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真顔日記

36歳女性の家に居候している男の日記

「ネコ=カワイイ」の方程式が揺らぐ瞬間

ネコたちとの日々

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 影千代がセツシの尻をなめていた。

 人間の場合、相手の尻をなめるというのは屈辱的なこととされるが、ネコの場合は、どうもちがうようである。影千代は、誰に命令されることもなく、すばらしい自由意志にもとづいて、セツシの尻をなめているようだ。

 なめられている側のセツシも非常に気持ちのよさそうな顔をしており、なめる側となめられる側、お互いの需要と供給は見事に一致しているわけだから、第三者である自分が何かを言っても仕方ないのかもしれない。

 なので、私は暖かい気持ちで観察していたんだが、やがて影千代は、尻をなめた舌で、そのままスムーズにセツシの顔もなめはじめた。

 こうなると、さすがにセツシはマジギレするんじゃないかと思ったが(私だったらマジギレする)、引き続き、気持ちよさそうな顔をしていた。尻をなめた舌でそのまま顔面をなめられても、何の問題もないようだ。

 このような場面を見せつけられると、人類の一員としては、ひく。「ネコカワイイ」の一言ですまされない獣性を見せつけられ、人類が長い歴史の果てに、友人の尻をなめないことや、尻をなめた舌でそのまま顔をなめないことを学習してきたのだと実感させられる。

 ネコというのは、あくまで獣であり、人類が社会で生きるために学ぶ雑多なルールも学んでおらんから、このような生き物と同居していると、日々、文明が揺らぐ。あまりに見た目がかわいく、毛がモコモコしているから、ネコが野蛮な生き物だということを忘れてしまっているが、こいつらはあくまでも獣なのである。

 ネコが大きくあくびをしたとき、臓器のようなてらてらした質感の口内が丸出しになり、「ウワッ!獣だ!」と驚くこともある。同時に濃厚な魚のにおいが漂ってくることも多い。魚系のキャットフードを食べているからなんだろう。これも「ウワッ!獣!」となる。

 このへん、私のなかで、「ネコ=カワイイ」というシンプルな方程式に裂け目ができる瞬間である。尖った歯や、唾液で濡れた桃色の肉や、口に残った魚肉の臭いは、さすがにかわいくはない。

 ネコ狂いの同居人ですら、抱っこしている最中にネコが口をあければ、そこはもう反射的に「くさい!」と言っている。非常にシンプルな感想である。これ以上削りようのない、シンプルな感想。

 もっとも、くさいと言われようがネコは平気でキョトンとしており、その目はまんまるだったりするんで、結果的に「あっ、でもかわいい…」に落ち着くわけではあるが。