文化庁移転の舞台裏

太田雅志記者,山枡慧記者
政府は22日、国の機関の地方移転を巡って、文化庁を京都府に全面的に移転することを柱とした基本方針を決定しました。安倍政権が掲げる地方創生の実現に向けた重要な施策の1つで、いわゆる「東京一極集中」を是正し、地方の活性化につなげようというねらいがあります。国の機関の地方移転を巡っては、政府内に根強く慎重論もあるなかで、どのようなプロセスを経て文化庁の全面的な移転が決まったのか、移転によって期待される効果や、今後の課題はどういったものなのか、政治部の太田雅志記者と山枡慧記者が解説します。

政府の方針 大きく転換

先月下旬、政府関係者の1人は、取材に対し「国の機関の地方移転が近く着地する。文化庁は京都にガサッと移ることになる」と話し、文化庁を京都府に全面的に移転する方向で最終調整に入ったことを打ち明けました。さらに取材を進めると、先月24日、石破地方創生担当大臣が、総理大臣官邸で安倍総理大臣にこうした方針案を説明し、了承を得たことも分かりました。
去年の年末ごろ有力視されていたのは、文化財行政に関わる文化庁の一部の部署を京都に移すという案で、政府の方針の大転換が決定的となった瞬間でした。

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22日に、政府が決定した「基本方針」のポイントです。

▽文化庁を、京都府に全面的に移転するとしています。関係省庁による協議会を設けて、移転の時期や費用、東京に残す事務などを検討し、年内をめどに具体的な内容を決定したうえで、移転は数年のうちに行うとしています。

▽徳島県が求めていた消費者庁と、和歌山県が希望していた総務省の統計局については、一部の職員が現地で業務を行う実証実験などを行ったうえで、ことし8月末までに結論を得ることを目指すとしています。

▽大阪府が求めていた中小企業庁や、北海道や兵庫県が希望していた観光庁など、誘致の要望があった4つの庁は移転の対象とはせず、地方にある国の出先機関の機能を強化することで対応するとしています。

▽独立行政法人や研究機関などを巡っては、東京国立近代美術館工芸館を数年のうちに石川県に移転する方向で検討するほか、国立がん研究センターの研究連携拠点を山形県鶴岡市に設置するなど、研修や訓練の一部を地方で行うことも含めて、23の機関を移転の対象として明記しています。

なぜ政府機関の移転か

そもそも、なぜ政府は、国の機関の地方への移転を進めることになったのでしょうか。

「地方創生」を政権の最重要課題の1つに掲げた安倍総理大臣は、おととし9月、急速に進む人口減少や地方の衰退といった長期的な課題に政府をあげて取り組むため、みずからを本部長とする「まち・ひと・しごと創生本部」を新設し、新たに地方創生担当大臣のポストも設けました。

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初代の地方創生担当大臣となった石破大臣は、直ちに具体的な施策の検討に着手し、年末には「総合戦略」を閣議決定します。この中に、税制優遇措置を設け民間企業の本社機能の地方移転を促すことに加え、国の機関も、地方自治体から誘致の提案を募って移転を具体化していくことが盛り込まれたのです。

政府は、この戦略に沿って、東京都と埼玉県、千葉県、神奈川県を除く43の道府県を対象に提案を募集します。
その結果、去年9月、国の機関や独立行政法人の研究施設など、合わせて69の機関について、鹿児島県を除く42の道府県から誘致の希望が寄せられました。
国の機関を巡っては、▽文化庁を京都府が、▽消費者庁を徳島県が、▽総務省の統計局を和歌山県が、▽中小企業庁を大阪府が、▽気象庁を三重県が、▽観光庁を北海道と兵庫県が、▽特許庁を大阪府と長野県が、移転を求めました。

省庁の抵抗で調整は難航

自治体からの提案を受けて、「まち・ひと・しごと創生本部」の事務局は有識者会議を設けて検討に着手します。

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「総合戦略」で示した、機関を決めるタイムリミットは、平成28年3月末。石破大臣は、当初から、前向きな姿勢を示していた馳文部科学大臣と河野消費者担当大臣がそれぞれ所管する、文化庁と消費者庁の移転の検討を特に重視し、なんとか形にしたいと考えていました。
事務局は、誘致を提案した道府県や、対象となった省庁から、移転のメリットや、東京に所在しなければならない理由などについて聞き取りを始めます。

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文化庁を巡って、京都府は、国宝のおよそ5割、重要文化財のおよそ4割が関西に集中していることなどをあげ、千年以上にわたって文化を守り、育んできた歴史と知恵があるなどと訴えて、文化庁を京都に移転すれば、機能が向上できるとアピールしました。
しかし、文化庁は、激しい抵抗を見せます。「国会答弁に支障が出る」、「政策決定には、政党や関係省庁との調整が必要だ」などとして東京に立地するメリットは大きいと主張。文化庁の幹部からは、「なぜ文化庁だけがスケープゴートにならなければいけないのか」といった感情的な不満も漏れ始め、調整は難航を極めます。

こうしたなか、政府は、去年12月、国の機関の移転について「対応方針」をまとめますが、文化庁や消費者庁など、省庁の移転についての具体的な内容を盛り込むことはできませんでした。
この頃、政府関係者からは、「地方からの提案を1つも実現できず、かけ声倒れに終われば、安倍政権や石破大臣にとって大きな痛手になる」などという懸念も上がりはじめます。政府内では、タイムリミットの年明け3月を見据え、落としどころとして、文化財行政に関わる文化庁の一部の部署を京都に移す案も検討されますが、結論は翌年に持ち越されました。

京都の熱意に政治動く

事態が動きはじめたのは、ことし1月でした。きっかけの1つとなったのが、誘致を希望する「オール京都」の取り組みでした。

京都府では、去年7月から政財界や文化人らが協議会を作り、文化庁の京都誘致の実現に向けて戦略を描いてきました。地元の経済界などの協力によって、庁舎の建設費用の一部を負担する用意があることを、地元選出の国会議員を通じて、水面下で政府側にも伝えていました。
そして1月14日、京都府の山田知事や京都商工会議所の会頭、茶道・裏千家の前の家元らが大挙して上京し、安倍総理大臣や石破大臣、馳大臣と相次いで会談。文化庁の京都への移転を強く求めます。

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要望に対して、安倍総理大臣は、「京都の情熱を受け止めて検討したい」と応じ、初めて、前向きに検討する考えを表明。ある政府関係者は「京都側の『誘致できたらいいな』という希望が、『絶対に誘致をやりとげる』という熱意として昇華しつつあった。それまで静観する姿勢だった総理大臣官邸の雰囲気が変わったのはこの頃からだ」と振り返ります。

この後、石破大臣と馳大臣は、水面下での調整を活発化させます。電話で頻繁に連絡を取り合い、移転の規模や、本当に東京に残さなければならない機能は何かなどについて検討を重ねました。馳大臣は、菅官房長官ら総理大臣官邸との調整に加え、文化庁の幹部への説得にもみずから当たりました。この結果、馳大臣が発したのが「文化庁の全面移転」ということばだったのです。

地方創生にはまだまだ課題も

安倍政権が「地方創生」に取り組む方針を掲げてから1年半。文化庁の京都への移転決定は、地方の熱意を追い風にした政治判断の成果と言えると思います。
安倍総理大臣は、移転を正式決定した22日の会合で、「東京一極集中を是正し、地方創生を進めていくための重要な施策だ。政府としては、この取り組みが、国と地方の双方にとって有意義なものとなり、地方創生に大きな効果をもたらすよう努めていきたい」と述べ、意義を強調しました。
一方で、今回基本方針は決まったものの、文化庁を巡っては、移転の時期や費用、東京に残す人員など、実現に向けて詰めなければならない課題が多く残されていることに加えて、消費者庁や総務省統計局の移転については結論が先送りされました。文化庁移転の具体的な内容の取りまとめは年内がめど、また、消費者庁や統計局の結論を得る時期はことし8月末までとなっていて、いずれも夏の参議院選挙後となりそうです。選挙後も、政府が、基本方針どおり作業を着実に進め、地方側の意向をどの程度受け入れて、文字どおり「地方創生」の実現につながる内容、結論となるのかどうか、注目されます。
「東京でなければできない仕事」とはどのようなものか。
東京中心の価値観に一石を投じたとも言える今回の基本方針の決定をテコに、政府内で国の機関の更なる地方移転に向けて知恵を絞り、民間企業の地方への移転や立地につなげることが、「東京一極集中」の是正と日本全体の活性化に向けた処方箋の1つになるのではないかと思います。