2.3 マイクロバブルの特徴
2.3.1 マイクロバブルの上昇速度
2.3.2 マイクロバブルの自己加圧効果
2.3.3 マイクロバブルの表面電位特性
2.3.4 マイクロバブルの自然圧壊現象
2.3.5 マイクロバブルの一時的安定化
2.3 マイクロバブルの特徴
気泡の上昇速度は、その工学的な応用について検討する上で非常に重要です。そこで、透明な微小セルにマイクロバブルを導き、内部対流が無い状態で、マイクロスコープにより観測しました。画像データとしてパソコンに取り込み画像解析を行って気泡径と上昇速度の関係を求めました。室温、大気圧環境の測定条件で、蒸留水中における空気のマイクロバブルの測定データを下図に示します。なお、画像解析に伴う測定誤差は、気泡径に対して5%以下でした。図中において直線で示した関係はストークスの法則から求めた理論値であり、次の計算式から求めることができます。
V = 1/18 × g d2 / ν
ここでV (m/s) は気泡の上昇速度、g (m/s2) は重力加速度、d (m) は気泡直径、ν (m2/s) は水中の動的粘性計数です。
ストークスの法則は水中における剛体球の動きを特徴づける公式ですが、マイクロバブルの場合はほぼそれに近い値が実測データとして得られました。なお、水の汚れがほとんど無い条件では気泡内部に対流が生じ、これが潤滑剤のような役割を果たすことで移動抵抗を減らすため、ストークスの法則で予測されるよりも5割程度は速く気泡が上昇すると考えられています。今回、蒸留水中での実測でしたが、気泡内における対流によると見られる上昇速度の増加は確認できませんでした。また、加圧環境下(5気圧=水深40m相当)や水道水中での上昇速度も実測しました、図と比べて大きく変わる傾向は認められませんでした。
気泡は気液界面により取り囲まれた存在であり、その界面には水の表面張力が作用します。表面張力はその表面を小さくするように作用するため、球形の界面を持つ気泡にとって、表面張力はその内部の気体を圧縮する力として機能します。なお、環境圧に対しての気泡内部の圧力上昇は理論的にYoung-Laplace の式により求められます。
ΔP = 4σ/D
ここでΔPは圧力上昇の程度であり、σは表面張力、Dは気泡直径です。直径が0.1mm以上あるような気泡においては考慮に値しない効果ですが、直径10μmの微小気泡では約0.3気圧、直径1μmでは約3気圧の圧力上昇と大きな値となります。気体はヘンリーの法則に従って水に溶解するため、自己加圧された気泡内の気体はより効率的に周囲の水に溶解していきます。なお、マイクロバブルは水中で縮小していく存在であるため、計算上では、消滅の瞬間には無限大の圧力を生じることになります。もちろん、マクロな状況をミクロな部分まで押し広げて解釈するには限界がありますので、無限大は現実的ではありませんが、極めて高い圧力場が自然放置の状況下で形成される事実は重要なポイントだと思います。
(Additional Information 内部圧力の上昇)
マイクロバブルの工学的な応用を考えたときに、電荷の特性と共に重要な役割を果たすのが内部圧力の上昇です。泡は、内部が気体であり外側が液体ですので、その境界は気液界面となります。この気液界面には、表面張力という自然な力が作用します。表面張力は、その表面を小さくしようと働く力です。その結果、内部の気体は加圧されます。また、その効果は気泡の大きさに反比例していることが知られています。直径が10μmの気泡の場合には環境圧力に対して約0.3気圧、1μmでは約3気圧それぞれ高い値となります。
気泡の圧力が高いというと非常に不思議な顔をする人が時々います。「圧力が高いなら気泡は膨らむのではないか」と。単に気体の圧力が高いのならば、それは膨らむかも知れません。でも、原因が気液界面にあり、この界面が内部の気体をギュッと押さえつけているから内圧が高いのであれば気泡は膨らみません。界面から押さえつけられるのに対抗して内部気体の圧力が高くなっているわけですから、両者は釣り合っています。この効果だけを考えると気泡は膨らむことも縮むこともありません。
ところが気泡には別の作用も関与してきます。すなわち気体の溶解です。気泡内に存在している気体分子は周囲の水に溶け出します。実はこの溶解という現象は気体の圧力に比例して変化します。高い圧力ほどより効果的に周囲の水に溶け出します。
その結果どうなるでしょうか?
気泡の中身(気体分子)が逃げていくわけですから、気泡はどんどんとやせ細っていきます。やせ細る(気泡の縮小)と、それに応じて内部の圧力も変化します。マイクロバブルの縮小の場合、どんどんと高圧になっていきます。そして消える瞬間。。。 理屈の上では無限大の圧力になります。
卓上のコップにマイクロバブルを含んだ水を入れると、小さいながら、また短い時間ながら、超高圧力の反応場が形成されている。。。 面白いですね。
マイクロバブルを理解する上で最も重要な特徴の一つがその帯電性です。水の中の気泡は電気(電荷)を帯びており、これにより様々な興味深い現象が引き起こされます。例えばフリーラジカルなどの活性物質の発生やナノバブルとしての安定化など。。実用的にマイクロバブルを利用する上で重要な特性の多くがこの帯電を基本としたものです。
ではその証拠をお見せしましょう。画像G4 をご覧ください。これは小さなセルの中にマイクロバブルを導いた上で、両側に取り付けた電極の間に電気を流したときの画像です。電極間に電位勾配が生じると内部の気泡が電極に引っ張られて(もしくは反発して)気泡はジグザグに動きながら上昇しています。なお、ジグザグ状の動きは電極のプラスとマイナスを約1秒の間隔で切り替えたためのものです。この様な動きから気泡が帯電していることが分かります(気泡が電気を帯びていないと真っ直ぐに上昇します)。下図は約3秒間の気泡の動きを画像解析してその軌跡を取ったものです。
実は水の中にある微粒子が帯電しているというのは古くから知られた特徴であり、コロイド科学などの本をひもとくとそのメカニズムが記載されています。例えば「コロイド科学の基礎(化学同人)D.H.Everett著 関集三ほか訳」によると、粒子表面の官能基のイオン化や、水溶液中に存在する界面活性効果を持つイオン類の吸着などがその機序として記されています。ただし他の書籍などを見てみると必ずしも明確に記載されていない場合も多く、まだ不明な部分も残されているようです。
さて、気泡が帯電していることは分かりましたが、その特徴はどの様なものなのでしょうか? メカニズムを含めて検討するため、様々な条件下でのマイクロバブルの帯電性について調べてみました。
まず、現象を理解するためには、それを数値化して比較検討する必要があります。そこで、水中に浮遊する微粒子(気泡も含む)の評価として一般的に利用される「ゼータ電位」を求めてみました。
少し専門的になりますが、ゼータ電位について簡単に紹介してみます。
ゼータ電位の測定には通常、電気泳動法という技術が使われます。今回、当方が制作した装置の模式図と写真を示します。
測定に当たってはまず、水容器中で発生したマイクロバブルを含む水をポンプBにより電気泳動セルに導きます(写真では電極とセルのみを表示)。セルは幅が1mm程度の平たい空間であり、全面と後面が透明板(素材は違いますがガラス板とお考えください)ですので内部における気泡の動きをマイクロスコープで観察できます。画像でご覧頂いたのもその様にして得られたものです。この時の気泡の動きを画像処理して、X軸方向およびY軸方向の気泡の移動速度を求めます。さらにY軸方向の移動速度(上昇速度)から気泡の大きさを、X軸方向の移動速度から下記の式によりゼータ(ζ)電位を求めます。
Smoluchowskiの式
ζ=ημ/ε
μ:気泡の移動度 (m2s-1V-1)
ε:水の誘電率 (JV-2cm-1)
η:水の粘性 (gcm-1s-1)
ゼータ電位とは界面における電位であり、この値の大小で帯電性の強さを評価します。ただし、測定上の不可避的な問題として、気泡は若干の水分子を身にまといながら動きますので、上式で得られたゼータ電位とは気泡の境界(気液界面)の電位ではなく、滑り面と言われる部分での電位となります。ところで、滑り面と界面との間には水分子が1〜2個(層?)存在する程度と言われていますので、マイクロバブルの場合にはゼータ電位の値で界面の電気的特性を議論してもさほど問題はないと考えられます。
余談になりますが、電極のプラスとマイナスを短時間に切り替えたことには当方なりの意図がありました。実は界面に電荷が集まるというのは一般的な現象として理解されており、気液界面に電荷が集まるように、水と固体物質との境界にも電荷が集まります。つまりは水とセルのガラス面との間にも電荷が存在することになります。電荷は電場の中では静電気力を受けますので「移動」します。この場合、電荷の正体は水中のイオンと見なされるので、イオンに引きつられて水自体が移動します。この様にして生じる水の流れを電気浸透流と呼びますが、この現象は「気泡の電気泳動を調べる」という目的のためには困った状況を作ります。つまり静止している水の中での気泡の動きを求めたいのに、水自体も動いてしまうと何を測定しているのか分からないということになります。
幸いなことにセル中の水の動きにはある特徴があります。その動きを模式的(セルを水平に輪切りにした図)に示すと下記のようになります。すなわち壁面で生じた水の流れは中心面付近を通って戻ってきます。これは閉鎖された空間では必然的な現象ですが、この時に壁面と中心面の間に「水が動かない層」を生じます。この静止面に存在しているマイクロバブルの動きを調べることで、精度良く気泡のゼータ電位を測定することが可能です。ではどうして「その気泡」を認知するか。。 当方の答えは印加電圧のプラスマイナスを短時間に切り替えるということでした。すなわち静止面の気泡は切り替えに対して鋭敏に反応しますが、水自体が動いている領域に存在している気泡は汚い(!?)動きになるはず。その理由は、印加電圧の切り替えで電気浸透流も逆転しますが、水は急には止まれないので。。(慣性力が働きます)。なお、これは気泡にのみ使える現象であり、(十分な)比重を持っているエマルジョンやコロイドでは使えません(彼らには彼らなりの慣性力が加わるので。。)。
もう少し余談になりますが、ここまで考えてみるとマイクロバブルの帯電も「気泡の帯電」ではなく、周りを取り囲む水の帯電であることが見えてきます。それも滑り面よりも内側の水。とするとここで疑問なことは、界面と滑り面の間は本当に1〜2分子程度の厚みしかないのでしょうか? この場合の前提は「厚みの無い界面」に電荷が存在しているという仮定でしたが、実際の電荷は水が抱えこんだものであり、熱分子運動を受けて多少は拡散している、つまり電荷域は広がりを持っていることになります。このことを考えると「滑り面」はあるにしてもその場所は何やらモヤモヤしたものに思えてきます。さらに言えば、界面(付近)が帯電していると、反対符号を持った電荷がその回りに集まってきますので、状況としてはかなり複雑です。なお、この様な電荷(イオン)の分布は電気二重層と呼ばれています。
気泡(マイクロバブル)とは「気体とその周りの水の塊」と割り切って次に進むことにしましょう。
さて、それでは電気泳動法を利用して様々な条件下でのマイクロバブルの電気的な特性について調べてみましょう。
まずは、蒸留水の下での気泡の帯電です。下図に試験結果を示します。一つ一つの点が測定対象となった気泡の測定値です。このグラフから分かることの一つは、気泡の大きさによる違いがほとんど無いということです。つまり大きな(といってもマイクロサイズです)気泡も小さな気泡もほぼ同じ電位を持っているということです。実はこのことには重要な意味があり、ゼータ電位が同じということは気泡の表面(いわゆる気液界面)での電荷量が、単位面積当たりの量としてほぼ等しいことを示しています。このデータは、電気泳動セル中における3秒程度の気泡の動きから求めたものですが、界面とその近傍におけるイオンの分布という点ではほぼ平衡条件での値を示していると考えられます。つまり「表面から逃げる電荷」=「表面に近づく電荷」が等しくなっているときの値です。平衡という条件下で帯電が認められると言うことは、陰イオンがバルクよりも界面により多く集まっていることを示しています。なお、蒸留水ですので、この場合の電荷の正体はOH−(水酸化物イオン)です。
この実験データをベースにして、少し一般的な事項を捉えてみましょう。すなわち、気泡径による違いが存在しないと言うことから、下図の横軸をそのまま伸ばして考えてみましょう。このまま延長できるとすれば、気泡径が∞(無限大)の気泡も約-35mVに帯電していると言うことが分かります。気泡径が∞とは。。つまり通常のフラットな水表面のことを意味します。ゼータ電位などの測定は不可能ですが、コップに汲んだ水の表面だけでなく、川や海の水面には(水中よりも)より多くの電荷が集まっていると推察することができます。
蒸留水中におけるマイクロバブルのゼータ電位
このデータからいろんなことを思い巡らすことができます。その一つとして、巷で話題になることの多い「マイナスイオン」を考えてみましょう。どうもこの出だしの一つは滝壺の陰イオンにあるようです。
水中でのイオンの移動はあまり速くはないようです(現象については後で説明)が、滝における水の落下には少し時間が掛かるために、水の塊において表面と内部の間でイオンの移動が生じて、表面を帯電させていると考えられます。つまり、蒸留水であれば-35mVレベル、通常はもっと高い値に相当するように水酸化物イオンが表面に集まっています。この水の塊が滝壺の岩にぶつかると激しく壊れて飛び散ります。この時に大小様々なサイズの水滴になりますが、確率的に表面に近いものが小さな水滴になりやすいというようなことをどこかの雑誌で見ました。小さな水滴は上に飛び、大きな水滴はすぐに落下して、川となって流れていきます。この「破壊」は非常に早い物理現象であるため、表面に集まっていた陰イオンが小さな水滴の方により多めに取り込まれてしまう、ということが予測されます。その結果として、陰イオンを多く含む微小な水滴が空間に飛散することにより、滝壺周囲の(空気)環境がマイナスのイオンに満たされる、という解釈です。現象として興味深いのは、当初の水塊は、表面と内部でイオンの分散に偏りがあるものの、全体としてはプラスとマイナスが均衡を保った状態であったものが、破壊という急激な現象を受けることで、イオン量にばらつきのある水滴群を生じたという点です。本当にその様な陰イオンに富んだ(もしくは陽イオンに富んだ)水滴が生じるものなのか、化学に疎い当方には分かりません。でも考えてみると、大きな系としての空間においても陰と陽のイオンの分布には偏りが生じるものであり、それを修復する現象の一つが雷(カミナリ)なのかも知れません。
蒸留水中でのゼータ電位を示しましたが、実際の環境中の水には様々な物質が溶けています。これらはマイクロバブルの帯電に影響を与えないものでしょうか? (2012/05/29)
電化に関しての記載予定 :
各種電解質(いわゆる塩類)溶液中でのマイクロバブルの帯電
アルコール水溶液中のでマイクロバブルの帯電
帯電のメカニズム
ラジカル発生やナノバブルとしての安定化の基礎
その他
マイクロバブルのゼータ電位の大きな特徴の一つは水質によって電荷が大きく変化することです。特にpHの影響が大きく(下図参照)、アルカリ性ではマイナスの電荷が大きくなり、また強い酸性条件ではややプラスに帯電した特性が認められます。
マイクロバブルのゼータ電位とpHとの関係
気泡がどうして帯電しているのか、そのメカニズムについても明らかになってきました。詳細については論文を参照して頂きたいのですが、気液界面における水分子群のクラスター構造が関与している可能性が高いと考えています。水のクラスター構造(水素結合ネットワーク)は水分子(H2O)と、これが電離して生じたわずかな量のH+とOH−から構成されています。考えられるメカニズムとしては、界面の構造中にH+やOH−が収まりやすい特徴があり、バルク(水本体)に比べてこれらのイオン密度が高くなるため結果的に界面を帯電させています。また、この傾向はOH−の方が強いため、通常のpH条件下では界面をマイナスに帯電させていると考えられます。(気液界面における水の構造が電荷に与える影響を調べるため、ある種のアルコールを添加した条件下でのゼータ電位の測定も行っています。ただし、やや専門的になりすぎるため、ここでの説明は省略させてください。ご関心のある方は論文をご覧ください)
気泡が帯電していることの工学的な意味合いは重要です。極めて濃厚なマイクロバブルを発生させても、静電気的な反発力が気泡相互に作用するため、気泡同士が合体して気泡濃度を低下させることはありません。また、汚染物質や金属イオンなどを静電気的な引力により表面に引きつける効果も期待できるとともに、動植物に与える生理的な活性効果の要因となっている可能性もあります。さらに、マイクロバブルからのフリーラジカル発生やナノバブルの安定化にも関与していると考えられます。
マイクロバブルの研究を続ける過程で、これに極めて特異な現象が存在することを発見してきました。その一つがフリーラジカルの発生です。フリーラジカルとは不対電子対を持つ原子や分子であり、一般的に反応性が極めて高いことが特徴です。この現象は超音波においても認められています。水の中に超音波を照射すると、その音圧変動の過程で、陰圧時に発生したキャビテーション気泡が次の高い圧力波により急激に縮小されます。気泡内の圧力は、気泡径に反比例して増加するため、急激な縮小(圧壊)は圧力の急上昇につながります。その速度が十分に速いと、断熱圧縮的な作用により気泡内の温度も急激に高くなります。その結果、消滅時には数千度で数千気圧の領域を形成します。この極限反応場(ホットスポット)は極めて微小な範囲であるものの、内部のガス分子を強制的に分解できるほど強力ですので、結果的に・OHなどのフリーラジカルを発生させます。この様な超高温度やフリーラジカルを利用することで水溶液中に存在する様々な化学物質を分解することが可能であると言われています。
この様な極限反応場の形成は通常環境下においては認められない現象です。ところが、マイクロバブルの場合には不思議なことに特別に強力な刺激を必要とすることなくフリーラジカルの発生を確認することが出来ました。なお、フリーラジカルは非常に短命な物質ですので、実験では、スピントラップ剤としてDMPOを利用して電子スピン共鳴法(ESR)により測定しました。・OHなどのフリーラジカルはDMPOにトラップされて、その生成物(スピンアダクト)をESRのスペクトルとして確認することが可能です。
マイクロバブルの圧壊は電荷の変化を目にしたときに予測した現象であり、その後にラジカルの実測により確認し、定義づけも行いました。ところがこの発見よりも以前に、この現象を利用して排水処理やナノバブルの製造を確立した人物がいました。株式会社REO研究所(宮城県東松島市)の千葉金夫氏です。理屈を飛び越えて経験の中からこれらの技術を確立したこの人物の洞察力には畏敬の念をおぼえます。現在、REO研究所と産総研は共同研究契約を結び、理論と実践の両面から様々な分野での応用開発を進めています。
さて、マイクロバブルは魔法の技術ではありません。ところが、マイクロバブルを利用していると、それまでの常識を越えた効果を発揮する場合があります。魔法でない以上、そこには「理由」が存在します。その理由の一つが今述べているマイクロバブルの圧壊という現象です。圧壊という現象について以下に紹介します。少し専門的になってしまいますので、難しいと思われる方は次の項目に飛んでください。
マイクロバブルの圧壊をフリーラジカルの発生という観点から定義したときに、そのメカニズムとしてはどの様なことが考えられるのでしょうか。超音波における圧壊(キャビテーション現象)では、音圧変動において生成した微細な気泡が断熱的に縮小してホットスポットを形成し、その超高温度で気泡内の水蒸気やガス分子が分解されてフリーラジカルが発生すると説明されています。現象論的な事実やシミュレーションの結果からこの解釈は正しいと考えられますが、マイクロバブルの圧壊ではその様な急激な気泡の縮小を想定することは難しいため、異なったメカニズムを考える必要があります。マイクロバブルの圧壊の過程では表面電荷の急激な濃縮が認められており、フリーラジカルの発生には極限的な環境場が必要条件であると考えたとき、表面電荷の濃縮現象がラジカルの発生に関与していると解釈することが妥当と思われます。
前節でマイクロバブルのゼータ電位について解説しました。水質などの影響を受けますが、通常、同じ系内に分散しているマイクロバブルの間ではゼータ電位に差は認められません。すなわち気液界面の単位面積当たりの電荷量は一定です。ところが一つの気泡に注目してその縮小過程におけるゼータ電位を測定したとき、少し違った特徴を認めることができます。
気泡の縮小過程における粒径とゼータ電位の経時変化を示すものが下図である。下図(上)は気泡が小さくなるほど縮小速度が増加する傾向を示しています。また、下図(下)は、気泡が小さくなるほどゼータ電位が上昇する傾向を示しています。この2つのデータから、ゆっくりと縮小している段階ではゼータ電位はほとんど変化しないが、15μmよりも小さくなるあたりからゼータ電位の上昇が認められるようになり、気泡が縮小するほど変化は急激になることが分かります。なお、気泡径15μmという値は意味を持つわけではなく、水質やマイクロバブル濃度などの環境条件によりゼータ電位が上昇を始める粒径は変化します。大切なことは、ゼータ電位の上昇という現象がマイクロバブルの縮小過程における気液界面での電荷(イオン)の濃縮を示している点です。
気泡は縮小するほどに比表面積や内部圧力が増加するため気体の溶解が
促進されます。その結果、縮小速度も気泡径に反比例して増加します。
気泡の縮小過程におけるゼータ電位の変化
マイクロバブルの縮小は気液界面の収縮を意味しています。気液界面には一定量の電荷(イオン類)が存在しているため、その収縮は単位面積当たりの電荷の増加につながります。しかし、過剰となった電荷はバルク水中に散逸するため、最初の段階ではゼータ電位は変化しません。すなわち、気液界面における電荷密度に飽和値があると考えた場合、その値からのズレはバルク水中との電荷の移動により補われると考えられます。ところが、水中におけるイオンの移動速度はさほど敏速でないようであり、気泡の縮小速度が増加してくるとゼータ電位の上昇が認められるようになります。言いかえれば、気泡の縮小速度が増加すると逃げ切れなくなったイオンが界面に蓄積し結果的にゼータ電位を上昇させます。上図におけるゼータ電位の上昇は気液界面におけるイオン濃度の上昇を示しており、測定には限界があるものの、気泡が微小化するほどその傾向は顕著になっています。その結果、気泡が消滅する瞬間には極めて高濃度の電荷が集中していると予測できます。
「マイクロバブルの圧壊」という表現を使った根拠はフリーラジカルの発生に関連しています。この表現は超音波工学におけるものであり、当初はマイクロバブルの圧壊も超音波と同じ現象であると予測しました。すなわち断熱圧縮による超高温度場(ホットスポット)の形成という仮定です。初期の研究では低濃度型のマイクロバブル発生装置を利用していたため、測定データとしてマイクロバブルからのラジカル発生は確認できませんでした。気泡の縮小速度が超音波と比較して極めて緩慢であるため、断熱圧縮に至らないと考えてこれを解決する手段として衝撃波の利用を思いつきました。実験では簡易に衝撃波を発生させる手法として、放電を利用しました。すなわち電極を水中に入れた後に、コンデンサーに充電し、これを短絡させることで水中の電極間にカミナリ放電を起こさせました。通電部分では高温により水が瞬時に蒸発するため、急激な体積膨張をおこし、これが衝撃波として水中を伝播します。
現象は極めて敏速であり、複雑な二次的効果も介在するため、目視による解析は十分ではありませんでした。そこでフリーラジカルを計測しました。フリーラジカルの測定は電子スピン共鳴法(ESR)で行ないますが、測定セル内で同様な実験を行うことは不可能であるため、スピントラップ剤という薬剤を利用しました。フリーラジカルは一般に極めて短命な物質ですが、実験系内にスピントラップ剤が存在しているとこれと反応してスピンアダクトを形成します。これはESRにより検出可能であり、そのスペクトルの形状からもとのフリーラジカルを予測することができます。今回の実験では、最も一般的に利用されるスピントラップ剤の一種であるDMPO(5,5-dimethyl-1-pyroroline-N-oxide)を利用しました。その結果、マイクロバブルの存在下で衝撃波を発生させたサンプルよりDMPO-Rの存在を認めました。これはDMPOの不純物が元となったアルキルラジカルの発生を示しています。なお、マイクロバブルもしくは衝撃波のいずれか単独では同様な現象は認められませんでした。また、比較実験として、水溶液中にDMPOを溶解させ、ホーン式の発振機により超音波を照射したところ、同様なラジカルが発生することを確認しました。単純比較ですが、両者における使用動力に対するラジカル発生量を検討したところ、マイクロバブルの方が超音波よりも2桁程度は効率的であると思われました。
以上の検討によりマイクロバブルに物理的な刺激を与えてこれを圧壊させ、その時に発生するフリーラジカルにより水質浄化を行う方法は現実的であると思われました。ところが放電を利用した衝撃波の発生は別の問題を生じることが明らかになりました。すなわち電極の溶解による重金属の溶出です。研究の目的はフリーラジカルによる有機物の分解を利用した水質の浄化ですが、重金属汚染という別の問題が生じました。そこで他の方法によるマイクロバルブの圧壊の検討を始めました。その時に、マイクロバブルを利用した排水処理技術を実用化している宮城県のベンチャー企業(株式会社REO研究所:亀山隆夫社長)と出会いました。REO研究所では独自の方法でマイクロバブルを圧壊させ食品工場の排水処理に応用していました。その手法は効率的であり、見事なものでしたが、メカニズムが理解されていなかったため、技術として広まっていませんでした。
REO研究所で利用している強制圧壊法は、排水中でマイクロバブルを発生させ、これをパンチング板を通して循環させる方法です。パンチング板はさほど径の小さいものではないため、流動に当たってあまり動力を必要としません。放電による衝撃波に比べても効率的であり、また安全上も問題のない方法です。
マイクロバブル圧壊によるフリーラジカル発生のメカニズムとしては断熱的な収縮による超高温度場の形成を考えていました。ところが、流体力学的な作用の中による圧壊では、超音波のようにマイクロ秒オーダーで気泡が消滅しているとは考えられません。また、超音波の生じる超高温度により分解するという物質を利用した試験も実施しましたが、マイクロバブルの圧壊ではこの物質の分解は認められませんでした。このことから超高温度場の形成には疑問が持たれました。その後の研究で、マイクロバブルは自然放置の条件でも圧壊してフリーラジカルを発生することが明らかになりました。これらの事実はマイクロバブルによる超高温度場の形成をほぼ完全に否定するものと考えられます。
下図に試験方法を模式的に示します。使用したマイクロバブル発生装置は加圧溶解タイプの高濃度型マイクロバブル発生装置です。実験では蒸留水中でマイクロバブルを発生させ、その一部をビーカーに採取した後に、DMPOを加えて静かに攪拌させ、透明後にESRで測定しました。その結果、DMPO-R(アルキルラジカル)のスペクトルを観測しました。また、DMPOを加えた直後に塩酸をビーカーに加えて同様に測定したときの結果も下図に示します。このスペクトルはDMPO-OHを示しており、ビーカー中で水酸基ラジカルが発生したことが推察されます。
自然圧壊の実験方法
塩酸を加えたときに得られた水酸基ラジカルの発生を示すスペクトル
ここでのフリーラジカルはマイクロバブルを自然放置した条件で発生したものです。すなわち強力な物理的刺激がない条件でもマイクロバブルは圧壊をしたことを示しています。ラジカル発生として、ポンプ駆動に伴う流体力学的キャビテーション(Hydrodynamic cavitation)の影響も懸念されました。すなわち、このキャビテーション時に発生した過酸化水素がサンプル水に残存して、ビーカー内でDMPOと反応してESRのスペクトルとなって現れた可能性です。しかし、一般に言われている流体力学的キャビテーションの生成条件に比べて今回のポンプの駆動圧は著しく小さいため、マイクロバブルを発生させずにポンプ駆動のみでは同様の現象は認められませんでした。また、試薬として過酸化水素水を利用した実験では、塩酸添加による酸性条件下での水酸基ラジカルの発生は認められませんでした。以上の点からキャビテーションによる生成残留物質の影響は考えにくいと思われます。
このことから自然放置されたマイクロバブルがラジカル発生に関与した可能性が高いのですが、重要なことはそのラジカル生成のメカニズムです。ビーカー中には強力な物理的刺激は存在せず、気泡の消滅には数分から数十秒の時間が経過しています。超音波の場合には直径数十μmのキャビテーション気泡がマイクロ秒オーダーで消滅します。これに対して、マイクロバブルの場合、小さくなるほど縮小速度が上昇するとはいえ、その縮小速度は著しく緩慢であり、断熱圧縮過程を想定することは不可能です。
何度も申しますが、現在のところマイクロバブルの縮小時に認められる表面電荷の濃縮がフリーラジカルの発生に関与していると考えています。バルク水中におけるイオンの移動はさほど敏速ではないため、自然放置のマイクロバブルであっても消滅時には極めて高濃度のイオン場を形成しています。また、気液界面の存在自体がイオンを抱きかかえる要因であるため、気泡が圧壊(界面が消滅)した瞬間に、濃縮されたイオン群が解き放たれることを意味しています。これがエネルギーの開放となりフリーラジカルとして発散されるという考えです。ただし、濃縮したイオンとラジカルとの因果関係が不明であり、理論としてはまだ十分とは言えません。極めて微小な世界でありながら、非常にダイナミックな作用が予測されるため、マイクロバブルの圧壊は研究としても大変に興味深い対象であると思います。
実用化技術に関連して、フリーラジカルの発生は重要な意味を持っています。そこで本節の最後として、排水処理への応用に関連して、高濃度型マイクロバブル発生装置を利用したフェノールの分解実験について紹介します。
実験装置は上図とほぼ同じですが、ビーカーは使用せずに、循環水中に一定量のフェノールを入れてマイクロバブル発生を継続しました。なお、過剰な温度上昇を防ぐために水槽の外側に冷却水を循環させ、試験中の水温を35℃以下に維持させています。マイクロバブルとしては空気を利用しました。試験は塩酸添加の有無の2種類で実施しています。水溶液の全有機炭酸量(TOC)の変化を下図に示します。塩酸を添加しない場合にはTOCは全く変化しなかったのに対して、塩酸あらかじめ添加した条件下ではTOCの連続的な減少を認めました。また、HPLCの分析では、塩酸添加の条件においてフェノールの中間生成物としてハイドロキノンやシュウ酸、蟻酸などの生成を認めています。前述したESRの測定では、塩酸を添加しない条件ではアルキルラジカルであり、塩酸添加時には水酸基ラジカルを発生させていました。水酸基ラジカルは極めて強力な活性種であることからフェノールの分解に関与していると考えられますが、一方のアルキルラジカルを発生させるような条件はフェノールの分解には適切ではないと考えられます。なお、今回の実験では、塩酸を添加した時に水酸基ラジカルの発生やフェノールの分解が認められたが、強酸の添加が化学物質を分解させるための必須条件というわけでありません。
マイクロバブルは水中で縮小し、ついには消滅する気泡のことですが、実はこの現象はさほど単純ではないように思われます。まだその詳細を完全には把握できたわけではありませんが、自然に放置されたマイクロバブルは圧壊する過程で「中休み」している可能性が高いことが分かってきました。すなわち「一時的な安定化」です。気泡径としては数百nmから数μmであり、寿命は水質に依存していますが半減期として数時間から数日程度です。
液中パーティクルカウンターを簡単に工夫することで水中に浮遊するマイクロバブルの分散をリアルタイムに計測できます(画像G5を参照してください)。水槽に高濃度タイプのマイクロバブルを発生させ、この分布の経時変化を見つめていると興味深い傾向が認められます。最初に水槽に広がったマイクロバブルの分散は一つのピークで示されます。ところがすぐにこのピークは2つに分かれ始め、暫くするとまったく異なった2つのピークになります。条件によっては2つのピークの間には気泡がまったく存在しない粒径領域があらわれます。次に装置を停止させると、全体の個数を減らしながら粒径の大きなピークは小さい方に移動をはじめ、ついには合体して一つのピークとなり、最終的にはピークは消滅します。ところが全体の気泡が消滅すると前後して2〜4μm付近の領域に新たなピークが出現して成長を始めます。当初はこのピークは水の汚れに起因するものと考えていましたが、再度にマイクロバブルを発生させるとこのピークは消えるなどの特徴があり、必ずしも水の汚れとは思えません。むしろ極めて微細な気泡と考えられます。
また、別の実験として、マイクロバブル発生後の溶存酸素濃度(DO値)を計測したときに興味深い効果が認められます。通常バブリングとマイクロバブルとの間で比較実験を行なってみました。通常バブリングではDO値は9mg/L程度であり、この条件での飽和値を示していると思われます。これに対して、マイクロバブルでは12mg/L程度と過飽和な状況を示しました。DO値が高い原因は、自己加圧されたマイクロバブルがその圧力に準じて気体を溶解させるためと考えられます。もう一つの重要な特性は飽和値との差異が長く続く点です。マイクロバブにより高められたDO値は、装置停止後に飽和値に回帰していきます。ところがその速度が極めて緩やかであり、暫くの間は高い値が維持されます。このことは気液表面での拡散を補うための気体の供給源が存在することを意味しており、微細な気泡が順次に崩壊しながらDO値の維持に貢献していると考えられます。
3つ目の重要なポイントはフリーラジカルの発生です。見た目において気泡が消失した後にDMPOを加えて塩酸などを加えると、マイクロバブルの自然圧壊で認められたものと同様なフリーラジカルのスペクトルを確認できます。また、DMPOを加える前にメンブレンフィルターを通過させるとスペクトルの強度は低下していき、孔径が300nm以下のフィルターを通過させた場合にはラジカルは認められません。ラジカルの発生が微小気泡に関連しているとするならば、一時的に安定化した微小気泡の直径は300nmよりも大きいと考えられます。
以上の現象を「気泡」により説明するならば、この気泡はマイクロバブルそのものであるものの、一時的にその動き(水中での縮小と消滅)を中休みした存在と考えられます。残存した気泡数の半減期は、蒸留水中で数時間程度であり、電解質などが入ってくると数日程度になると考えられます。もし、この一時的に安定化した気泡に応用面での利点があるとするならば、新たな名称を与えて区別した方が分かり易いと思われます。そこで、独断ですが、気泡の特性をベースに次のような分類を考えてみました(下図参照)。
通常気泡:水中を急速に上昇していき、表面ではじけて消える。
マイクロバブル:水中で縮小してついには消滅(完全溶解)する気泡
マイクロナノバブル:一時的に安定化した気泡
ナノバブル:長期に安定化した気泡
環境条件によっても気泡の特性は大きく変わるため、気泡径に絶対的な意味合いを持たせることはできませんが、ひとつの目安として述べるならば、マイクロバブルは直径が50μm以下の気泡であり、マイクロナノバブルは300nm〜3μm、ナノバブルは100nm以下の極微小気泡です。なお、その生成のメカニズムから推測すると、マイクロナノバブルやナノバブルはマイクロバブルから作られるものであり、気泡発生装置から直接的に生成できるものではありません。
特性から考えたときの微小気泡の分類
マイクロナノバブルはマイクロバブルが経時的に変化したものですから、別の名称を付ける必要がないと思われるかもしれませんが、あえて名称を区別した理由は、その応用面における相違を考えてのことです。すなわちマイクロバブルはダイナミックな変化の中に優れた応用の可能性が存在しているのに対して、マイクロナノバブルはその存在そのものに応用のための特異性を見いだすことができます。マイクロバブルのダイナミックな変化とは気泡の縮小に伴う内部圧力の上昇や電荷(イオン)密度の増加であり、過飽和に至る気体の溶解やフリーラジカルの発生などに関連しています。一方、擬似的に安定化したマイクロナノバブルには植物や魚類などに対するある種の活性効果を期待することができます。
マイクロナノバブルが一時的に安定化している場合、そのメカニズムはどの様なものでしょうか。消滅に向かって突き進んでいたはずのマイクロバブルが、何故にその特徴を一時的に放棄するのでしょうか。考えられるメカニズムを圧壊現象に関連づけて説明してみます。
縮小過程における気液界面での電荷の濃縮は、高濃度なイオンが気泡を取り巻いている状況を示しています。一方で、気体の溶解に関してSalting-outという現象が知られており、イオン濃度が増すと気体の溶解度が低下する効果があります。気泡が消滅するためには内部の気体分子が周囲に溶解する必要があるわけですが、気泡周囲を高濃度なイオンが取り巻いて一種の「殻」としての働きを持った場合、気体分子の溶解が制限されて、結果的に微小な気泡として安定化すると考えられます。なお、安定性はいずれ消失しますが、その要因は濃縮したイオンの拡散というよりも、確率論的事象のようなイメージを自分自身は抱いています。