• 今日の見開き#3『ビール』

    2015-10-04 06:50
     「とりあえず、生」という男は信用するな。どうもこんにちは、「生ビール」の対義語は「トースト」だよ。

     「きちんと避妊ができない男は挨拶ができないのと同じ」とはかの高名な黄金指が遺した警句でありますが、皆様におかれましては幼少のみぎりより御両親祖父母親戚隣人飼い犬その他誰々より口を酸っぱくして「初対面の人には挨拶をしっかりしろ」と教えられてきたことと存じます。
     「袖触れ合うも他生の縁」でありますから、初対面の方と言えどもしっかりと挨拶するのが礼儀というものですが、それを「とりあえず、生」とのたまう男のなんと無礼なことか。とりあえず、とは何事か。とりあえず、とは。
     そんな男はおそらくや「やればできる」という意識もなく、「やってできた」せいこう体験もないままに、ただただ火遊びに興じるうちに「寝る子は育つ」に従ってウドのように図体だけが大人になってしまったのでしょう。
     堕ちる堕ちぬのタイトロープダンスを「板子一枚下は地獄」と形容しては船乗りの方々に叱られてしまうかもしれませんが、宗派の東西を問わず、不貞不肖の不埒者が辿り着くのは灼熱地獄と決まっております。「地獄への道は善意で舗装されている」と申しますので、非ジェントルなる者達には全身全霊善意のアスファルトで舗装したこの黄泉平坂を、地獄に向けて転がり落ちていただきましょう。

     ボン・ボヤージュ!
     ヘルと閻魔とイザナギによろしく!


     さて、餓鬼畜生にも劣る蛮族どもをユグドラシルからニヴルヘイムへとたたき落としたところで、こちらに残られた皆様はソフィスティケイティッドされた先進人類であるとご推察申し上げます。皆様のような祝福されし子、選ばれし民が追い求めるものは何をおいても魂の安寧。そう、承っております。
     つまりそれは、死後に昇るべき世界への忘れ得ぬ憧憬。指先を痺れさせ心臓を焼くような焦燥。甘き初恋にも似た、永遠に秘められるべき渇望。
     そのような、今にも狂い出しそうな激情を押しとどめ、理性ある皆様は「恋に焦がれて鳴く蝉よりも、鳴かぬ蛍が身を焦がす」の都々逸が如く、天国への想いを敢えてクチに出すことはなく、その身に秘して育むことを選ばれたのでしょう。あぁ、心中、お察しいたします。

     そこで、誠に僭越ながら不肖この私め、皆様の憧憬を汲みまして、ひとつご提案させていただきたいことがございます。いかがでしょうか。お話ししてもよろしいでしょうか。

     かつて偉い人が「天国は地獄の1丁目と新宿2丁目の間にある」と宣ったかどうかはさておき、皆様の昇るべき天の国に辿り着くのには、東京メトロはいささか設備不足でございます。そうなりますと、では皆様の昇るべき天国へはどのように行けばよいのでしょうか。
     
     しかし、そのような悩みを一撃で払拭するような格言が、私の生まれ故郷であるベルリン、日本語でいうところの「約束の大地」に伝えられているのです。
     さぁ皆様、静粛に、静粛に願います。


     起して曰く、「悪事を働かない者だけが天国に昇る」

     承じて曰く、「寝ている人間は悪事を働かない」
     
     転じて曰く、「人はビールを飲み過ぎると寝てしまう」

     結して曰く、「天国に登る最も簡単な方法はビールをたくさん飲むことである」


     さぁ、さぁ皆様、いかがでございましょう。麦を飲み、麦を食べし民族のなんと剛胆なるアウフヘーベンでありましょうや。
     つまり、本日ご列席いただきました皆々様のお手元にある「飲む主食」こと、おビール様こそ天国への道。言い換えるならば、皆様はビールが飲みたいのではない。天国へ行きたい、だからこそ、ビールを飲むのです。この激情は、憧憬なのです。癒すべき焦燥なのです。潤すべき渇望なのです。

     「信心が過ぎて極楽を通り越す」が如くエクストリームな乗り過ごしもございますから、麦酒昇天法もほどほどに嗜むがよろしいかと思いますが、なにはともあれ皆様。お手元にグラスは行き渡りましたでしょうか!
     
     それでは、天の国を目指す、ご列席の皆様のご健勝をお祈りいたしまして!
     そして、本日めでたく伴侶となりました、新郎新婦の前途を祝しまして!

     とりあえず、生!

     乾っ!! 杯っ!!!

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  • 今日の見開き#2 『犬』

    2015-09-20 00:00
     隣の犬はよく客食う犬だ。どうもこんにちは、チワワは宇宙人だよ。

     幼少の頃のトラウマは深く重く人生にのしかかり、幾年の時を超えて人を苛ませることがあります。それは常に頭の片隅にあって日々怯えながら生きなければならないものもあれば、長い間忘れていたものが不意に悪夢のように蘇るものもあるでしょう。人間は誰しもが、大小様々な悪夢を抱えて生きています。

     私にとっての悪夢のひとつは、チワワです。
     私は、チワワが怖いのです。
     だって勝ててしまうじゃないですか。チワワには。私たち。

     むかしむかしあるところに、それはそれは可愛らしい私がいました。小学生当時、我が家の隣には三つ年上のお姉さんと、家族と、そして一匹のチワワが住んでいました。ウルウルした瞳で、プルプル震えていて、それでいてヨボヨボしていて、愛玩対象に相応しい愛おしさに溢れていたチワワさん。こやつが、私が隣家を訪問すると毎回目をキラッキラさせて、弾丸のように飛んで来ては有無を言わさず膝小僧に噛み付きよるわけです。初めて噛まれたその瞬間、あまりの豹変ぶり、そして勢いに、死すら覚悟するほどの恐怖に襲われたものですが、同時に気がついてしまったんですよね。「あ、勝てる」と。
     彼、チワワは間違いなく全力で、食い殺さんばかりの気迫で私の膝小僧に噛み付いていました。昔の偉い人が「膝を喰らわば皿まで」と言ったかどうかは知りませんが、膝のちょうど皿の部分に牙を食い込ませて、ブランブランとジーンズにぶら下がりながら頭を振っていたのです。その映像的な恐ろしさといったら、素手でティーカップを砕きながら「あんたは橋の下で拾って来た子なんだからね!」と叫ぶ実の母親以上であったと記憶しています。
     しかし、膝に突き刺さる小型犬の歯はジーンズを完全には貫通できず、攻撃の痛みも我慢できる程度、そして冷静に観察すれば隙だらけでいくらでも反撃できてしまうような姿勢。私が冷静さを失って拳を突き出そうものなら、最悪の事態すら起きかねないのではないか。そう。私が気がついた「チワワに対する恐怖」とは自身の危険を察知した恐怖ではなく、相手を壊してしまうかもしれないという恐怖だったのです。

     チワワは、可愛い生き物です。私はもともと、そして今でも犬が大好きで、母親から「犬のイヌ」と呼ばれるくらいですから、無邪気にじゃれて来るチワワを愛し、愛で、愛おしむその気持ちは、他の犬種に対するそれと比べてなんら劣るようなものではありません。ただその愛は、例えば、生まれたての赤子をいきなり手渡された父親のような、どこをどう持てば良いのか分からずひたすら困惑しながら、我が子の顔と妻の顔を見比べて泣き笑いを浮かべような、そういう愛なのです。例えば、薄いビードロの飾り物を手渡されたときに、割ってしまわないかハラハラしながら手のひらに落ちる虹の幻影を恐る恐る愛でるような愛なのです。あと、仮組したばかりのプラモデルの股関節の話は、やめとくか。そうか。もういいか。

     ついでにもうひとつ追加させていただきますと、小型犬全般の中でも特にチワワが怖いというのは、彼らが、たぶん、宇宙人だからです。見てくださいあの骨格。グレイそっくり。これは信じざるを得ない。右手にアジの開きを持った母親に「今日の夕飯はハンバーグよ!」と言われても無邪気に信じる私ですから、「チワワは宇宙人よ!」と言われても疑う余地がないのです。
     いえいえ、チワワの全部が全部、というわけではないと思いますが、2割くらいは紛れ込んでいるかと。そうなってくると、私が下手に触って怪我をさせてしまったとき、その子の中身がグレイさんでいらしたら、それはもう星間問題に発展しかねません。いざ種子島ですよ。星難戦争ですよ。

     つまり、私がチワワに恐怖を感じ、近寄らないでいるのは、この青い星の平和を守るための、当然のリスクヘッジなのです。


     幼少の頃のトラウマは深く重く人生にのしかかり、幾年の時を超えて人を苛ませることがあります。それは常に頭の片隅にあって日々怯えながら生きなければならないものもあれば、長い間忘れていたものが不意に悪夢のように蘇るものもあるでしょう。人間は誰しもが、大小様々な悪夢を抱えて生きています。そして私の悪夢は最近になって再び私の前に現れたのです。

     具体的には、アパートの隣の隣から現れたのです。

     どうしよう引っ越したい。

  • 今日の見開き#1 『妖精』

    2015-09-13 05:44
     私の左目には妖精さんが住んでいるのですが、どうもこんにちは、正気です。まぁ聞けよ。

     この妖精さん、実はまだ姿を見たことがないのです。なにせ彼女は常に黄金色の光球をまとって姿を隠しながら飛ぶようなシャイガールでしてね。寝不足の日が続きますと、いつの間にか左目の端に現れて、しばらく私の回りを遊び漂い、2日くらいすると飽きてどこかに飛び去ってしまうのです。いつかきっと姿を見せてくれるとは思うのですが、今はまだ、私の妖精さんはどんな姿をしているのだろうなと妄想の翼を広げて楽しむことしかできないでいるのです。

     ところで、皆様が「妖精」と聞いて思い浮かべる絵姿として最もメジャーなものは、華奢で可愛らしい少女の姿で、背中には透き通る大気を集めたような羽根から金色の鱗粉を撒き散らかしながら薄衣でできた装束の裾をけしからんまでにヒラヒラさせる小型の誘惑体でしょうか。欧州人に「フェアリー」のイメージを聞いてみても4人に3人ほどは同じような特徴を思い浮かべると聞いております。あぁ、それはいい、私もそれでお願いします。是非。

     フェアリーたちの多くは人間にイタズラをしかけて困らせることを存在意義としておりますので、先に書いたような可愛らしいフェアリーたちも「おいおい、イタズラはやめろよ〜!」と言われる役割を担って物語に登場することがほとんどです。

     が。

     実際に様々な伝承を紐解いてゆくと、フェアリーたちの中には「おいおい、イタズラはやめろよ〜」では到底済まされない、「おい!法廷で待ってろ!」と叫びたくなるような禍々しい悪戯を行なう奴らが見えてきます。

     例えば欧州のフェアリーテイル、言うなれば妖精伝承には「馬を川に引きずり込むフェアリー」が登場するそうです。はい。ジャパンではそいつを妖精とは呼びません。妖怪です。具体的に言えば、河童です。
     もうひとつ碌でもない例を挙げますと、私が読んだ「クリスマス・フェアリーテイル」という温もり溢れるタイトルの本には「クリスマスカードに潜み、開封する子供の指先をカミソリで斬り付けて出血させ、葉書を読めなくさせるフェアリー」が登場しました。こいつもジャパンでは妖怪です。なにせ葉書を読めなくさせるだけならその辺りにあるインク瓶でも倒せばこと足りる話でして、そこを敢えてカミソリをもって斬り付けるわけですから、完全にサイコパスの類いです。

     そう。海外でいうところの「フェアリー」は我々のイメージする「妖精」とは完全にイコールではありません。元来「フェアリー」の中にはノームやホビット等の人間の形をした者達から、ウィルオウィスプ(鬼火)やイビルアイ(邪眼)、ケットシー(猫又)などなど、広い範囲の魑魅魍魎が含まれているのです。
     この様に「フェアリーテイル」にはかなりの割合でフェアリーとしての妖怪が登場してきますので、海外で絵本を買う場合などにはちょっとした注意が必要です。「フェアリーかぁ。妖精さんのお話、きっと可愛いんじゃない?姪っ子へのお土産にしよう!」と中身を確認せずにプレゼントしてしまうと、それを受け取った少女の清く美しい世界の片隅に「夕方民家に忍び込み、ミートパイに馬糞を混ぜるフェアリー」が住み着くはめなってしまうのです。

     さて、話を私の左目の妖精さんに戻しますが、はい、あの、段々と自信がなくなってまいりました。属性としては「視界の左側に死角を作りマグカップをだばぁーさせるフェアリー」ですとか、「風呂釜にぶつけて中指を突き指させるフェアリー」という種だと思うのですが、ジャパニーズ、どう思われますか。妖精さん、とお呼びしてよろしいのでしょうか。悩ましい。
     私の妖精さんは果たして妖精なのか。それとも妖怪なのか。もしかして蚊取り線香を焚いたら地面に落ちるんじゃないか。私の悩みを知ってか知らずか、うちの輝くフェアリーは今日もふわふわ呑気に遊んでおります。