認知発達に基づいた療育②集団参加の準備


「集団参加」に繋がる療育

スティッキィ3

前回は、Aさんという女の子の例を参考にルール理解やコミュニケーションの前提となる「シンボル機能」の形成を目指した療育をご紹介しました。

今回の主役は、写真の奥側でゲームの説明を興味深そうに聞いている、小学2年生のB君です。

Bくんはこれまで、何度か私の療育を受けています。シンボル機能は形成されており、ゲームのルールを理解できます。ゲームに対する取り組みはとても意欲的で、私が訪れるたび、「あっ、アナログ先生だ!今日はどんなゲームやるの!?」と元気よく聞いてくれます。

他方で、B君は、衝動的なところがあり、しばしばゲームに勝とうとしてルールを破ってしまったり、早くプレイしたいあまり他の子の順番を飛ばしてしまいがちなことが課題です。

実際に、写真の「スティッキー」をプレイさせてみたところ、1本ずつ棒を抜くべきところ2本抜いてしまったり、気持ちが先走りすぎて順番をとばす場面が頻繁に見られました。

この状態で、同年代の友達と遊ぼうとすると、トラブルが頻発することが予想されます。そこで、まずは1対1で「ルールを従って遊ぶ」ことを目標に、集団参加に繋げる療育を行うことにしました。

ルールを守って遊ぶ

B君に遊んでもらったのは「ドラゴン・ディエゴ」です。玉を弾き、予めカードで指定されたゴールに入ると得点になります。本来は複数人で遊ぶゲームですが、今回はルールを簡略化し、B君一人で遊んでもらいました。

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B君は得点を取りたいあまり、ボールを所定の位置から、ゴールの近くまで持っていき、そこから入れようとします。これはルール違反なので、その都度「今のだと得点にならないよ。」といって、私がボールを元の位置に戻してやり直しさせます。

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赤いボールをつまんでゴール手前まで持って行ってしまうB君。その度にボールを定位置に戻してやり直してもらう。

何度か繰り返すうち、写真のように定位置からボールを弾けるようになりました。こうしたきめ細かい指導はマンツーマンだからこそ可能です。

「数の蓄積」概念は獲得できているか

ルールを守って遊べるようになったBくん。弾いたボールが入ると「やったー!!!見てみて!!」と他の指導員を巻き込んで喜びを表現し、失敗すると「うわぁーん、入らないー!」と机に突っ伏して悔しがります。

一つ一つのプレイに一喜一憂するBくんの様子を見て、私はふと疑問がわきました。「Bくんは『得点』という概念を理解しているのだろうか?」と。

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改めて、上の写真の赤い丸で囲った部分をみてください。箱のフチに刻まれためもりと、そこにくっついている黄色いドラゴンのコマがあります。狙ったゴールに玉が入るたび、ドラゴンが一めもり前に進みます。つまりこのドラゴンはこれまでに獲得した得点を表しています。

ルールの説明が前後してしまいましたが、プレイに先立ち私はB君に「玉が入るたびにドラゴンが一歩進みます。このドラゴンが箱の周りを一周したらゴールだよ」と伝えていました。

しかし、Bくんは、自分の弾いた玉が狙ったところに入ったかどうかだけを気にしており、成功するたびにドラゴンが一歩ずつ進み、ゴールに近づいていくことにはほとんど興味を示しません。私が「ドラゴンが半分まで来たよ!」とか「もうすぐでゴールだよ!」と話してもキョトンとして、それから「いいから早くやろうよ!」と次のプレイを急かします。

このことから、B君は、その場の一つ一つのプレイの成功/失敗は理解できても、「成功するごとに得点が蓄積されていき、やがてゴールを迎える」というルールは理解できていない可能性が高いことが伺われました。このことは、より一般的には「数の蓄積」という概念がまだ充分形成されていないことを示唆していると考えられました。

 

順番の理解に数概念の形成が関わっている?

B君に「数の蓄積」の概念が充分形成されていないことは、彼がしばしば順番を飛ばしてしまうことにも関連すると思われました。

というのも、「得点が蓄積していきやがてゴールを迎える」という事の理解と、「他のプレイヤーが全員プレイした後に自分の番が回ってくる」ということの順番の理解は、どちらも「数の蓄積」の理解を要すると考えられたからです。

例えば、4人でゲームをすることを考えてみましょう。今B君がプレイしたとして、次に順番がまわってくるのは、残り3人がプレイした後です。しかし、Bくんが数の蓄積を理解できていないとしたら、彼はあとどれくらい待てば自分の順番が回ってくるか見通しがたてられません。

順番を飛ばしてしまうことは、一つにはBくんの衝動性もあるでしょうが、「数の蓄積」概念の形成が充分でないことも、理由の一つとなっていると思われました。

今回の療育で、B君の認知発達段階を一歩深く理解することができました。次回の療育では、数をかぞえたり、大小を比較するようなゲームを通じて、Bくんの「数の蓄積」概念の形成を促すことが目標になるでしょう。

Bくんに「数の蓄積」概念がしっかり形成されれば、集団遊びにおいてもあとどれくらいで自分の順番になるか見通しが立つようになり、順番を飛ばすことは減ってくると予想されます。

認知発達に着目することで新しいアプローチが見えてくる

Bくんがみせる「ルールを破ってしまう」「順番を守れない」といった行動は、学校などではADHDの症状の一つである衝動性のあらわれとして解釈されることが多いと思います。

そこ導き出される手立てとしては、ルールや順番が守れたら褒めるといったABA的方法や、焦る気持ちを自覚させコントロールする練習などが考えられます。それでも改善が見られないなら、投薬も選択肢に入ってくるでしょう。

しかし、今回療育にアナログゲームを導入したことで、B君の障害特性だけでなく、認知能力にもスポットがあたり、その結果、「順番を理解させるために数概念の形成を促す」という、新しいアプローチを見出すことができました。

このことからもわかるように、アナログゲームには、お子さんの認知能力上の課題を療育者に気づかせてくれるアセスメントツールとしての機能も持っているのです。