セックスと音楽の蜜月【後編】

性愛つまり「セックス」を歌う音楽について後編。官能的でエロティックなだけじゃない、青春のすべてを託した処女と童貞のための「セックス」から、「ワンチャン」という言葉に託された希望としての「セックス」まで鼻息荒く語ります。
芸人、DJとして活躍されているダイノジ・大谷ノブ彦さんと、音楽ジャーナリストの柴那典さんの響きあうナビゲーションをお楽しみください。

クリープハイプが歌う内面のエロティシズム

柴那典(以下、柴) 前回に引き続き、「セックスと音楽」について語っていきたいなと。ええと、クリープハイプについてですよね。

大谷ノブ彦(以下、大谷) クリープハイプの「HE IS MINE」って曲があるんです。

 そうだ、そうだ。これはクリープハイプの代表曲ですね。

大谷 僕がDJでかけても毎回大合唱ですよ。

 「今度会ったら何をしようか 今度会ったらキスをしようか 今度会ったら何をしようか 今度会ったら」って歌詞のところですよね。彼らのライブを見ると、ほんとに何千人の女の子が一斉に「セックスしよう!」って叫んでる。

大谷 で、今年観た映画で最高だったのが『私たちのハァハァ』なんですけれど、これって、田舎のクリープハイプのファンの子の4人が出待ちしてた時に「東京に来てください」って言われて、それを真に受けた女の子が自転車で東京に向かう物語なんですね。

大谷 で、途中のカラオケボックスでみんなしてクリープハイプの「HE IS MINE」を歌うんです。でもこれ、観てると変な感じがするんですよ。というのも、『私たちのハァハァ』に出てる4人の女の子のうち、2人は処女なんです。

 そういう設定なんですか?

大谷 いや、僕が勝手にそう決めつけてるだけなんですけど(笑)。でも間違いない。

 おお、すごい自信というか確信(笑)。

大谷 つまり「HE IS MINE」って、処女の子が歌う「セックスしよう!」なんですよ。それって実際のものじゃなくて、理想上のもの。つまり、スローガンだと思うんです。愛も欲望も今を変えたいという希望も、そこに青春のすべて込められている。それを言うことにカタルシスがある。そこがめちゃめちゃポップだなって思った。

 なるほど。たしかにこの曲、別に官能的でエロティックなわけじゃないですしね。

大谷 それでいいんですよ。セックスの描写にリアリティがあればいいってわけじゃないん。象徴としてのセックスが彼女たちのターニングポイントなんです。
 ただ、映画の中でめちゃくちゃエロくてグッとくる場面があって。これは語りたい。少しネタバレになっちゃうかもしれないんで、まだ観てない人は注意してもらいたいんですけど。

 それは気になります。

大谷 女の子4人が旅を続けるうちに、池松壮亮君が演じる役がキーパーソンとして登場するんです。で、途中のパーキングエリアの喫煙エリアで、みんなが寝てる時に、突然4人のうちの1人とキスをする。それがルックスのいい子、可愛い子じゃなくて、お笑い役担当の子なんですよ。大関れいかちゃん。

 大関れいかちゃんって、Vineという動画サービスの変顔で有名になった子ですよね。

大谷 そうそう。監督に話を聞いたら、最初は可愛い子がキスする相手だったんですって。でも「なんか違うな」って思って途中で変えたらしい。

 へえ。

大谷 彼女は映画の中でもキャバクラのオーディションに落ちちゃう側の子で、明快に「かわいくない側の女子」として描かれてる。でも、地元に彼氏がいる女の子なんですよね。彼と電話を何回もしてる。
 つまり、おそらくこの子はセックスをしてるんです。恋愛経験のある大人な女の子が、3人を男から守る意味でキスした。そのシーンを見ると、この子が4人の中で道化役のムードメーカーを買って出てるのも、実は優しさなんだなってわかる。そういうキスがね、超エロいんですよ。

 なるほど。一つのキスでいろいろな物語を思わせる。

大谷 しかも、そういうところ、すごくクリープハイプっぽいって思った。

 たしかにクリープハイプって、恋しさとか面倒くささとか厄介さとか、女の子の心情をほんとにリアルに歌ってますもんね。実際はそれを男が書いて男が歌ってるから倒錯してるんだけど、だからこそ刺さるものがある。

大谷 そうなんですよ。そこが、クリープハイプが性を歌う本質的なところにあるんだと思いますね。

 なるほどねえ。単なるセクシーな快楽とは全然違う。

大谷 きわどい水着を着た女の子が踊ってるのもたしかにエロいですけど、それはいわば記号としてのエロですからね。クリープハイプが歌ってるのは、もっと内面からのエロなんですよ。

WANIMAとハイスタのパンクな発明

 そういうところで言うと、エロを歌うロックバンドの新鋭も登場しましたね。 WANIMA!

大谷 そうだ! 1stアルバム『Are You Coming?』はまさに今年を代表する1枚ですね。パンクロック部門のダントツ1位。

Are You Coming?
Are You Coming?

 そうそう。とにかく格好いい。しかも、めちゃめちゃ売れましたからね。Pizza of Deathという横山健さん主宰のレーベルからのリリースで、つまりはインディーズなのにオリコン1位をとった。ちょっと予想以上のブレイクですね。フェスの現場で見てても、一番盛り上がってる感じがある。

大谷 WANIMAの曲で、僕が最近DJでしょっちゅうかけてる「いいから」って曲があるんですけど、これがまさにエロい歌なんですよ。一行目から「いいから気持ち良くするから」って(笑)。

 「軋むベット 乾いた音が響く」「君の好きな場所を探り当てる」。エロい!

大谷 パンクバンドがこういう歌詞を歌うのはどう受けられるんだろう?と思ってたんですけど、これがライブでもDJでも大盛り上がり。コーラスの所で「ウー!」「ハー!」って言ってるのも色っぽく聞こてきちゃってね(笑)。

 「BIG UP」という曲もセクシーですよね。「暗くて狭い入り組んだ穴 確かめながら汗ばんだ肌」って。

大谷 本人に話を聞いたんですけど、曲を書いてる松本くんがもともとレゲエ好きで。レゲエにはこういう描写がたくさんあるのにパンクロックにないのが不思議だったんですって。

 たしかにWANIMAはパンクバンドだけど、あんまりパンクロックが題材にしてこなかったことを歌詞にしてますね。

大谷 そう。パンクの固定観念を壊してる。これって実はハイスタがやったことと同じなんですよ。Hi-STANDARDも、カウンター精神とかアンチテーゼが中心だったパンクロックの世界で、初めてラブソングを歌った。

 そうだ。かなり初期からそういうことを歌ってましたね。

大谷 90年代までは世界的にもパンク=反体制という感じだったんですよ。そういう中、パンクがラブソングを歌ってもいいじゃんって出てきたのがHi-STANDARDだった。今ではパンクの王道みたいなイメージですけれど、実はシーンの中で新しい価値観を打ち出したから、これだけヒットしたという。

 なるほど。そしてWANIMAは、そういうHi-STANDARDの横山健さんが社長をしてるPizza of Deathレーベルからデビューした。ちゃんと精神を受け継いでいるわけだ。

大谷 そう。まったく一緒なんです。

 あと、WANIMAってMCでもインタビューでも、とにかく「ワンチャン」って言うんですよね。

大谷 「ワンチャン」いいね!

 「ワンチャンとは男と女が夜にスパーリングすることです」ってご丁寧に定義の説明までしている(笑)。

大谷 「今日ライブハウスに来てるお前らもワンチャン決めちゃえよ!」って言う。

 この言葉、発明だなあってつくづく思うんですよ。言葉の言い換えって、すごく大事じゃないですか。「セックス」って言ったらすごく直接的な言葉だし、ちょっとひいてしまう人もいる。

大谷 もともと「エッチする」って言葉も明石家さんまさんが発明したわけですからね。

 え? そうなんですか。

大谷 テレビじゃ「セックス」って言えないから、「変態」の「H」からとって「エッチする」って言い換えたんです。それでみんなが言いやすくなった。

 完全に日本語として定着しましたね。そしてWANIMAも「ワンチャン」という新しいセクシーワードを発明した。

大谷 そうか! WANIMAはハイスタだけじゃなくて、さんまさんのイズムも受け継いでいるんだ!(笑)

 ははははは! しかも「ワンチャン」って言葉はその意味だけでなくて、どんどん広げてとらえられるんですよね。出会ってすぐにヤッちゃうのも「ワンチャン」なんだけど、大事な試験とかプレゼンとか、そういう人生に訪れる一回のチャンスを活かしていこうという希望も「ワンチャン」。

大谷 そうそう。それが「お前らもチャンスをちゃんとつかみとれ」ってメッセージになる。だって、彼らがまさにそういうことを体現してきたバンドだから。一回一回のライブを必死でやることで、まさにチャンスをつかみとってきた。だから、ただのエッチの隠語だったはずなのに、いつのまにか熱いメッセージになっている。

 一夜のセックスが人生の希望にまで広がるわけですからね。これは発明だ!

大谷 彼ら自身、そういう熱いメッセージを歌ってますからね。ずっと芽が出なかったヤツでも大事なことをやり続けたら栄光をつかむということとか、まわりに感謝することを歌ったりしている。「THANX」なんてまさにそういう曲。だから若い子にとってのヒーローになる。

 ほんと、いい曲ですよね。この曲は「これからはお前たちが主役だ」って歌ってるわけだし、「1 Chance」も、一見単なるエロい歌詞に見せかけて「君が人生の主役になれ」っていうことを歌ってる。

大谷 これ、すごい発明だなあ。ああ、でも実はこれ、福山雅治と一緒ですよね。

 おお! そうか! あの人も下ネタ言いますもんね。

大谷 ラジオでもめちゃめちゃ言ってますよ! だから福山雅治ほど下ネタで人気を得た男はいない。

 福山雅治は男前だから下ネタ言っても許されるみたいな話じゃないわけだ。

大谷 そうです。WANIMAと同じなんです。どっちもエロいことを言うことで身近な“兄貴”になる。完璧なスターじゃなくて、自分たちと一緒なんだって思わせてくれる。

 そうか、そうか。男同士の連帯が生まれる。

大谷 それでいながら、心に刺さる普遍的な生き方についての曲を歌ってくれる。だから熱い魅力が伝わってくる。

 なるほどねえ。まさかWANIMAと福山雅治がつながるとは(笑)。

大谷 これ、星野源もそうなんですよ。あの人もラジオで下ネタ言いまくってるし、自分の変態さを公言してるわけですから。

 おお、そうだ! 話が最初とつながった!

大谷 桑田佳祐さんだってそう。だからこれ、実はアミューズの系譜なのかもしれない。

 ほんとだ。桑田佳祐も福山雅治も星野源もアミューズの所属。すごいな!

大谷 もはや日本のポップスのど真ん中、本拠地ですからね。やっぱり、エロって、ポップミュージックの王道だってことですよ。

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コメント

shiba710 対談連載「心のベストテン」は昨日に続いて「 約11時間前 replyretweetfavorite

tkswest “もともと「エッチする」って言葉も明石家さんまさんが発明した…テレビじゃ「セックス」って言えないから、「変態」の「H」からとって「エッチする」って言い換えたんです。それでみんなが言いやすくなった。” 知らんかった、偉大過ぎるやろ。 https://t.co/iIvr0I4pih 約20時間前 replyretweetfavorite

tkswest “…彼らのライブを見ると、ほんとに何千人の女の子が一斉に「セックスしよう!」って叫んでる。” テクストもだけど、「でも間違いない。」ってセリフの後の写真が最高。このお二方の対談ホントに気持ちいいな。 約21時間前 replyretweetfavorite