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[FT]麻薬王逮捕後のメキシコの闘い(社説)

2016/1/13 14:17
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 どんな犯罪であれ、ならず者は誰にも愛されるらしい。コロンビアの麻薬王だったパブロ・エスコバルの墓は今や観光名所で、その生涯を描いたテレビドラマもヒットしている。アル・カポネをはじめとする米禁酒法時代のギャングたちは繰り返し本や映画に取り上げられている。ヒットした1976年の英ミュージカル映画「ダウンタウン物語」もその一つだ。そして今は「エル・チャポ(小柄なヤツ)」ことホアキン・グスマン受刑者がいる。やはり自らの半生を銀幕上に見ることを思い描いていたグスマン受刑者は、その虚栄心があだとなってメキシコの治安当局に潜伏場所をつかまれ、8日に逮捕された。

■「任務完了」は時期尚早

治安回復が大きな課題となっている(ペニャニエト大統領)
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治安回復が大きな課題となっている(ペニャニエト大統領)

 メキシコ政府にとって、この逮捕は重要な成果だ。シナロア・カルテルを率いるグスマン受刑者は世界で最も悪名高い麻薬王であり、最重要指名手配犯だった。その帝国は米国に流れ込む麻薬の半分を牛耳り、年間約70億ドルの収益を上げている。ハリウッド俳優のショーン・ペン氏が行ったインタビューでグスマン受刑者自身、「世界の誰よりも大量にヘロイン、メタンフェタミン(覚醒剤)、コカイン、マリフアナ」を供給していると語っていた。その一方で、国内のライバル勢力との縄張り争いでおびただしい数の死を引き起こしていた。メキシコの麻薬戦争では過去10年間に10万人以上が殺され、ほかに2万人が行方不明になっている。グスマン受刑者のようなギャングが逮捕されることは、メキシコという国全体のためになる。

 それでも、ペニャニエト大統領がグスマン受刑者の逮捕後に「任務完了」と誇ったのは愚かだった。確かに、6カ月前にグスマン受刑者が厳重警備の刑務所から脱獄し、その痛手が尾を引いていた政権にとっては面目の回復を訴えたい成果だ。しかし、グスマン受刑者の逮捕(3度目)は麻薬取引の根絶にはほとんどつながらない。グスマン受刑者の収監中も活動を続けていたシナロア・カルテルの活動に、ほとんど影響は出ないはずだ。また、メキシコが直面している最大の問題である治安の改善にも、ほとんどつながらないだろう。

 その治安の悪さには数々の根元となる原因がある。米国からのとめどない銃の流入、米国内の違法薬物の需要も絡んでいる。しかし、最大の原因はメキシコの腐敗と無法性だ。この2つがグスマン受刑者のような犯罪組織の活動を可能にしている。犯罪組織の活動は今や麻薬取引を越え、ゆすり、誘拐、人身取引、石油の窃盗、アジアへの鉄鉱石の大量密輸などにも広がっている。メキシコの法治が弱いままだと、このような活動がさらに横行していくことになる。これを是正することこそが、メキシコが果たさなければならない本当の任務だ。

■司法・警察改革は待ったなし

 前回の逮捕時と異なり、ペニャニエト氏は国の誇りを捨ててグスマン受刑者の米国移送に応じた。そのための法的手続きに何年もかかる可能性もある。また、米国が脱獄と無縁なわけでもない。しかし少なくとも、グスマン受刑者は腐敗のネットワークの外で収監されることになる。それによって、メキシコ政府の手から一つの問題が取り除かれる。ペニャニエト氏は今、停滞したままの司法・警察改革の断行に向かうべきだ。

 この改革は何年も前に公約されながら、ペニャニエト政権はそれよりも目を引きやすい施策──歴史的なエネルギー産業自由化、あるいはまさにグスマン受刑者の逮捕など──を優先してきた。メキシコ政府は今、法治の強化に対して同等のエネルギーと決意を示さなければならない。口先だけの約束ではなく、この改革を達成することでメキシコに恒久的な遺産を残せる。そうして初めて、ペニャニエト氏は「任務完了」を確言し、逃亡と逮捕が続いたグスマン受刑者の血塗られた一代記を乗り越えることができる。

(2016年1月13日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

(c) The Financial Times Limited 2016. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.


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