょう。
 よく言えば、日本がナンバーワンだった時代の思い出と、いまだってナンバーワンだと信じる誇りが、過酷な労働環境でも真面目に働く原動力のひとつになっていると考えています。

ヤマザキ イタリア人が日本人ほど勤勉に働かないのは、宗教的な違いもありますね。キリスト教の国は、1週間の7日目は必ず休むという常識が、とても根強い。
 イタリアで土日休日も関係なくマンガを描いていると、まわりからの非難がすごいんですよ。『テルマエ・ロマエ』が売れ出した頃、四六時中働いていると、「お前はどうかしている!」とイタリア人の家族に責められまくりました。もらったお仕事を真面目にやってるだけなのに……藤子不二雄のマンガ論や手塚治虫がいかに苦労して漫画家をやっていたのか、というマンガを見せて、理解してもらおうとしたけど、逆に「こんなに働く方が狂ってる! 漫画家という職業はおかしい!」と責められる。イタリアでは味方がほとんどいなくて、そのうえ忙しくなる一方で、鬱になりました(笑)。

堀江 レオナルド・ダ・ヴィンチだったらわかってくれたかもしれないですね。

ヤマザキ そうですね(笑)。ルネッサンス期の天才芸術家は、それこそ信じられないぐらい働いてましたからね。ラファエロ・サンティなんて、女と遊びすぎて死んだと言われてますけど、実際は過労死だと思います。若くして大規模な工房を経営して、多分仕事を断るのが苦手な人だったのでしょう。38歳の若さで倒れてしまった。ラファエロに悩み相談してみたかった(笑)。

ニートでも充分に楽しく生きていける

ヤマザキ 堀江さんが言われるように、日本人は我慢して真面目に働くことこそ正義、みたいな思いこみが強すぎるのかもしれないと感じることがあります。そこから解放されれば、日本の多くの問題は解決されそうですけど、それには少なくとも百年はかかりそうですよね。

堀江 いや、どうでしょう。義務教育のプロセスを変えられれば、若い層は10年で変わりますよ。世代全体を変えようとすると、それは難しいかもしれないですけどね。

ヤマザキ うちの旦那はシカゴ大学で働いていましたが、近年、日本人の留学生ほとんどいないらしいです。そのぶん中国人、韓国人の留学生は増加しているとか。若い日本人学生が高いレベルの知識を得るために、アンビシャス(大志)を持って海外に出るという流れは、もう終わってしまったのかなと。

堀江 終わったというより、その必要がなくなってきたということでしょう。留学しなくてもいい知識を得る方法はたくさんあるし、海外経験がなくてもレベルの高い仕事に就ける。コンビニ店員に若い日本人がほとんどいなくなっているのは、そういうことじゃないですか。国内に留まっているだけでも、若い人には豊かな選択肢がある。

ヤマザキ なるほど。

堀江 これから情報技術や人工知能などによって、従来の仕事の多くは淘汰され、残った仕事はさらに多様化していきます。それは海外に行かなくてもキャッチできる変化です。海外に出るのもいいですけど、これから何が起きるのかを正しく察知する情報力と、リテラシーを得る方が大事でしょう。
 相対的に、日本をはじめ先進国の仕事は減っていきます。でも、ある程度の層の人たちは、失業してもいいと、個人的には思います。別にいいでしょ、仕事がなくても。「ニート上等! 生きるのって楽しいじゃん」という人生が、誰にも責められず、当たり前の世の中になっていかないといけない。

ヤマザキ 本当にマインドの話ですね。ニートでも全然、楽しく生きていけるんですから。

堀江 その通りです。働かないと食べていけないと、親の世代は言いますけど、若かったら、食べるぶんには全然大丈夫。
 インフラとシェアエコノミーはさらに密接に連携していくので、世界で余った食料は、無償で人々に分けられるようになる。

ヤマザキ シェアエコノミー、ですか。

堀江 ええ。その兆しがLCCとかAirbnbです。余っているリソースを、安価で提供するというビジネスが、普通に広まっています。そのうち料理だって、多くは全自動で機械がつくってくれるようになるはずです。
 着る服も、ファストファッションの登場で、貧しくてもまあまあ見栄えのいい服が手に入りますよね。20年ぐらい前は、ちゃんとしたジーンズを1着3000円ぐらいで買えるなんて、ありえなかった。そこに加えてフリマアプリの『メルカリ』みたいなものが進化していくと、さらに安く、質のいい服が買える。しかも種類が豊富です。

ヤマザキ たしかにそうかもしれないですね。

堀江 日常生活の衣食住に、お金がかからなくなりつつあります。みんな物価が上がっている、暮らしづらいと言いますけど、実は逆ですよ。バブル期に比べて、生活のコストはすごく下がっている。究極的にはほとんどが無料になっていくと思いますよ。
 いますぐ生活コスト0円生活を始めるのは難しいかもしれないですけど。キツいブラック労働に耐えながら20万円稼がなくても、楽な仕事の10万円ぐらいの稼ぎで、充分に暮らしていけるんじゃない? ということです。
 別に真面目に働くな、とは言っていません。要はマインドを変えたらいいのかなと。

次回「海外に行かない=ダメではない」は4/5(火)更新予定。

ヤマザキ マリ(やまざき まり)

1967年、東京都出身。1984年に渡伊、フィレンツェの国立アカデミア美術学院入学、美術史・油絵を専攻。1997年に漫画家デビュー。イタリア人との結婚を機に、シリア、ポルトガル、アメリカを経て現在はイタリア在住。2010年、「テルマエ・ロマエ」で第3回漫画大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。その他の著書に「テルマエ戦記」「望遠ニッポン見聞録」「国境のない生き方」、漫画「スティーブ・ジョブズ」「プリニウス」など。


激変する世界、激安になる日本。世界中を巡ってホリエモンが考えた仕事論、人生論、国家論。


『君はどこにでも行ける』堀江貴文

はじめに 世界は変わる、日本も変わる、君はどうする
1章 日本はいまどれくらい「安く」なってしまったのか
2章 堀江貴文が気づいた世界地図の変化〈アジア 編〉
3章 堀江貴文が気づいた世界地図の変化〈欧米その他 編〉
4章 それでも東京は世界最高レベルの都市である
5章 国境は君の中にある
特別章 ヤマザキマリ×堀江貴文
[対談]ブラック労働で辛い日本人も、無職でお気楽なイタリア人も、みんなどこにでも行ける件
おわりに

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コメント

asutoron なんとなく、堀江さんの言葉に励まされた> 約1時間前 replyretweetfavorite

shinerabbit 読んだ /  約1時間前 replyretweetfavorite

Unchatnoir1 面白かった! 約1時間前 replyretweetfavorite

higewashi イタリア、いいなぁ 約1時間前 replyretweetfavorite