もしも紙媒体の編集者がスタートアップするなら?

by 佐渡島庸平(起業家)


僕の中で、編集者としてのプロであると同時に、経営者のプロを目指そうと覚悟が決まったのは、尊敬する経営者の一言がきっかけでした。「作品の善し悪しは、動かした心の量で決まる。そして、動かした心の量に応じて、それをお金に換えるのがビジネスだ」と言われて、僕は作家と一緒にいい作品をつくり、それに見合ったお金を作家にもたらすところまでやりたい!と思ったのです。

基本的に、すべての作品は、人の心を動かすことを目的に描かれています。たとえば『ドラゴンボール』は日本の漫画の中でも、もっとも心を動かした一つと言えるでしょう。ビジネスとしても非常に大きい。しかし、ビジネスとしての規模は、動かした心の量に対して、小さいとも言えます。

このとき、僕の中で今まさに出版業界に足りないものが明確になりました。講談社にいたときは、良い作品をつくり、読者の心を動かそうとしていましたが、「それだけではビジネスマンとしては足りない」と感じたのです。

その話を聞き、覚悟が決まってから、コルクのビジョンも明確になっていきました。

ディズニーとコルクの違い

日本の作家たちは、たくさんの人の心を動かしています。ですが、それに見合った収入ではありません。

コルクに参加してくれている作家たちは精鋭揃いです。彼らにとっていい環境を整えたいと考えています。

そこで注目すべきは、作品を作る能力ではなく、ビジネスの能力です。たとえば、世界中で愛される作品を輩出し続けているディズニーと比べて、コルクの作家の作品レベルは、劣っているとは思っていません。そのくらい、作家の実力は高いと考えています。

一方で、ディズニーとコルクには、作品を作る能力ではなく、ビジネスの能力に天と地の差があると考えています。問題があるのは、作家ではなく、僕らビジネスサイドです。

作品づくりにありがちなのは、作ることに一生懸命になりすぎて、ビジネスを疎かにしてしまうことです。「作品ができたのはいいけれど、どうやって買ってくれる人にアピールすればいいのかわからない」となり、まるで白馬の王子様を待つような体制になってしまいます。いい作品が誕生したのに売れない状況が起こるのは、このためです。

これからは、そうはいかない。作家たちが生み出す作品のクオリティにまったく問題はない。作家たちの作品を広める、動かした心の量に応じて、それをお金に換えること。そのために、コルクは誕生したんだと思っています。

紙媒体とネット媒体の大きな違い

当然ですが、紙媒体とネット媒体では違っているところがいくつかあります。僕には、出版社の編集者としての癖が染み付いているので、それを一度忘れて、インターネット的な編集を知るのに苦労しました。

これまで編集者やテレビ局のような、ある種の“マスコミの人”は、その存在自体が特権でした。一般の人には見聞きできない領域に入り、そこでの体験を話せる、希少な人たちでした。

マスコミの人は、みんなが知らないことを知っている人です。だから彼らは、「みんながアクセスできないところへ行ってきましたよ」「そこで見たこと・聞いたことを、みんなが楽しむと思うから教えます」といった話し方になりがちです。

しかし、この接し方では「先生と生徒」みたいになってしまいます。最近では、有名人自身がTwitterなどで自ら情報を発信している時代です。マスコミが過去と同じように、先生と生徒のような話し方をしたところで、読者からしてみると「もう知っている情報なのになんで偉そうなの?」となってしまいます。

「教える」から「共有」へと、情報の発信の仕方が変わってきています。

今までのマスコミと、インターネットのメディアは、接触回数が違うので、良いとされる基準も異なっています。

リアルな社会でも、たまにしか会わない人と毎日会う人とでは、見せる顔が変わります。

メディアもそれと同じです。

たまにしか読者と接さない雑誌は、いろんな情報を紙面上で「かっこよく」みせます。普通の情報でも、デザインを凝ることで価値を高めます。

旧来のメディアでは、凝ることが重要な要素でした。

しかし、ネットの中では日常的な付き合いがくり広げられています。そこで、雑誌的なコンテンツは必ずしも受けるとは限りません。日常的な場所で求められているのは「かっこいい」より、「ユーモア」です。そして、「たまに」ではなく「安定的に」です。

今までのメデイアは、読者と恋人的な付き合いをしていたけど、インターネットのメディアは、結婚相手的な付き合いが求められているという比喩だと、イメージが湧くでしょうか?

僕は3年かけて、発信するときの意識を変えていきました。

同じ友だちでも、学校や家、遊園地など、場所を変えればコミュニケーションの在り方も変わります。同じように、ネットにもさまざまな場所があり、それぞれのコミュニケーションはかなり違います。

リアルとネットという二項対立ではなく、どのようなユーザー体験が用意されているのかで、ネットの中でのコミュニケーションの仕方が全く変わってくる。そんなことを、僕もやっと理解できるようになってきたところです。

今年初めからスタートしている「マンガ新聞」は、漫画好きのための「NewsPicks」のようなサービスです。まだスタートしたばかりで、ユーザーもゆっくりと増えている状態です。熱量が高いユーザーも集まりつつあり、盛り上がり始めているのですね。

「マンガ新聞」は実名の人によるコミュニティですが、もう一つ「匿名」のコミュニティ「マンバ」の運営にも関わっています。

「マンガ新聞」は、信頼している人が推薦している本だから読みたくなるのですが、「マンバ」は会話に参加したり、そこでの話題を理解したくて本を読みたくなります。

「マンガ新聞」も「マンバ」も、紙の編集者としては、やろうと思わなかったサービスです。紙の編集者にとっては、コンテンツがチープに見えてしまいます。でも、ネットのことを理解し、サービスを編集しようと視点を変えると、そこにはリッチな体験が待っていることに気づきます。紙で一方的に情報を得るよりも、ずっとリッチな経験です。

紙媒体の編集者がスタートアップを立ち上げるときに役立つのは、過去の人脈です。僕も、講談社時代に知り合った人たち、そのときに築いた信用が、コルクを経営するうえで非常に役立っています。

ネット的な編集の成功形は、まだ誰も見つけていません。旧来の編集者と未経験の人。どちらが有利かは、僕にはわかりません。ネット上で、ゲーム以外のコンテンツをどのように作り、広げるのか。これは、まだまだ暗中模索で、やりがいのある楽しい領域だと思います!


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