池内恵(いけうちさとし 東京大学准教授)が、中東情勢とイスラーム教やその思想について日々少しずつ解説します。
ブリュッセルの空港と地下鉄駅での連続テロでは、「イスラーム国」系のアウマーク通信が犯行声明を出したのに続いて、「イスラーム国」のロゴの入った通常の形式での犯行声明が、アラビア語・フランス語・英語でソーシャル・メディア上に流され、アラビア語の声明を読み上げる音声ファイルも公開されている。
ジハード主義組織の声明をモニターし分析するウェブサイトでは、ジハード主義系のウェブ雑誌『ナバア』が急遽この事件を取り上げていることも伝えている。
公式の声明では、死者を40名、負傷者を210名としている点が、少し前に出たアウマーク通信の声明と若干異なるが、報道を踏まえて情報をアップデートしただけかもしれない。
声明の趣旨は、ベルギーの襲撃の成功を「十字軍」へ打撃を与えたものと称揚し、「十字軍」への攻撃が今後もいっそう大きくなっていくと警告・威嚇している。
依然として、事件後の一般メディアで報じられている情報を超える内容は声明の中には見当たらない。犯人の事前の訓練風景や遺言的なビデオを出してくるなどしない限り、犯行を行った、あるいは命じた組織そのものが声明を出しているとは断定できない。
このことを記しているのは、この声明が本物でない可能性を強調したいがためではない。そもそも「イスラーム国」は実行犯の多くが自爆してしまうため、事件後の上部組織あるいは宣伝部門への報告・連絡の手段を確立しているとは限らない。そのため「イスラーム国」の側が主に一般報道から事件の規模を把握していても不思議ではない。
また、分散型で自発的な呼応を誘う「イスラーム国」のグローバルな活動の組織論からは、各地のテロを実行する組織と、各地の事件の情報を集約して「イスラーム国」のものとして認め宣伝する部門とが、それほど恒常的で密接な組織的な繋がりを持たない、それぞれ独立した組織であってもおかしくない。
そのため、声明が「本物」かどうかの議論は、それほど大きな意味を持たない。「イスラーム国」のものであると認められる形式の声明が出て、その内容が「イスラーム国」の戦闘員による犯行を認めていて、それに異論がどこからも出ない場合、事件は「イスラーム国」に関連するものとして、「イスラーム国」の当事者やシンパシーを抱く側からも、「イスラーム国」の攻撃を受ける立場からも、認知される。その「認知」こそが「イスラーム国」を政治的に成立させている。
今後より直接的に犯行グループに関する映像が出て来れば、「イスラーム国」の西欧でのテロの組織性が高まったと言えるが、そうでない場合、小規模組織の単発的な攻撃を触発、刺激し、メディア上の宣伝で一体のものとして「イスラーム国」を印象づけるというこれまでのメカニズムが変わっていないといえる。