1950年代に米国で起きた学歴詐称事件の主役…
毎日新聞
1950年代に米国で起きた学歴詐称事件の主役、M・ヘウィットは高校中退後ほどなく物理学者になりすまし、他人の成績証明書を使って全米の大学を教員として渡り歩いた。驚くべきは彼が学識で同僚らの尊敬と称賛を得ていたことだ▲数学と物理の知識は図書館でのまったくの独学で得たものだった。やがて彼は名をかたった当人とはち合わせして身元がばれるが、ヘウィットの能力はその学者や大学の学長が正規の資格を得る援助を申し出たことでもうかがえる。だがなぜか彼はこれに背を向けた▲その後もヘウィットは物理学者のオッペンハイマーはじめ当代一流の学者からその才を認められたが、偽証明書を使って大学を転々とする。ついにその学歴詐称が公表されると、いくつかの職の誘いをよそに表舞台から姿を消した(「詐欺とペテンの大百科」青土社)▲ヘウィットがテンプル大卒を名乗っていたと聞けば、あれ最近どこかで聞いたようなと思う方もいよう。ショーンKの名でテレビ番組のコメンテーターをつとめていた人物の経歴詐称疑惑の中でも出てきた大学名である。むろん大学が悪いわけではないので念のため▲某局の大型情報番組のキャスターへの起用が決まっていた当人だったが、週刊文春が報じたこの疑惑で全番組から降板するはめとなった。変えられぬ過去と、才能と努力で変えられる未来、そのはざまで禁断の過去の塗り替えに手を染めたのならば嘆息(たんそく)するしかない▲それにしてもヘウィットはなぜ再出発に背を向け、偽りの人生を続けたのか。人の心は一筋縄(ひとすじなわ)ではいかない。渦中のご当人ならどうコメントしただろう。