私は人間の感情の中でもっとも強い感情は怒りと嫉妬だと思っています。
ほとんどの人は嫉妬心を理屈をこねて隠したがる
自分の中の相手への嫉妬心を認めたくない、見たくないからといって、もっともらしい理由をつけても、はたからみるとただのヒガミだったりします。
自分の嫉妬心を認めたくないから、相手を批判する例
【お題 モテ】
- モテる人が羨ましい(ちやほやされて、楽して、調子乗ってる?ズルくない?)
- 悔しい(自分だってチヤホヤされたい、愛されたい!)
- 相手の揚げ足とってやりたい(気に食わない、なんで私じゃないわけ?どうせ性格悪い癖に!)
【嫉妬を屁理屈に転換↓】
お高くとまってる、性格が悪い、空気読めない などなどモテない人同士で共感しあいモテる人に嫉妬する。その時は冷静で核心をついたような勝利感を得ます。
でも、結局モテないから、また同じようにモテないグループで悪口を言い合って相手への行き場のない嫉妬心をくすぶらせます。
【お題 お金】
- お金持ちが羨ましい(楽しやがって、調子のってる?)
- 気に食わない(自分もそうなりたいのに、なんでこいつが・・)
- 揚げ足とってやりたい!!
【嫉妬を屁理屈に転換↓】
金持ちは欲深くて、卑しい、なんか裏がある。
貧乏のより集まりでお金持ち(持っている人)をもっともらしい理由をつけて非難し、共感しあい一時的にスッキリします。
こういう行動、本人達はまっとうな理由で意見しているつもりなのかもしれませんが、ハタからみると、ただのヒガミ集団にしか見えません。
持っていない人が持っている人を叩くのは99%ヒガミです。
持っている人に対するザワザワする気持ち、イラッとくる気持ちを単に、
- 相手に悪いところがある
- 羨ましくて嫉妬している
どちらに解釈するかの違いだけです。
嫉妬という感情は人間のもっとも醜い面を映し出すので、認めたくないという意識から、なんだかんだ理由をつけますが、持っていない人が持っている人に持つ悪感情は9割方自分の嫉妬心が悪感情を加速させているだけです。
強い感情を引き起こす2つのトリガー 嫉妬、過去のトラウマ的経験
特に攻撃されたわけでもない相手に持つ強い悪感情のもう一つの要因としては、個人的な過去のトラウマ体験を相手にリンクさせている場合です。
例えば、ヤンキーに昔いじめられた→ヤンキー系の人が気に食わない、美人(イケメン)に浮気をされた→美人(イケメン)はちゃらい、気に食わない、
過去のトラウマ体験と似た要素を持つ相手に対し過剰な被害者意識と憎悪を抱いてしまうのです。
強い反応を起こす所に個人的なトラウマ、コンプレックスあり、です。
相手の問題というよりも、こじらせた自分的な問題なのです。本人はごまかして相手に矢を向けますが、周囲から見ると痛々しい位モロバレなんですよね。
嫉妬深い人とそうでない人の違い
ただ人にも嫉妬深い人、とあまり嫉妬深くない人がいるように思います。
コンプレックスが強い人ほどやはり嫉妬深いですし、すぐに妬みます。コンプレックスが少ない人や、特定の分野について強い挫折感や劣等感を持たない人は嫉妬しにくいでしょう。
嫉妬は自分の心の劣等感をチェックする感知器のようなものです。
相手に個人的に何か無礼な対応をされたわけでもないのに、強い悪感情を抱く場合は、自分の中にコンプレックや劣等感という嫉妬の芽があるということです。
劣等感からくる嫉妬心を埋める2つの方法
- 羨ましいと思う状況、ものを自分も手に入れること。
- 自分が嫉妬しているのだと認め、相手の持ってるいい面を見て参考にする。相手の苦労を理解する。
私は学生時代よく遊ぶ友人達が頭のいい人達ばかりでした。
その人たちは人柄もよくて、彼らに対して悪感情を抱くことはありませんでしたが、自分も大学生活を送りたい、学歴をもう少しつけたい、という感情が強くなり、キャンパスライフを送る友人を羨ましいと感じていました。
学歴に対するコンプレックスを抱いていたのです。
しかし、自分でも大学に進学し、卒業した後は、学歴に対するこだわりが綺麗に消えました。正確には学歴、というワードに反応することがなくなったのです。(決していい大学ではありませんが、大学生活を送れた、というだけで満足でした)
誰かがどこどこの大学卒業、と聞いてもも、「へー。そうなんだ。頭いいんだ~(・ω・)」とただ素直に思うだけです。
人は手に入れたものには執着しなくなります。執着するのは、欲しいのに手に入れていないか、もしくは失いそうな状況の時だけです。
もし私が大学へ進学したくてもできない状況のまま終わらせて、そのまま時がすぎていたら、そういう人に出会うと、チッという嫉妬の感知器が作動していたと思います。
嫉妬のエネルギーを慰めの悪口大会レベルで終わらせるのではなく、自分もそのレベルまであがっていこうというエネルギーに変えることが重要です。
でも、どうしたって、自分には無理、と思うようなこともありますよね。
例えば月収15万円の人が、年収1億円レベルになる、など100%不可能ではないにしても、相当な時間と努力、運が必要になります。
その場合は、お金持ちでも大変なことはある、みんなそれなりに苦労している、ということを知る、理解すること、で行き場のない嫉妬心は収まります。
実際相手に嫉妬して悪口をいいたくなるような時は、相手がさも楽に、自由気ままに、調子よく生きているだけ、のように見えるものです。
いい面があれば反対に悪い面もあるように、すべてが快適で順風満帆な人なんていませんよね。(そう見せたい人は沢山いますが)
お金持ちは大変な苦労と機会費用を払ってやっと今の生活をつかんだのかもしれませんし、モテる人はストーカー被害や妬み、噂話などで苦労してきたのかもしれません。
大事なので、しつこく繰り返します。
持っていない人が持っている人に感じる悪感情はもっともらしい理由をつけても99%ヒガミです。
嫉妬心を認めたくないから、相手に矢を向けて安心していたいだけです。
嫉妬組合のような集まりに参加して憂さを晴らすのもたまにはいいかもしれませんが、逆に嫉妬心との折り合いをつける練習を学ぶ機会と捉えてみるのもいいでしょう。
沢尻エリカがモーレツに叩かれたのはナマイキよりも美人が鼻についたから
以前、沢尻エリカさんが、「別に(-ω-)」発言で猛非難を受けて長い間芸能活動を干された件について、写真家の蜷川実花さんがこんなことをおっしゃっていました。
それは、彼女が美人だからじゃないですか?彼女が美人じゃなかったらあそこまで避難されなかったと思いますよ。美人だから怒りが倍増したんです。
そう、嫉妬心は怒りをぶつける着火材なのです。
フリーになってから、人間関係がどんどん変わっていき、私のまわりに妬み深い人はほとんどいなくなりました。
しかし、お勤めしていた頃はしょっしゅうそんな人を目にしました。妬みの塊のような人は、はたから見ていてもやっぱり醜いです。心の余裕がなさすぎです。
私は基本的に人と自分を比べる、という習慣を手放したので、人に嫉妬するということはほとんどありません。
持ってる人をみると、素直にいいな~。さすがだわ~(・ω・)といい面だけを見ます。
でも、たまにモンモンとした気持ちが沸き上がることもあります。
そういう時は、あぁ私は自分に対してこれが足りないと思ってるんだな、こういう生き方もいいと思ってるんだな、と察知するようにしています。
例えば私が資産家の娘さんになにも危害を加えられていないのに、イラッとしたら、それは私の妬みです。だって私はその境遇にいたことはないのですから。
特に個人的な攻撃を受けたわけでもないのに、相手をまっとうな理由をつけて批判するのは、相手への執着であり、自分の劣等意識であり、ヒガミです。
気づかない内に、ヒガミサークルの一員としてどっぷり浸かり、いつまでも嫉妬する側で一生を終えないようにしたいですね。
相手にチッと思ったら、嫉妬心と折り合いをつけるチャンスだと思って一度冷静に考えたいものです。