国家よりも家族を信じるイタリア人と中国人
堀江貴文(以下、堀江) 初めまして、ですよね。
ヤマザキマリ(以下、ヤマザキ) そうですね。今日はよろしくお願いします。
堀江 ヤマザキさんは、海外に住まれてるんですよね?
ヤマザキ はい。基本は夫の実家のイタリアに住んでいます。なので日本の情報はあんまり入ってきません。いまはSNSがあるから、ある程度は入ってきますけど。
堀江 そうですよね。SNSを見ていると、海外にいても全然日本の情報に困らない。
ヤマザキ でも日本に帰ってきて、驚くこともありますよ。ちょうどこの対談の場に来るとき、パリの空港のトランジットで免税店に寄ったんですよ。そこでごく普通の格好した、中国系の女子大生風の女の子が、支払いのときに出した財布の中にすごい枚数のクレジットカードが入ってるのがちらっと見えて。高級な化粧品を、大量に買ってましたね。
見た目は本当に普通の身なりの子なのに、日本の同年代の子より明らかに裕福そうで、驚きました。
堀江 中国人の金持ちは、ファッションはダメですね。少し前にモルディブへ行ったとき、超高級クラスのホテルにも中国人がいたんですが、身なりは全然気をつかってない感じ。他人からどう見られるかとか、考えてないんでしょう。どんなハイクラスのホテルでも、中国人は30人ぐらいの家族でわーっ!と騒いでて、うるさい(笑)。
ヤマザキ 30人! そんなに多いんですか。
堀江 もっと多いときもありますよ。中国人は家族をすごく大事にしてます。彼らは国家も人民元も信用してませんから。信じてるのは家族だけ。
ヤマザキ それ、イタリア人と同じです! 他人への猜疑心が強いし、イタリア国家に対する信頼が、まるでない(笑)。社会は信じない、家族しか信じない。イタリアマフィアは、まさにその象徴的な組織。エネルギッシュなところも含めて、中国人とイタリア人は似てると思うことは何度もあります。
堀江 中国人は、ファミリーに惜しみなく投資をするんです。だから子どもをたくさんつくる。
ヤマザキ 何かあったら家族で、団結する文化ですよね。
イタリアも、中堅企業はほとんど家族経営です。学歴が意味をなさないんですよ。どんなに高学歴だって、失業しちゃう人は失業しちゃう。コネとか自分の親戚筋に、いい商売している人がいるかどうかが重要で。がんばっても報われづらい社会構造になっています。ヨーロッパのなかでは先進国かもしれないけど、実質的にはすごく古いムラ社会の集合です。
堀江 日本もムラ社会ですけど、イタリアや中国と違うのは、国民が国家を信用していますよね。と言っても明治以降、ここ150年くらいの話ですけど。でも日本人の国家に対する信頼感は、先進国のなかではずば抜けて高い。なぜだかわかんないですけど。
ヤマザキ 日本には、まずは社会に認められない人はダメなんだ、という暗黙のルールがあるからじゃないでしょうか。組織や社会の規範を信じている。
例えば学校でいじめられている子に対して、「いじめられている側にも悪いところがある」っていう論理。あれは象徴的だと思います。いじめられている子の親でさえ、わが子にそう言って叱る人がいるのが信じられない。
堀江 社会にそぐわないのは、よくないという強い思い込みがある。というかそもそも、学校なんて社会じゃないんですけどね。あんな小っちゃなコミュニティのなかで認められなくても全然、困らないのに。でも、そういうことは誰も言ってあげないんですよ。
ヤマザキ 学校に馴染まないんだったら、馴染まないでも別に身を削るような無理はしなくていいって、親が普通に、子どもに言ってあげればいいんでしょうね。
堀江 僕はいろんな著書で言ってますが、日本の義務教育は、国家の忠実なしもべをつくるためのシステム、はっきり言うと兵隊を教育するためのものです。その点ではとても効果のあるシステムなんですが、戦争を始める可能性もメリットもない日本に、現行の学校教育はもうそぐわない。アジアのなかで最初に先進国化して、グローバルに参入できたんですから、多様性を活かす教育に、現場レベルで変わってほしいですね。
ニートで引きこもりでも生きていける社会になっている。無理して対人コミュニケーション能力を上げなくていいし、好きなことだけやって、それを突き詰めれば、みんな生きていけるはずなんですよ。
ヤマザキ これも島国という特殊な風土環境で、変化しづらいことと関係してるんでしょうね。グローバリズムが到来したからといって、他の大陸国家みたいに、素早く転換できるわけではない。
堀江 僕の見立ては違うんですよ。日本もかなりのスピードで変わっていくはずです。変わらざるを得ない。
多くの日本人は、いまだに世界第2位の経済大国のイメージを引きずっていますが、だいぶ前に中国に抜かれていて、実質的には4位か5位。一人あたりのGDPは、世界で27位です。おそらくこのランキングは下がることはあっても、数年内に上がることはない。
日本がどのようなグローバル国家へ転換していくべきか、日本なりの有効な方策を、各分野で採っていかないと、アジア圏内での順位はさらに落ちていくでしょう。
ヤマザキ 境遇としては、イタリアも似たようなものですね。人口はほぼ6千万人で日本の半分ですけど、一人あたりのGDPは、日本に次いで世界28位でほとんど同じです。
世界的に巻き起こる「わが国こそナンバーワン」現象
堀江 ヤマザキさんは、いまはイタリアのどんなところにお住まいなんですか?
ヤマザキ イタリアのパドヴァです。ベネチアのそばの街。古い大学がある学園都市みたいなところです。ベネチアほど観光地化してないんですよ。
イタリア 人口:6078 万人(世界23 位)、GDP:2 兆1477 億ドル(世界8 位)、 一人当たりGDP: 3 万5334ドル(世界28 位)
堀江 ずっとイタリア在住ですか?
ヤマザキ 今まで暮らした中で一番長いのは、そうですね。初めは学生時代にフィレンツェに12年くらい住んで、いったん日本に帰り、エジプト、シリア、ポルトガル、アメリカで暮らして、またイタリアに戻りました。
堀江 なかなかすごいですね。
ヤマザキ いえ全然。自分の意思で動いてきた結果ではないので。どこの国へ行くのも、親が勝手に決めたことだったり、旦那の学業や仕事の都合だったりで、自然にそうなってしまった感じでした。でも、イタリアは、一番長く住んだ国でもあるので、気兼ねなく暮らせます。ただし現在のイタリアという国には、若干おごりがあるのが気になりますが。
堀江 というのは?
ヤマザキ 全国的に観光地化が進みすぎて、国家経済的に観光ビジネスが、わあっと大きな成果を生み出してしまった。それで国の性格が変わっちゃったというか。とりあえず黙ってても観光で経済も潤うし、周辺国との連携とか、政治的に成長していこうという方向に行かない。次の時代に行くための、有効な展開を見失っている気がします。その意味では少し日本と似ているかもしれませんね。
ヤマザキ たまに帰ってくると、日本を過剰に賞賛するバラエティ番組が多くて、びっくりします。あれはなんなんだろう?
堀江 僕もあんまりテレビ見ないからよく知らないんですが、すごく多いみたいですね。
ヤマザキ 私、『テルマエ・ロマエ』が売れる意味が、本当にわからなかったんです。要するに『テルマエ・ロマエ』は比較文化論の物語なんですね。古代ローマと日本には共通点がいろいろあって、おもしろいよねっていうのを、歴史上のエピソードをからめて描いた。
古代ローマは、日本に先駆ける斬新な技術を2000年前に、たくさん成し遂げていました。塩野七生さんのように歴史小説で紹介されるのもいいんですけど、もっと敷居を低く、古代ローマのすごさを知ってもらいたいなと。それでお風呂という親しみやすい間口を設けて、描き始めたのが『テルマエ・ロマエ』です。
堀江 そういうアイデアで敷居を低くできるのは、マンガのいいところですよね。
ヤマザキ なんですけどね。いまの時流に合わせて、日本文化を賞賛するために書いたんじゃないんですよ。けっこう多くの人が『テルマエ・ロマエ』を、「お風呂文化すごい! ニッポンは、やっぱりすばらしい!」っていう、日本賞賛の視点で読んでいる。どのように読んでいただいても、いいんですが……私には特別そういう意図があったわけでもないのになと、複雑な気持ちになります。
あと、『ダーリンは外国人』ってマンガも売れましたよね。外国の人が、日本に適応することに必死になってる姿が面白く読める作品で、人気が出た。でもきっと、どこかで優越感が、くすぐられるものが日本の人は好きなのかもしれない。私みたいに海外に行った日本人が、イタリアに適応するのに奮闘してますっていうマンガは、あんまり注目されない。日本でいいんだっていう優越感を感じられませんからね、その手のマンガは。
堀江 そうでしょうね。
ヤマザキ 日本人が内向き傾向にあるという話は聞いていて、あんまりピンときてなかったんですが。日本に戻って、日本人による「日本万歳!」な番組とかを目の当たりにすると……なんだか恥ずかしいですよね。
堀江 まあでも、全世界的に「わが国こそナンバーワン」現象は起きていますよ。アメリカの大統領選の共和党候補、ドナルド・トランプの人気などは象徴的です。ああいう右傾化は、先進国だけどマイルドヤンキーな層が多い国だと、目立って感じます。
ヤマザキ アメリカは他の外国語を習得する必然性も感じていない。英語ができればそれで十分でしょみたいなね。
だけど背中合わせに、アメリカ人はものすごい語学コンプレックスもあるように思います。アメリカで教育機関の仕事をしていた時に、気づきました。他国語を学ぶ習慣がないせいか、何カ国語も話せる人が、すごくうらやましいみたいです。あと、ヨーロッパに対してのコンプレックスも強い。
堀江 国に歴史がないですからね。ないものねだり。まあ、日本も同様です。
発展途上国が近代化して経済成長していくのに対して、先進国の住民であること以外に優位性がなくなってきた人々が、なんとかして優越感を得たいっていう流れになってきている。だから、どんどん右傾化が進むという。
そういう人たちは多様な情報に触れないし、外にも出て行かない。
ヤマザキ いじめも、似たような心理からくるんだと思います。日本人には、コミュニティに適応しない、異質なものを排除しようという同調圧力が強い。世間体みたいなものが、基本のルールになっている。
いろんな人たちがいれば、いろんな生き方がある。体格も顔も声質もそれぞれ違うのが当然だよ、という基本認識が、大陸には当たり前にあるんですけど。基本的に日本人は、違いに対する許容度が低い。多様性を認めないんですよね。
堀江 しょうがないですよね、島国だったから。いますぐ日本が大陸と同じような基本認識を持つのは、難しいかもしれない。
ヤマザキ 確かに、そういう根本的な気質は簡単に変えられるものではないし、ビジネスと違って、すぐ他国の成功例をまねるのも正しいとは思わないし、実践しようにも難しいですからね。
堀江 同じ島国でもイギリスなんかとは、大きく事情が違いますよね。泳いでわたれるドーバー海峡より、日本海とか対馬海峡を渡る方が、難易度は高い。時間をかけていずれそういった境界のハードルも下がっていくと思いますが。
次回は3/29(火)更新予定
ヤマザキ マリ(やまざき まり)
1967年、東京都出身。1984年に渡伊、フィレンツェの国立アカデミア美術学院入学、美術史・油絵を専攻。1997年に漫画家デビュー。イタリア人との結婚を機に、シリア、ポルトガル、アメリカを経て現在はイタリア在住。2010年、「テルマエ・ロマエ」で第3回漫画大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。その他の著書に「テルマエ戦記」「望遠ニッポン見聞録」「国境のない生き方」、漫画「スティーブ・ジョブズ」「プリニウス」など。
激変する世界、激安になる日本。世界中を巡ってホリエモンが考えた仕事論、人生論、国家論。
はじめに 世界は変わる、日本も変わる、君はどうする
1章 日本はいまどれくらい「安く」なってしまったのか
2章 堀江貴文が気づいた世界地図の変化〈アジア 編〉
3章 堀江貴文が気づいた世界地図の変化〈欧米その他 編〉
4章 それでも東京は世界最高レベルの都市である
5章 国境は君の中にある
特別章 ヤマザキマリ×堀江貴文
[対談]ブラック労働で辛い日本人も、無職でお気楽なイタリア人も、みんなどこにでも行ける件
おわりに