アンドロイド」と「サイボーグ」の違い—人間は脳だけになれるか vol.1

フィクションでよく目にする「サイボーグ」という言葉。今回、海猫沢めろんさんが取材したのは、「BMI(ブレインマシンインターフェース)」。文字通り、脳波で義手や義足を動かす技術で、まさにサイボーグを実現するものといえます。しかし、一方で、BMIは必ずしも「人間の機械化」を指向するものではないということが、研究者・西村幸男さんと話すうちに明らかになり……。脳だけになりたい、という海猫沢さんの期待はかなうのでしょうか?

「人間の機械化」「機械の人間化」という、2つの進化の交点を探るこのルポもついに六回目ということで、そろそろクライマックスに近づいてきました。前回の取材では矢野和男さんに会いに行き、著書『データの見えざる手』に描かれた、人間のメカニズムを計算で探る「人間の機械化」の方向を見てみましたが、今回も引き続き同じ方向で、「サイボーグ技術」についての取材をすることにしました。

「アンドロイド」とよく混同される「サイボーグ」ですが、アンドロイドは人間そっくりの機械であり、サイボーグは人体の一部を機械に変えた存在なのでこれらはまったく逆のものです(鉄腕アトムと009の違いです)。 この定義にあてはめると義手や義足、車椅子の人もサイボーグと言えなくはないわけです。

そして、このサイボーグ研究の最前線で進んでいるのが、義手や義足を脳波で動かすという研究「BMI(ブレインマシンインターフェース)」というものです。 これまでの義手や義足などは、切断面の筋肉の電流、筋電を取ってきてそれを増幅して動かすという形でしたが、BMIは文字通り脳波で義手や義足を動かす技術です。

有名なのは2014年のワールドカップ開会式で、下半身麻痺の患者さんが機械を使ってキックオフした場面でしょう。 実は今回のぼくの取材はこの場面を見たときに感じた、とある疑問から始まっています。 その疑問とはなにか……これは後ほど説明することにしましょう。

取材に応じてくれたのは西村幸男さん。これまで取材したなかで最も若い、43歳の研究者です。 西村さんはBMI業界のなかでも少し変わった方向を向いています。 人間の「元気」や「やる気」がリハビリテーションによる運動機能回復と関連することを脳科学的に証明したり、傷ついた脊髄を人工的につないで手を自在に動かす「人工神経接続」技術を開発したり……。 ぼくにとってBMIというのはまさにサイボーグを実現する技術である、という認識でしたが……彼によって、早々にこの認識が覆されることになってしまうのです。

では、インタビューの模様を。

サイボーグとBMI

— 2005年にNHKスペシャルで「立花隆 最前線報告 サイボーグ技術が人類を変える」という番組が放送されて、あの頃にかなりサイボーグが話題になった記憶があるんです。翌年に続編的な立ち位置で、『立花隆が探るサイボーグの衝撃』という番組も作られて、その頃にはサイボーグは現実のものになっていました。

西村 山海嘉之先生とか川人光男先生が出ていた番組ですよね。

— そうです。映画監督の押井守とも対談されていました。つまり、十年前から今のようなサイボーグ技術のインフラは整っていたと思うんです。じゃあ当時に比べると今はどのくらい進んでいるんだろうかと。

西村 例えばあの当時猿でやっていたものが、最近、人に使われるようになったというのがアメリカ、ヨーロッパの現状です。日本でも、大阪大学の脳神経外科の研究グループがALS患者の方で1、2導入していました。

— もうかなり実用化されているということですか?

西村 臨床研究が始まったあたりですね。

— なるほど。あの番組で紹介されていたサイボーグの技術って、脳の活動をはかり、それを利用して義手などを動かす「BMI」ですよね。BMIというと世間では、肥満の指標の方を思い浮かべる人が多いと思うんですが(笑)、一般の人には、BMIをどうわかりやすく説明されてますか?

西村 今おっしゃったとおり、脳活動のデータをとって、それをもとにロボットアームとかコンピュータにつなぐもの、ですね。神経が麻痺してしまったり、手を失ったりしてしまった人たちの脳活動をとって、それを元に車であったりロボットアームを動かすと。

— 文字通り、脳(ブレイン)と機械(マシン)をつなぐ(インターフェース)、というわけですね。ぼくは、早く人が肉体を捨てて脳だけの存在にならないかなーと思っているので、初めてBMIの話を聞いた時にワクワクしたんです。脳波で肉体を動かせるなら、もう肉体いらないじゃん! 体の全部を機械にして永遠に生きられる! って。

西村 いや、でも実は僕、従来のBMIの方向とは真逆のスタンスで仕事をしていて、「人工神経接続」ということをやってるんです。

— そこが気になって(笑)。そのへんを詳しくお聞きしたいなと。

冒頭で書いたように、西村さんは従来のBMIとは違った形のアプローチをしている研究者です。いわゆるBMIのイメージはぼくがさっき言ったような、脳波で全部コントロールするものですが、西村さんのスタンスはそうではないのです。
例えば、足がなくなった、手がなくなったというように、運動器官そのものが失われた場合には、車いすやロボットのような外部装置が必要になります。けれど、四肢はちゃんとしてるんだけど神経系の一部が壊れてしまったということも起こりうる。そういうケースでは、壊れているのは多くの場合「つながり」です。つまり、脳は大丈夫。脊髄も大丈夫。だけどもどこかで信号が止まっている。西村さんは、そのつながりを再接続するというやりかたをとっています。脳から信号をとってきて、その信号を生きている神経につなぐ、というのが西村さんの人工神経接続という仕事なのです。

ぼくは脳だけになりたい

— 西村さんの神経を再接続する、というアプローチはぼくが最初に考えていたBMIのイメージとはずいぶん違うんですよ。

西村 そうでしょうね。普通、BMIの研究者は、被験者の脳活動を直接使うのではなく、脳活動と行動の相関関係のデータをAIに与え、それをディープラーニングさせて、車であったりロボットアームであったりを動かすということをしますから。

— つまりBMIではコンピューターに脳のかわりをさせるわけですね。

西村 ええ。でも、僕のスタンスは、脳は脳であってそれが人間の生物たる理由であるということなんです。だからコンピュータにやらしちゃいけないと思っています。

— ぼくはその考えとは逆で、イメージ的には、脳だけになりたいんですよ。脳だけになって、体全部の機能を機械に取り替えれば生物の限界を超えられるかも知れない。西村さんにはそういう欲望はないんですか。

西村 全然ないです。

— そんな感じがしてましたが(笑)、それはどうしてなんでしょう?

西村 我々人間、生物っていうものは、適応することが可能なんです。新しい環境にちゃんと適応する。神経結合が切れた場合、脳活動は大きく変わるんですね。だからなくなったことに対して適応することもできると。

— 確か、手足がなくなった場合、感覚がその隣に移っていったりするんですよね。たとえば足と性器って脳で処理する場所が近いから、どっちかがなくなるとどっちかに感覚が移っちゃうとか……そういう話を聞いたことがあります。

西村 そうそう。要するに代替する、変わることができるんです。残ってる機能を使う、学習を促す、そうすれば人は人であり続けることができる。それを機械やコンピュータに乗っ取られてしまったら人じゃなくなるっていうのが僕のスタンスなんです。これをちょっと見てください。

ノートパソコンの画面に映しだされたのは猿と、その脳を計測している画面です。

西村 脳梗塞に半身不随なって2日くらいの猿です。この猿に対して、ある脳活動のときに麻痺した手の筋肉に電気刺激が与えられ、麻痺した手が自分で動かせるように、脳と麻痺した筋肉をコンピューターを介して繋ぐ人工神経接続をしてあります。

— 麻痺した手の筋肉への電気刺激を自分で制御できるようになるってことですよね? それは最初は偶然なんですか? お、なんか動いたみたいな。

西村 動画を見るとわかると思いますが、はじめとにかくヘタクソなんですよ。適当に動いてる感じなんですね。

— 適当ですね。なんとなくやってる気も。あ……上手くなってきた。

西村 15分位やると、自分の意思で脳活動を制御して、必要な分だけ必要なときに電気刺激を制御できるようになってくる。

— これは驚きましたね……。以前東大の人工知能の研究所に行って、ディープラーニングが学習して全然できないところからできるようになる過程をみたんですけど、今みたものがそれとそっくりでした……。

西村 基本的に同じなんですよ、ぐしゃぐしゃだったものが整列していくようになる。黙っといても上手くなる。

— 20分でこんなにできるようになるんですか。早い。なにかコツみたいなのを自分で学習してるってことですね……。

西村 人間でも、麻痺した患者さんの脳信号を取ってきて、カーソルを動かしたり、ロボットアームを動かす、という実験をやっています。患者さんには「自分で動かしている気持ちになってください」って言うんです。右にいくときには右にいくイメージ、左に行くときは左のイメージを作る。その関係性をラーニングさせる。で、電極を刺すとラーニングの関係性で動かせるようになると。他の人は、同じような仕組みでもロボットにディープラーニングを使ってやらせている。

— つまり、いままでの手法はあらかじめデータをとってラーニングさせないとできない。でも西村さんたちのほうは、直接つないで学習するのでデータはまったく必要ないということですよね……確かに、こっちのほうが柔軟そうだ。

西村 フレキシブルです。適当に僕らが約束事を決めれば、あとは脳がその決められた約束に従って対応していけばいい。

この時見た猿の学習が、以前松尾先生の研究室で見たAIの学習とそっくりだったことには驚きました。 AIは人間の脳の学習モデルを参考にしているので当然なのですが、ここまで似ていると奇妙な気分になります(まあここで学習しているのは猿なのですが)。 以前インタビューした石黒先生が著作のなかでこんなことを書かれています。

” 「技術開発を通して人の能力を機械に置き換えている」 というのが人間の営みではないか。その営みは、ひいては次のように言い換えられるかもしれない。 「人間はすべての能力を機械に置き換えた後に、何が残るかを見ようとしている」”

脳が人間であって、それを機械に代替させてはいけないと言う西村さんですが、しかし……脳は本当に機械と置き換えることができないのでしょうか?

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コメント

wizeria 興味深い… 約5時間前 replyretweetfavorite

chiruko_t あとで読む。  約6時間前 replyretweetfavorite

r76s サイボーグといやぁ『ビジネスコマンド ヤマザキ』だ。ちがうかね?  約6時間前 replyretweetfavorite