ぼく、ダメ人間なんですよ。
どれくらいダメ人間かというと、最近ツイッターのアンケート機能に初めて挑戦してみたんです。
それで、フォロワーさんに「ぼくのイメージは?」と投げかけてみたんですよ。
その結果、、、、
見事に「ダメ人間」というイメージがダントツで1位でした。笑
ぼくはまだ短いブロガーキャリアでも、過去においても本当にヤラカシまくってまして、ダメ人間街道をひた走っております。
もっと詳しくはぼくのプロフィール記事にて。
ダメ人間でも生きてていいのか?先輩が自殺と犯罪だけしなければ、それでいいよと言ってくれた
そんなダメ人間のぼくは「生きてて意味あるのかな?」と今まで何度も考えさせられました。
ぶっちゃけ、「ぼくなんて生きててごめんさない」と何十回も思い込んだし、惨めな気持ちにもなりました。
しかし、先日ある先輩と電話していた時に「宮森くんは自殺と犯罪さえしなければそれでいいよ。キミは存在自体が面白いし、キミの生き方に勇気付けられてる人がきっとたくさんいるはずだから。」と言ってくださったんです。
ぼくはこの先輩の言葉に救われたし、こんなぼくのことを面白いと思ってくれる人がいるなら、その為にも生きていようとおもえたのです。
ダメ人間はのび太を目指せ!
社会には、ぼくのように「自分はダメ人間だ!」とおもってしまう人たちがたくさんいます。
ぼくは今日、ある知人の方とお茶しました。
その方の事はブログつながりで以前から知ってましたが、今日が初対面でした。
その方に「宮森くんはのび太を目指してみなよ!」と教えてもらったのです。
のび太は、アニメ界を代表するダメ人間だということはみなさん周知のとおりです。
ですが、のび太は自分がダメダメな分、他人への優しさを持っています。
その方から「『のび太の結婚前夜』に出てくるしずかちゃんのパパの言葉」を見せてもらったのです。
出典:https://www.rankingshare.jp/
「あの青年は人のしあわせを願い、人の不幸を悲しむことのできる人だ」。
ぼくはこの言葉にグッときました。
自分のことをダメ人間だとおもってる人はたくさんの恥をさらし、自分の無力さを何度も思い知らされています。
そんな人は他人への共感度も高いのです。
他人の痛みを自分の痛みのように感じることができます。
ダメ人間たちが出木杉くんのようなスマートで、優秀な人間になるのはナカナカ難しいです。
ぼくだって何でもスマートにこなせるカッコイイ人間に憧れますけど、もう諦めてます。笑
それよりも、他人の痛みを共感できる「優しさ」の方に自分の強みを見出し、それを伸ばしていく方がきっと納得する生き方ができると感じるのです。
優しい人とイイ人は違う
「優しい」とは何でも許してくれるイイ人ではありません。
ぼくの好きな本、「ストレングス・ファインダー」の5つの強み診断では、「共感性」という項目があります。
ぼくはこの診断において共感性が強みの中の1つなんですけど、それには以下のようにかかれています。
あなたは周囲の人の感情を察することができます。彼らが感じていることを、まるで自分自身の気持ちであるかのように感じることができます。本能的に彼らの眼で世の中を見ることができ、彼らの見方を理解できるのです。あなたは必ずしもそれぞれの人の物の見方に賛成するわけではありません。必ずしも一人ひとりの困難な状況を哀れむわけではありません――哀れむのは、共感ではなく同情でしょう。あなたは必ずしも、それぞれの人の選択を受け入れるわけではありませんが、理解します。
優しい人間は相手の気持ちを理解することに努めますが、自分が違うとおもったらしっかり意見もします。
上記にあるように「全ての見方に賛成ではない」のです。
少々キツい助言もするかもしれない。しかし、それが彼らを少しでも刺激するかもしれないと察して言葉を発するのです。
優しい人間は同情的な人間ではありません。
その人が前を向けるように、希望を持てるように相手の感情を察しながら促すのです。
のび太のように多くの失敗や恥をさらしてる人間は、きっとそんな優しい人間になれます。
ダメ人間はたくさんの失敗を侵します。しかし、それでも諦めずまた立ち上がってそれ以上の優しさを注ごうとするのです。
ダメ人間たちよ、共にのび太のような優しい人間になろうではないか。
わっしょい!