趣味は芸術となるのか? 杉本博司の展覧会、千葉市美術館で開催
杉本博司「海景」シリーズの展示風景

趣味は芸術となるのか? 杉本博司の展覧会、千葉市美術館で開催

千葉市美術館にて、「杉本博司 趣味と芸術─味占郷/今昔三部作」展が開催されています(2015年10月28日〜12月23日)。現代美術家でありながら、古美術商の経験も持つ杉本。彼自身のコレクションも出品される本展は、多様な活動ぶりがうかがえる充実の内容です。旺盛にして老練である、彼の作品をご紹介します。


 杉本博司は、東京とニューヨークを拠点に活動する美術家です。現在、千葉市美術館で開催されている「杉本博司 趣味と芸術─味占郷/今昔三部作」展は、2つのテーマで構成されています。ひとつめは、彼の代表作である写真シリーズ「ジオラマ」「劇場」「海景」による「今昔三部作」。2つめは、杉本が著名人を招き、古美術品のしつらえと料理でもてなす『婦人画報』(世界文化社)の連載企画「謎の割烹 味占郷」で使用された床飾りを再現した「趣味と芸術─味占郷」です。

日本初公開作品を含む16点、杉本作品の真骨頂「今昔三部作」

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杉本博司「海景」シリーズの展示風景

 会場で、最初に目に入るのは「海景」シリーズ。杉本が自らディレクションしたという空間はゆるやかに湾曲したつくりになっており、作品名の通り、海を眺めているような感覚になります。

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杉本博司「劇場」シリーズの展示風景

 続く「劇場」シリーズの展示は、作品内のスクリーンにスポットが当たるようライティングされています。その様子は、被写体となっている劇場で、これまで上映されてきた映画作品の光と時間が累積し、映り込んでいるようにも思えます。

 杉本は、劇場ごとにふさわしい映画作品を選んで上映し、その映画の上映時間中、スクリーンを含む劇場空間を長時間露光で撮影しています。瞬間を切り取ることが写真の大きな機能ですが、彼の写真は、時間を蓄積して可視化しているのではないでしょうか。

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杉本博司「ジオラマ」シリーズの展示風景。正面は《オリンピック雨林》(2012)

《ジオラマ》シリーズには、ハイエナやハゲタカ、原始林が登場します。

 実は、筆者が最初に見た杉本の作品は「ジオラマ」シリーズ。アーティストとして活動を始めた最初期の作品と知り、虚構と現実について考えさせる概念的な深さと職人芸とも言える完成度に、驚いた記憶があります。

 最新作《オリンピック雨林》の被写体には、つくりもののジオラマと書き割りが混在しています。しかし、この展示は、作品の中で光がある箇所へ実際にライトを当てるなどの方法をとり、写っている世界が現実の世界であるかのように感じさせるのです。

杉本博司が謎の亭主!? 「趣味と芸術」

 雑誌『家庭画報』で連載された「謎の割烹 味占郷」は、亭主が杉本であることを明かさずに、彼が選んだゲストを架空の高級料亭「味占郷」に招くというもの。本展で杉本は、アーティストの須田悦弘に、花入の花や鹿の角、馬の鞍などの小道具の彫刻を依頼。贅沢なコラボレーションが実現しました。

 実際の連載でのもてなしに使われた床飾りは、招待客や料理の内容と密接に関連しており、ストーリー性を持っています。

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「趣味と芸術」シリーズの展示風景。手前が《月下紅梅梅図》(2014)
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《月下紅梅梅図》の前には、須田悦弘《梅》(2014)が配置された
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「趣味と芸術」シリーズの展示風景。床の間に置かれているのは、《阿古陀形兜》(南北朝時代

 展覧会のチラシにも使われているこの花入は、《阿古陀形兜》。金箔を貼った精巧なつくりでありながら、戦場で打ち捨てられていたであろうこの兜の中には、夏草が青々と伸びています。「諸行無常」を表現したこの作品は、時の移り変わりや重なり、見立ての心など、杉本作品に通底する思想を体現するものです。

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電球形白磁向付 明治時代 磁器 三客 個人蔵

 この連載の魅力は、割烹として高級食材を使いながらも、高価な道具ばかりを使うわけではないというところ。「東西東西」の回では、おそらく電気会社の販促品なのであろう、電球の形をした陶磁器が登場します。この器にはクラゲの和え物が盛られ、「電気クラゲ」という献立として登場しました。

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「趣味と芸術」シリーズの展示風景。床の間に置かれているのは《土瓶棒》(昭和時代)

 「寛永のさざえ」の床の間に飾られているのは、磁器に棒を刺したもの。杉本は《土瓶棒》と名付けられたこの作品に相応しい、「ド貧乏」を経験したゲストを求めたといいます。結果、ゲストには過去に貧困な時代を過ごしたことのある、俳優の竹之内豊を招くことになりました。駄洒落を好む杉本ならではの、ユーモアがうかがえるエピソードです。

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「趣味と芸術」シリーズの展示風景。床の間に置かれているのは《雨樋同花入》(大正時代)

 彼のユーモアは見立てにも発揮されます。「梅花の真」に使われている花入はもともと雨樋ですが、たまたま竹の形を模したものであったことから、花入として使用されたとのこと。花入をよく見ると、雨樋だったときの金具がそのままに残っています。

 杉本の見立ての感覚は、戦国時代の茶人・千利休に由来するものであるそうです。わび・さびの感覚が流れている作品や、外観的な余剰を極限まで削ぎ落としながら、内容は限りなく豊かであるところに、彼らの共通点が見られるのではないでしょうか。

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「趣味と芸術」シリーズの展示風景。掛け軸は伝小野道風《小島切》(平安時代)

 立方体が描かれている「表具道楽」の軸は、平安時代の能書家・小野道風による書ですが、「道風」にかけて「豆腐」の形に仕立てられています。小野道風の書そのものが貴重であるだけに、その落差に意表を突かれますが、流麗でみずみずしい書が施された軸は、それだけでも見応えがあります。

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「趣味と芸術」シリーズの展示風景。床の間に置かれているのは《マンハッタン計画硝子玉》(1942)

 杉本は、戦争に関連する作品も多く制作しています。第2次世界大戦時、アメリカ・マンハッタン計画の施設では、当時、高鉛含有のガラス越しに核分裂を確認していました。杉本は、そこで使用されたガラスでつくられた球体を入手し、「本歌取り」の《マンハッタン計画硝子玉》という作品として発表しました。ガラスを入れる仕覆は黄色と黒の2色からなり、上から見ると核放射性標識であることがわかります。

コンセプトとユーモアが浮かび上がらせる、時間とその価値

 会場は「今昔三部作」から「趣味と芸術」という流れで鑑賞するかたちになっています。最後まで見終えると、さまざまな時間を経てきた「趣味と芸術」の作品も、時間が写り込んでいる「今昔三部作」の作品も、時間の蓄積とその価値を感じさせるものだと気付かされます。

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会場出口の看板

 2フロアを使った千葉市美術館の展示スペースは広く、大判の写真でも距離をとった場所から鑑賞することが可能です。杉本作品を存分に堪能できるこの機会に、その奥深い世界に触れてみてはいかがでしょうか?

杉本博司 趣味と芸術─味占郷/今昔三部作
会期:2015年10月28日~12月23日
場所:千葉市美術館
住所:千葉県千葉市中央区中央3-10-8
電話番号:043-221-2311
開館時間:10:00~18:00(日〜木)10:00~20:00(金・土)※入場は閉館30分前まで
休館日:12月7日
URL:http://www.ccma-net.jp/exhibition_01.html

展覧会招待券を、5組10名様にプレゼントいたします!

「杉本博司 趣味と芸術─味占郷/今昔三部作」の招待券を、抽選で5組10名様にプレゼントいたします。ご希望の方は、氏名・メールアドレス・住所・「bitecho」の感想をご記入の上、件名を【「杉本博司展」プレゼント】とし、bitecho@bijutsu.pressまでお送りください。締切は2015年12月15日13:00、当選結果は商品の発送をもってかえさせていただきます。ワークショップや市民美術講座も開催されますので、あわせてチェックしてみてください!

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